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エレナは別邸の中を探し回ったが、ソラとサミュエルはいなかった。メイドや使用人たちも誰一人彼らを見ておらず、まさに消えたかのような異常事態だった。
エレナは「いったいどこに行ったのよ!」と怒りながら部屋へ戻った。バゼルは「いませんでしたか?」とエレナに尋ね、思案を始めた。手を口もとに持っていき、少しうつむいて考えるのがバゼルの癖である。
エレナは落ち着くことができず、部屋の中を歩き回った。
バゼルは部屋を出て「カールセンはいるか!」と大きな声で呼んだ。カールセンは団長補佐であり、バゼルの仕事をサポートしている。バゼルが団長になる過程で最も助けたのもカールセンだった。彼は鋭い目つきと整った顔立ちを持ち、いつも黒い装束に身を包んでいる。無口だが、策略と緻密な思考でバゼルを支え続けている。カールセンの視線は冷静で、状況を的確に把握し、適切な対応ができる。そのため、彼はバゼルにとって信頼できる右腕となっている。
「バゼル様、お呼びでしょうか?」
一階の広間に姿を現したカールセンがバゼルを見上げた。
「この部屋の外を調べろ。すぐ下の地面に足跡がないか。あと壁にロープの跡がないか。緊急事態だ、手早く頼む」
バゼルは右手の親指を突き上げて部屋を指し示しながら命令した。
カールセンは「かしこまりました」と一言残し、別邸を出た。カールセンは必要最低限のことしかしゃべらない性格で、エレナにとってはそんなカールセンは不気味というか、親しみにくいと感じていた。しかし、別邸に着くまでの道中といい、別邸の襲撃といい、想定外の事件が重なった。加えてソラとサミュエルまでいなくなってしまう。そんな中、幼い頃から知っているバゼルやカールセンがいるのは心強かった。
「カールセンも来ていたのね。気づかなかった。いてくれて助かるわ」
エレナはひとまずバゼルの采配に任せた。
「カールセンは鼻が効きますからね。なにか手がかりを見つけてくれますよ。我々はこの部屋を調べましょう。エレナ様が戻るまで部屋の中を軽く見ましたが、机の上に地図が広げてあるくらいですね」
「ここが襲われるまでの間、サミュエルとソラとその地図を見てたからね。バナーム王国についてサミュエルに教わったの」
「バナームの砲撃によって、サウスブルクの船員五名が海に沈められてしまいました。そのうちの一人は、私のいとこのアルトーです。バナームのやつらを……ぶっ殺してやりたいですよ」
バゼルは拳を強く握り、険しい表情になった。
「え……アルトーが。最近会ってなかったわ。昔、海に出るたびにベルパールをくれていたこともあったわ」
「アルトーはエレナ様が大好きでしたから」
「きっと私より、海が好きだったと思うわ」
「……もう酒場で一緒に酒も飲めないのかと思うと」
バゼルは悲しみを隠せないでいた。いつもはクールな男なのに珍しいとエレナは思った。今回は海の事故ではなく、あくまで人為的な事件。それがいっそう、バゼルの後悔を引き立てているのかもしれなかった。自分になにかできることはなかったのか。なぜ守れなかったのか。そういった種類の後悔は、剣の腕を誇るエレナもまた感じた。
バゼルは涙がこぼれそうになった目を伏せた。彼の喉元で逡巡する言葉が、空気を伝いエレナの心を締め付ける。いつも強気な態度を見せるバゼルが、今この瞬間、エレナには悲しみを隠さなかった。
(バゼル、あなたもそんな顔をするのね)
エレナは、船の上でアルトーが手を振っている姿を思い出した。出港するとき、よくそうしてくれていた。海に出るときが一番イキイキしている男だった。あの笑顔が素敵だった。エレナの胸にも切なさが込み上げ、アルトーとの思い出が、遠い昔のように儚く感じられた。そしてバゼルとアルトーが二度と共に笑い合うことはないのだと思うと、エレナの胸にも悲しみが溢れ、その重みに息が詰まりそうだった。
「カールセン! 何かわかったか?」
バゼルは感傷を振り払うようにして窓から身を乗り出し、緊張の面持ちでカールセンに声をかけた。
「足跡もロープの跡もありません。巧妙に消されている、といってもいいかもしれません。むしろ不自然ですね」
「なるほどな。じゃあ手がかりはなしか?」
「いえ、手がかりを一つ見つけました。ベルパールが一粒だけ落ちています」
エレナははっとした。
「もしかして、偽物のベルパールかも。ここに来る途中、怪しい男たちから押収したの。きっとソラが落としていったんだわ」
「偽物のベルパール……? どういうことですか?」
バゼルはエレナの顔をじっと見て言った。
「私は……ごめんね、恥ずかしながら本物と偽物の区別ができないの。でも、ソラが太陽に当てて確かめたときに、偽物だって言ってた」
バゼルはそれを聞いて、カールセンに向かい「カールセン、そのベルパールは本物か?」と尋ねた。
カールセンは(なんだこれ、偽物なのか?)という顔をしながら、ベルパールを日の光に当てた。エレナは、それがベルパールを確かめるときの一般的なやり方なのだと理解した。
カールセンは慎重にベルパールを観察し、瞳の奥で何かを計算しているかのように見えた。その視線は熱心で、まるでその一粒に隠された真実を見抜こうとするかのような雰囲気を醸し出していた。
やがて彼は口を開き、何も驚いていない様子で言った。
「偽物ですね」
エレナとバゼルは顔を見合わせ、沈黙した。
カールセンは手のひらの上で、得体の知れぬ「白い玉」を興味深そうに転がしていた。