わたしの答え
「ローレンスさまが公爵家の人間である以上、彼の地位やお金を無視することは出来ないわ。彼と結婚したら、私はそれも受け入れなければならないもの……。でも、これだけは言える……」
そう言いながら、私はアメリアの手を優しく握り返した。彼女の手は、その切なる想いからか小さく震えていた。
「私はローレンスさまの心を見るわ。利用するためじゃなくて、ただ彼自身を知るために心に触れると約束する。私が結婚するなら、相手は『ローレンス』さま自身よ。彼の地位やお金と結婚はしない。……これで答えになっている?」
エレノアが「公爵令息との結婚」を確実なものにしたいと願うように、アメリアは「アンドレアがローレンス自身を愛してくれる」と確信を得たがっている。
「ローレンスさまを愛する」
その一言で、アメリアを安心させてあげられれば、どんなによかったか……。
それでも、私は無責任にその言葉を発することは出来なかった。私が告げたのは、嘘偽りのない範囲で言える私自身の想いだ。これくらいなら、きっとアンドレアも認めてくれるだろう。
もしかしたら、アメリアには「誠実に答えたい」という私の気持ちが伝わったのかもしれない。
私の不安をよそに、アメリアは微笑んで頷いた。
「ローレンスさまが、あなたのようなお方と巡り逢えて本当に良かった……。お二人が出逢われることをずっと願っておりましたが、これまでは全てが不利に働きましたの」
アメリアは長年の歯痒さを物語るように、小さく溜息をついた。
「なにしろローレンスさまは、社交の場にほとんど姿をお見せにならない。それに、いらっしゃったとしても他のご令嬢たちにあっという間に囲まれて、アンドレアさまはお近づきにはなれなかったでしょう。しかも私は、ローレンスさまのことを口外しないと伯母と約束していましたから、彼がどれほど素敵なお方かをお嬢さまにお伝えすることもできない……」
アメリアはそこでにっこりと微笑んだ。
「ですが、運命とは不思議なもの……。私があれこれ悩まずとも、こうして物事はうまく収まるのですね」
私はアメリアに微笑みを返しながらも、内心こう問わずにはいられなかった。
それでは運命よ……。
なぜ私をここに連れてきた?
(これでは、私は二人を邪魔するために来たようなものじゃないの! このままではローレンスが会うのはアンドレアではなく、私になってしまうんだから……!)
その心の叫びが、表情に漏れ出てしまったのだろう。
アメリアが励ますように、私の腕に触れた。
「まぁ、お嬢さま……! 心配なさらないで大丈夫ですよ。エレノアさまは、ローレンスさまを虜にするようにと躍起になっていらっしゃいますが、お嬢さまは何もする必要はありません! あなたが彼を見るように、彼もありのままのあなたを見てくださるでしょう。ですから、いつものままでいてくだされば良いのです!」
(そ、それが難しいのよ……)
返事に窮した私は、気になっていたことを尋ねて話を変えようとした。
「私にローレンスさまのことを、色々話してくれたけれど……あなたの伯母さまは、快く思わないんじゃないかしら? だって、誰にも言わない約束だったのでしょう? ……いちおう私も伯爵の娘よ。私のことも財産目当ての娘だと疑って心配なさるかも……」
すると、アメリアは屈託のない笑顔を見せた。
「そんな……大丈夫です! お嬢さまのことは、私が保証しますもの。アンドレアさま、侍女の目を侮ってはなりません。私たちがどれだけ多くのことを見てきたか……。ずっと側にいる者に、本性を隠し通せるものではありませんわ。どれだけ取り繕っても、どこかで素の顔は見えるものです。お嬢さまのお側にいただけで、私はあのイヴォンヌ嬢の裏の顔さえ見ているのですよ。あのご令嬢にとって、私は見えもしない……いないも同然の存在ですから、そもそも隠す気さえなかったようですが……」
(イヴォンヌ? 誰だろう?)
そう不思議に思う様子を見て、アメリアは私がまだ納得していないと思ったのだろう。
彼女は安心させるように、優しく続けた。
「大丈夫です。お嬢さまの方から、近づいたわけではないことは誰の目にも明らかです。それにローレンスさまから結婚を申し込まれた“後”ですから、この段階なら話したところで伯母も納得してくださいます。……もちろんエレノアさまには、これからも話す気はありませんが……」
アメリアは控えめながらも勝ち誇った雰囲気を漂わせ、静かな声でこう言った。
「エレノアさまも、さぞ驚かれることでしょう! これまで気にも留めてこなかった使用人が、実はローレンスさまのことを知っていたなんて……」
私とアメリアは思わず、顔を見合わせて笑った。
確かにエレノアは考えもしないだろう!
たとえ間接的にではあっても、あの麗しき公爵令息を知る者が、実はすぐ近くにいたなんて……。
そう考えると、胸がすく思いだった。
だが次の瞬間、扉をノックする音が耳に入り、私たちの顔にはサッと恐怖とも取れる緊張が走った。
(へ、部屋の外には、今の話……聞こえてないよね?)
慌てて扉に向かうアメリアの背中を見守りながら、私は急いで疲れ切った表情を作り、テーブルにもたれかかって見せた。
もしエレノアが部屋に入ってきても、この弱々しい娘の姿を見れば、少しは容赦してくれるだろう。
容赦? いったい何を容赦するというのだろう?
それはわからない。
だが、エレノアは娘を意のままに操りたいと思っている。今の状況下で娘に笑う余裕があることを、決して良くは思わないだろう。
手痛い仕打ちをなるべく避けるために、エレノアには弱気になっている娘を見せておく必要がある。
それだけは、わかっていた……。
「まぁぁっ! レンさま!」
飛んできたアメリアの嬉しそうな声に、私の体から一気に力が抜けた。自然と顔がほころび、私はレンを出迎えようと急いで立ち上がる。
エレノアではなかったという安堵よりも、レンに会える喜びの方が強かった。




