表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

2

「ジョーンズとピケ、あんたたちはクビよ。なんで殺しちゃったわけ? 偽物のベルパールがどこからきたのか、わからないままじゃない。捕まえて問い正せば、バナームとの交渉材料だって引き出せたかもしれない。今から屋敷に戻りなさい。荷物をまとめて、ベガ王国へ帰って」

 

エレナはなるべく冷静に怒った。チャールズの指示でウィステリアまで来た二人なのだから、これが最大限の配慮だった。ジョーンズとピケはどうして怒られているのか、ましてやクビになる理由も見当がつかない様子である。加えて、真剣なときにもヘラヘラしてしまうのが彼らの悪い癖だった。

 

「へへへ、エレナ様、そりゃ殺しちまって悪かったよ……。でもクビは勘弁してくんねえですか。チャールズ王子に合わす顔がないですぜ……」


「そう? 私に歯向かうの? いいわ、じゃあこの場で殺してあげるわ。チャールズ王子には私から説明しておくから」

 

エレナは剣を抜き、彼らの髪の毛の端を切った。目にも止まらぬ剣速に、彼らは何が起きたのかわからなかった。命を一度失ったような感覚をもったことだけは確かだった。


ジョーンズとピケは「ひ、ひぃぃぃぃ!」と動物のような声をあげ、逃げるように屋敷の方角へ去った。


エレナは溜息を吐きながら剣をおさめた。遺体を埋めたソラがエレナのそばに来た。


「邪魔者もいなくなったわね。せいせいしたわ。……ソラ、ありがとう。祈りを捧げてから、お父様のところへ参りましょう。なにか手がかりになるような物はあった?」


「いえ、やはりあのリーダー格の男しか重要な物は持っていないようですね。取り逃がしてしまい申し訳ございません」


「いいのよ、半分は見逃したようなもんだから。……ああ、でもどうせだったら斬っておけばよかったかしら。弓を持ってきておけば! むしゃくしゃしてきた」


「本日はエレナ様も屋敷へお戻りになったほうがよろしいかと。私が送り届けますので、その後私ひとりでご主人様のところへ向かいます」


「気遣いはいらないわ。一刻でも早くお父様に偽物のベルパールを見せて、対策を練らなくちゃ。そもそもお父様は知っていらっしゃるのかしら。どう思う?」


「もしかしたら何かご存知かもしれませんね。少なくとも私は初めて見ました。ゆゆしき事態です。偽物のベルパールが出回ることになれば、サウスブルクどころかウィステリアまで共倒れしかねません。今ウィステリアはベルパールの輸出によって外貨の大半を獲得しているからです」


「海産物だってかなり輸出してたと思うけど?」


「いえ、海産物事業はうまくいかなくなっています。それこそ、バナーム王国が海沿いの地を開拓して、海の支配圏を徐々に拡大しているらしいのです」


「バナームが外国へ安く輸出してるの?」


「おっしゃるとおりです。彼らの国の物価はとてつもなく安いので成り立ちます」


「そっか……もうバナームは無視できる国家ではないのね。教えてくれてありがとう……」


エレナは腰元から鞘ごと剣を外し、ソラが遺体を埋めた場所まで行くと、片膝をついた。そして剣を地に置き、祈るようにして目を瞑った。


「久しぶりに、死の剣舞を舞うわ。あんたは何もしなくていいから、死者の冥福をただ願いなさい」

 

エレナは目を開き、鞘を両手で捧げるように持った。そしてゆらりと立ち上がり、死の剣舞を始めた。


めったに見る機会のない剣舞に、ソラは目を奪われた。鎮魂を意味する剣舞の動きの美しさと、地下に埋まっている斬殺死体の悲惨さとが、ソラの心をかき乱した。剣舞であるにもかかわらず、剣を抜かない。鞘におさめたまま、地に伏したかと思うと立ち上がり、鞘は円を描いた。その円はまるで、生き物の輪廻転生そのものであるかのように、淡い光を帯びているように見えた。ソラはこの不審な男たちの死に、何の感情も抱いていなかったが、不思議と胸の奥から込み上げてくる切なさを感じた。

 

(もし俺が死んだときに、この剣舞をエレナ様が舞ってくれるなら……)


ソラは、この先どんな困難が待ち受けていようと、エレナに尽くし、エレナのために散ろうと思った。もし死が迫るその刻、エレナが「言い残すことはあるか?」と問うならば、彼はためらうことなく「死の剣舞を舞ってください」と乞うだろう。使用人である立場からすれば、おこがましいのかもしれない。だがもしエレナが彼を想い、死の剣舞を舞ってくれるなら、それ以上の幸福はないと彼は感じた。そして、地中にあっても死の剣舞を仰げるのなら、彼女のために何度でも光の中へ蘇ろうと、心から誓ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ