侯爵家のイヴォンヌ
エレノアは、この愛らしいイヴォンヌに自分と似た匂いを感じていた。
愛想の良い表情に垣間見える欲に満ちたギラつき。可愛らしく微笑みながらも、休みなく人を品定めしているあの目つき……。
彼女が自分と似ているからこそ、エレノアはそれに気がついていた。
実際、屋敷に来て早々、イヴォンヌはレンに目をつけた。
レンの群を抜いた高貴な佇まいは、他の貴族を霞ませる勢いで目立っていた。爵位はないものの、王家の広大な森を一手に任されることは、それなりの地位にあることを侯爵令嬢も把握している。おまけに彼は非常にハンサムだ。
イヴォンヌは最大限の魅力を振りまき、事あるごとにレンに擦り寄った。だがその姿さえ、他の者にはただ無邪気にレンを慕う様子に映っていた。
イヴォンヌは「男を狙うような女性」ではないという思い込みが、彼らの目を曇らせていたのだ。
イヴォンヌはレンの前ではこれ以上ない程、アンドレアに優しく接して見せた。
レンの気を引こうと試みてのものだったが、もちろん彼には全く通用しない。
レンは礼儀正しさを失わないよう努めながらも、イヴォンヌに欠片ほどさえも興味がないことを隠さなかった。
アンドレアは、イヴォンヌと過ごした後、様子がおかしくなる。
レンはそのことにも気がついていた。
スペンサー伯爵や集まった貴族たちの前では、イヴォンヌはアンドレアに優しく微笑み、楽しそうに話しかけ、仲の良さをアピールする。
だが人の目がなくなった途端に、彼女はこの物静かな伯爵令嬢を本当はどう思っているかをさらけ出した。
イヴォンヌはアンドレアに急にそっけない態度を見せ、見下すような眼差しを向けた。さらに、それだけでは飽き足らず、アンドレアがいかに他の令嬢たちの間で笑いものになっているのかを、意地の悪い言葉で知らしめた。
そうした全ての言動は、アンドレアがスペンサー伯爵たちに“告げ口”をしないと見越してのものだった。
イヴォンヌを同類と見なしていたエレノアは、彼女の一挙一動を注意深く観察していたので、アンドレアとレンに対する行いにも勘づいていた。
この時ばかりは、エレノアも心の中で賛辞の言葉をレンに送った。
(さすがね、レン。「愛らしい」「可憐だ」と誰もがイヴォンヌを褒めそやすのに、あなたは騙されない。それにしても……レンの目を欺こうなど、なんと身の程知らずなことを……。あんな小娘には永遠に成し遂げられぬことでしょうよ)
憎らしいと思いながらも、エレノアはレンの実力を認めていたのである。
貴族の間で噂になった以上、公爵令息とイヴォンヌの結婚話にはある程度の信憑性があったが、実際にローレンスが結婚を申し込んだのはアンドレアだった。
まさに青天の霹靂。
この出来事に歓喜しながら、エレノアは大きな混乱に陥った。
(あのイヴォンヌがローレンスを落とせなかったというの? まさか彼は……イヴォンヌの本性を見抜いた? あの色香をもってしても騙されなかったと? それほどまでに鋭いお方なの? アンドレアも美しさではイヴォンヌに引けを取らない。おそらくそれが彼の目にとまったのだろうけれど、きっとそれだけでは充分ではなくなるわ。ローレンスさまは、もっと何かを求めるはず。イヴォンヌと違って、娘は優しい心を持っている。確かにそれは魅力的だろう。でも、まだ足りない! それではまだまだ弱すぎるわ)
エレノアは、ローレンスを魅了するもの全てをアンドレアに身につけさせたかった。彼の心を掴み取り、それを離さずにいてほしかった。決してこの機会を逃さずにいてほしかった。
エレノアは手にしていた扇を、乱暴にテーブルの上へと放り投げた。
(この婚約はまたとないチャンス……。でも正式な婚約式を迎えるまでは何の保証もない。公爵令息が「やはりこの婚約はなかったことに」などと言おうものなら、こちらは何の不服も申し立てられず、あっという間に結婚の話はなかったことになるのよ! 絶対的な決定権はあちらにあるのだもの……)
焦りと不安のなか、なんとしてでも手に入れたいものが、エレノアの目の前にチラついていた。
(一度は諦めたのに訪れたこの好機……絶対に逃してなるものか……。必ずや娘を公爵夫人にしてみせる……!)
エレノアが改めて決意した瞬間、扉を叩く音が聞こえた。
アメリアに導かれ、遠慮がちにアンドレアが部屋に入ってくると、エレノアは娘の姿を食い入るように眺めた。
(あぁ、なんと美しい娘なの……。私の望みを叶えるための、これ以上ないくらい最高の道具だわ)
エレノアはそう思い、自分の美しい娘に向かって微笑んだ。
いつもは、諦めにも似た達観した表情を見せるか、ここは譲らないとばかりに強い眼差しを向けてくる娘が、今は珍しく怯えた様子を見せている。
だが、それを気に留めるエレノアではなかった。
ローレンスが伯爵家にやってくる前に、アンドレアに完璧な準備をさせなければならない。
エレノアの頭にあるのは、それだけだった。
「さぁ、アンドレア……」
エレノアがそう言って、ゆっくりと手を差し出す。
彼女の長い指が、まるでアンドレアを絡めとろうとしているように見えて、沙希はめまいを覚えた。
エレノアは心の中で、レンに向かって挑むように語りかけた。
(さぁ、レン……。わたくしとあなた、望む結果を手に入れるのはどちらかしらね)




