アメリアの願い
私は意気込んで聞く姿勢を見せたが、対照的にアメリアは、急に躊躇いを見せて、黙り込んでしまった。
その様子に私も少しだけ不安になる。
(えっ……。そんなに言いづらいことなの? でも、大それたことをお願いしてくるようには見えないし……。ん……まさか、令嬢に対して侍女が願いを口にするなんて許されないとでも思っているのかな……)
私は急いで言った。
「いいのよ、アメリア。私はあなたの想いも、きちんと聞いておきたいの。ローレンスさまがいらっしゃるまでに、しなければならないことがたくさんあるわ。今のうちに……私は自分の立ち位置を決めておかないと……」
エレノアの言いなりにはなりたくない。
それは確実だ。
でも、それに代わって、私が取るべき立場はどんなものなんだろう?
とりあえずローレンスと会ってみて、彼がどんな人物かを探ってみる? 私自身、公爵令息には多少なりとも興味はある。好きになるかは別として、話に聞く限りはかなりの好条件……。
こういう人を、なんて言うんだっけ?
……あぁ! ハイスペック?
……。
……。
……うぅ、私は大バカ者だ……。こんな風に人を見るなんて、嫌だったのに! だって、なんだか失礼だし、すごく浅はかに思えるもの……。
でも……無難な道を選ぶとすれば、大人しく公爵令息と結婚するのが一番簡単だ。ハンサムみたいだし、話に聞くようにとても立派な人なら、結婚相手として不足はない。
ただ、これはアンドレアの人生だ。
私の妥協や好み、ローレンスとの相性は関係ない……。
今の私が決断を下すためには、レンやアメリアのように「アンドレア」を知り、本当に彼女の幸せを願う人の意見が必要だった。
「立ち位置……ですか?」
アメリアの不思議そうな声に、私は慌てて答えた。
「いいえ、なんでもないの……! と、とにかく遠慮する必要はないわ。なんでも話してちょうだい」
アメリアは「やはりお嬢さまは他のご令嬢とは違います」と目を潤ませ、ゆっくりと頷いて話し始めた。
「お嬢さまのお耳にも、公爵家の噂は入っていることでしょう。桁外れの財産、広大な領地、恐ろしいまでの権力……。ですが、どうかそれらを脇へ置き、ローレンスさまご自身を見ていただきたいのです。彼は『完璧なご令息』でも『甘いマスクの貴公子』でもありません。……誰かが愛情を込めて『愛しの坊や』と呼ぶような……そんな心のある一人の人間なのです」
アメリアの瞳には、この若き青年への思いやりが満ち溢れていた。彼女は深刻すぎるくらいに真剣だった。
アメリアと私では、ローレンスに対する思いの深さに雲泥の差がある。私はハイスペックという言葉を持ち出した自分を恥ずかしく思った。
これでは公爵家に近づくことを目論む者と、そう大差ないのかもしれない。狙いはしないが、彼を一人の男性として見ようとはしていなかったのだから……。
そう考えると良い気分はしなかった。
アメリアは静かに続けた。
「公爵家のご令息なら、愛する女性を手に入れることなど容易いと、誰もが思われるでしょう」
私の視線が彷徨うように泳ぐ。
図星だった。
まさしく私もそう思っていた。
だって、公爵家からの申し出を断れる人なんているのだろうか?
スペンサー伯爵はとても珍しいタイプだ。普通の貴族なら、きっと喜んで娘を差し出すだろう。
ご令嬢たちだって、率先して彼の気を引こうと動いているに違いない。
公爵令息なら……嫌な言い方だけど『よりどりみどり』のはずだと思った。
だがアメリアは、次の言葉でそれを真っ向から否定した。
「手に入れるなんて、とんでもない! そもそもローレンスさまが愛し愛される相手に出会える可能性なんて、ないに等しいというのに……! なぜなら人々は、ローレンスさまを欲しがっているからです。『愛する』のではなく『欲しがって』いるのです」
そう言ったアメリアの声は悲痛に満ちていたが、その顔にゆっくりと希望が浮かび始めた。
「あぁ……いつかこんな日がきたらと、どんなに願っていたことか……。まさかローレンスさまが、あなたを見つけてくださったなんて……。彼には、女性を見る目もあったのですね……」
アメリアはいまや私の手を強く握りしめ、熱い視線を向けていた。
「私自身は、ご令息と直接の面識はありません。ですが、伯母がローレンスさまと過ごした10年間のことは、充分すぎるほど存じております。彼は聡明で、思いやり深く……少々頑固なところがおありですけれど、誠実な方です。まさしくお嬢さまが求めておられた、中身のあるお方なのです。……どうかローレンスさまご自身を、そのお心に受け入れてくださいませ」
え?
……こ、これは、彼を愛してほしいと言っているの?
表現が婉曲すぎてわからない……。
しかも、い、いま?
今すぐ心を決めろと……?
伯母と同様に、他の誰にもローレンスのことを話せなかったアメリアは、アンドレアに打ち明けたことで、かなり気持ちが昂っているようだった。
アメリアの目を見れば、ごまかして話を終わらせることは難しいとわかる。彼女にとって、ローレンスの幸せは、アンドレアの幸せと同じくらい大切なものなのだ。
先走っているようなアメリアの言葉も、二人の幸せを願い続けてきた彼女の気持ちを思えば、理解も出来よう。
な、何か言わなければ——。
少しの沈黙の後、私はゆっくりと口を開いた。




