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エレナは剣を抜いて部屋を出た。

 

「サリー、ちゃんと剣は練習してるんでしょうね?」


「もちろんですエレナ様。賊はおそらく十人ほど。表と裏で五人ずつわかれています」

 

「まあこの屋敷の人たちはみんな強いから大丈夫だと思うけど。サミュエル以外」


エレナは二階から武装メイドたちの戦いを見て言った。

 

サリーは笑いをこらえつつも軽くうなずいて、

「失礼ですがサミュエル様の剣の振り方は……その……個性的で困ってしまいます」


「笑ってるじゃないの! 個性的とはうまく言ったものね。サミュエルもせめてあの明晰な頭脳の五パーセントだけでも剣の才能に充てられたらよかったのに」


「さようでございますね。本当になんでも知っておられます」


「ま、みんな個性があっていいわね! 戦うよ!」


「かしこまりました。お供します」

 

エレナは二階から飛び降りて猫のように着地した。武装メイドたちの間を風のように走り抜け、別邸に入り込んでいた山賊の二人を峰打ちで倒した。

 

サリーはエレナの驚異的な速さでの移動と剣さばきに驚いた。稽古をつけてもらうときとは比べものにならない。稽古のときですら足元にも及ばないのに、実戦になるとここまで違うものなのだと思った。その思いは感嘆を通り越して恐れとなり、恐れはまたたく間に喜びへ変わった。ヴァレンタイン家に仕えているという喜びに。

 

「素晴らしいです、エレナ様」


 サリーはエレナのそばに駆け寄って言った。


「これくらい普通よ。裏手は大丈夫かしら?」


「実は裏手には……」

 

サリーが言いかけたそのとき、「ハハハハハ!」という大きな笑い声が別邸に響き渡った。

 

「なんだ、あいつが来てるのね。珍しいじゃない」


エレナは振り返りながら言った。後方から姿を現したのは、ウィステリア王国騎士団の団長、バゼル・アキナスである。バゼルは高い鼻梁に碧眼を持ち、銀色の甲冑に身を包んでいた。彼の髪は金色に輝き、たくましい体躯と威厳に満ちた佇まいは、まさに騎士としての理想像を体現していた。

 

「エレナ様、遅れてすみません。ご無事でしたか?」


「あらあら騎士団長様ではありませんか。むずがゆい視線を浴びてると思ったのよね。なにヌケヌケと『ご無事でしたか?』よ。見てたんでしょ、腹立つわあ。辺境伯令嬢が襲われてるのに」


「いやはや、これは失礼いたしました! 私としたことが! 賊のほうが可哀想だと感じてしまいまして。ところでエレナ様……私と結婚しませんか」

 

バゼルは堂々とした態度で騎士としての作法どおりに、一つ膝を地に着けてひざまずいた。彼の目は真剣でありながら、エレナに対する敬意と愛情が溢れていた。

 

エレナは目を細め、クスリと笑いながら言った。

「いやです。断ります。これで1000回目くらいのプロポーズかしら?」


バゼルはエレナに対する想いを抑えきれず、彼女の微笑みが心に刺さるような切なさを感じていた。しかし、運命のいたずらか、二人は身分が違うため、彼の想いは遠くから見守ることしかできなかった。そんな状況でも、彼はエレナに対して何度もプロポーズの言葉を贈ってきた。それはいつも冗談めいた言葉として受け止められ、エレナは笑顔で軽く返していた。だが、バゼルにとっては、冗談の中にも本気の想いを隠し続けてきたのだった。


「いえ、1033回目のプロポーズです。あちゃ~、やっぱり現実は厳しいなあ」


「変わってなくて安心する。……でも、こうして冗談を言い合うのもあと少しなのね」

 

バゼルはエレナの突然の感傷的な表情に驚き、少し焦ってしまった。辺境伯も剣の達人だが、バゼルはウィステリア史上最大の剣聖と言われている。エレナより五歳上なだけだが、学問にも長けているため、ウィステリア国王による抜擢で騎士団長となった。バゼル自身の能力の高さももちろんだが、ウィステリアもまた若者に責任を与えて育てることを積極的に行う国であった。

 

「で、なんでバゼルがここにいるわけ?」エレナが訊く。


「バナームによる砲撃の事件はすでにお耳に?」


「そうね、サミュエルから聞いたわ。私の部屋にあなたも来なさい。ソラも連れてきたから」


「ソラはいらないんですがね。まあいいでしょう」

 

バゼルとソラは子供のときから仲が悪く、よく喧嘩をしていた。しかしバゼルのほうが身体が大きく強いため、ソラはなんとかがんばって勉強に励んだのだった。

 

「ソラ、入るわよ」とエレナが部屋の外から声をかけ、扉を開いた。

 

「誰もいませんね、窓が開いてます」


バゼルは急いで部屋の中に入り、窓の外を見た。外にも誰もいなかった。この緊急事態とは似つかわしくないほど、陽気な風がやわらかく吹き込み、カーテンを静かに揺らしている。しかし、穏やかな光景とは対照的に、何か不穏な空気が漂っていた。まるで悪戯な神が遊んでいるかのように、窓は陽光をたっぷりと迎え入れている。光が床や家具に反射し、部屋全体が明るさに包まれていたが、その裏には不気味な緊張感が見え隠れしていた。


エレナは立ち尽くし、顔に不安と驚きを浮かべて言った。

「まさか、ソラとサミュエルが……連れ去られたの?」

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