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9話:裏話

 生徒会長用の執務机を前に、椅子の背もたれに身を預けたケビンが目を閉じ、眉間をも揉む。

 副会長のカラムと書記のカレナがいないことで、どうしても仕事のしわよせがきていた。学業以外の連日の雑用に、疲れの色が滲んでいた。

 

 ことりと小さな音がなり、目をひらいた。

 コーヒーのカップを机に置くキエラがいた。


「お疲れですね」

「いいんだ。これは俺が望んだことだから」

「あのような方法しかなかったのでしょうかね」


 苦笑するキエラにケビンは眉を潜めて笑いかける。


「仕方ないのさ。あれぐらいしないと、捻じれたカラムは動きださない。穏便にカレナを解放してあげてみろ。結局、今まで通り兄のまま、あいつは突き進むはずだ。

 未来は、どうだろうな、後悔するのかな。それとも義務にかられた愛のない結婚をするのか、生涯未婚か……。とにかく、枯れた人生まっしぐらだろうよ」

「あの、なんでもできるクールな副会長様がね。ふふふ……」

「笑ってしまうだろ。

 あいつはずっと、妹一筋。兄妹なのにバカだなと思っていたら、婚約解消をちちと伯父に相談した時に、実は違うと教えられた」

「それであんな一計を案じるなんて、思いませんでしたよ。私、演技なんて得意ではありませんもの」

「そりゃあね。俺もドキドキしたよ。

『公爵令嬢カレナ・バチェラー。この場をもって、婚約破棄を申し渡す』

 なんて、普通、言わないだろ」

「本当にそうですよね」

「しかも、あの堅物が突然怒りだすんだからな。あの時は、カレナが連れ出してくれて助かったよ。そうでなかったら、俺、絶対殴られている」

「副会長、珍しいお顔でしたね。思い出しても、笑ってしまいますわ」

「本当にな。まさか、あの場の全員が俺がしかけたさくらとも気づかずに、

本気で怒りだすんだ。いや、本気で怒ってもらわないと始まらないんだがな」

「世話が焼けますね」

「まあ、カラムを動転させることができたのは、ちょっとスカッとした。あのすまし顔があの壊れようだ。もう、二度と見れないかもしれないよな」


 ケビンは壁にかけられた時計を見た。時刻は昼近い。


「今日は早退だ。学食で昼を食べたら城に行くぞ、キエラ」

「はい、殿下」

「どんな顔して、カラムがやってくるか、眺めに行こう」


 淹れてもらったコーヒーを飲み干して、ケビンは立ち上がった。

 キエラは楽しそうにケビンと並び、生徒会室を後にする。






 


 ケビンとキエラより先んじて城にやってきたカラムとカレナは、女官に案内され、小ぶりな謁見室に通される。

 ここまでの間、二人はずっと黙っていた。どちらとも沈黙を破ることなく、円卓に隣り合い座っている。


 なにを話して良いのか分からない。昨日まで、気安く話していたはずなのに、今さら互いに何を意識しているのか、声も出せなかった。


 静かな部屋に扉が開く音が響く。

 入ってきたのは、バチェラー公爵であった。


 カレナは、公爵を見て、動揺した。その表情の変化に、公爵も気づき、カレナの隣に座った。


「すぐに呼びつけて、すまなかったな」

「あっ、いいえ……」

「楽しかったか、カレナ」

「はい。あの……、お父様」


 今さら、お父様以外で呼ぶこともできず、かといって事実を知ってしまっては、呼びかける声も歯切れが悪い。


「どうした」

「……」

「……」


 カレナは沈黙し、カラムはそっぽを向く。

 相変わらず、平行線だなと公爵は内心、ため息を吐く。そんな父たる公爵の心情など、子ども二人は知る由もない。


「あの……、今日はどのような用向きですか」

「今日は、殿下とカレナの婚約解消の手続きのために来てもらった」


 絞り出すようなカレナの問いに、公爵は淡々と答える。その口調はカラムとよく似ている。


「私がサインすることもあるのでしょうか」

「いや。思うことがあれば、この機会にすべてを言ってほしいと思ってな。あにも、カレナのことを心配している」

「ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「いや、これはカレナが悪いわけじゃない。カレナは、婚約の解消に、異論はないのかい」


 カレナはちらっとカラムを見た。仏頂面の横顔は、さも自分には関係ないという印象を残す。

 

「はい。

 ケビンとキエラの関係は理解しております。二人を見ていると、私はケビンに対して恋心はないのだと自覚し、二人の仲を邪魔するような立ち位置にいることが申し訳なく思っていたぐらいです」


「そうか。

 他に、なにか、聞きたいこと、知っておきたいこと。あとはそうだな、心配なことはないか」


 カレナは視線をカラムに向けて、再び戻す。

 公爵の顔を見る。いつもの父の顔だった。

 

「あの……。

 公爵家に迷惑をかけて、申しわけありません」

 

 カレナは頭を垂れる。


「謝らなくて……」

「謝らなくていい!」


 公爵の静かな言葉に、被さるようにカラムが叫ぶ。

 その声に驚いたカレナは顔をあげた。

 カラムはまたふいっと顔を背けて、彼方を見る。


 公爵は、これみよがしにため息を吐いた。


「カレナ、気にしなくていい。

 婚約解消はたいした問題ではない」

「お父様。でも、私……」

「なんて顔をしているんだい。私はリフレッシュしておいでと言った。まるでこれまでの休日が台無しだったという顔をしているよ」


「……」

「ここに来て、不安になったのか」

 

 公爵の問いに、頭を左右にカレナは振った。


「あの……。

 私、お父様の娘ではないって、聞いて……」


 かすれる声がしぼんでいき、公爵は、やっと息子が少しだけ動いたことを悟った。


 





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