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8話:距離

 翌日、カレナが寝室を出ると、すでに起きているカラムがソファで新聞を読んでいた。


「おはよう」

「おはよう」


 いつもと同じ挨拶をかわす。普段通りのカラムに、気まずい思いで扉を開けたカレナも拍子抜けする。


 しかし、昨日のことを思い出すと向き合うことができず、カラムが座る数人掛けのソファを避けて、一人掛けのソファにカレナは座った。


 カラムはちらっとカレナを見て、再び新聞に目を落す。


「もうすぐ、朝食を用意してくれる。それ、食べたら、帰ろう」

「うん」


 まるで昨日のことがなかったかのようなカラム。

 それなら、カレナもいつも通り話しかければいいのに、どうしても声をかけることができなかった。

 

 カラムの横顔を凝視するわけにもいかずに、窓の外へと視線を向けても、気になって仕方がない。

 ちらりと盗み見れば、いつもの堅物な仏頂面。


 そういう表情でも、心は違うと普段なら確信できるのに、カレナは今のカラムの心がどこにあるか分からず困ってしまう。


 


 程なく、給仕が食事を運んできた。席に座り、祈りを捧げて後、黙して食べる。

 日常と同じはずなのに、雰囲気はまったく違う。


 淡々とするカラムを見ていれば、昨日のことが嘘だったのか疑いたくなるものの、耳奥では彼の言葉が反響し、カレナはどう接していいか分からなくなる。

 

 忘れ物がないか、部屋を出る前にざっと見回す。

 ゴミ箱の中に、空いたワインの瓶があり、張られたラベルは昨日の夜、二人で飲んだ空き瓶であると主張する。

 カレナはその瓶を見つめ、昨夜の会話は夢ではないと確信した。


 好きとか嫌いとか滅多にカラムは口にしない。それがカレナに対してなら、なおさらだ。


(昨日の、あれは、カラムの……)


 もう認めないといけない。

 淡々と事実を伝える最中に紛れて、情報の影に隠した本音。

 あれがカラムの本心。

 精一杯の告白。






 乗り込んだ帰りの馬車では、カレナは壁際にぴたりと身を寄せた。


 カレナから寄っていかなければ、カラムは近づかない。彼もまた、反対側の壁際によって足をくみ、目を閉じたまま、動かない。


 この数日間、他愛無い話で盛り上がった馬車内で、初めて終始沈黙した。


 二人の間には、もう一人分座れる空間が開き、その距離が縮まることはなかった。






 屋敷に戻ると、侍女から父であるバチェラー公爵の伝言が伝えられる。

 戻り次第、用意ができたらすぐに二人とも城にくるようにとのことだった。


 ひとまず、部屋に戻り、各自準備ができたら、屋敷の入り口で待ち合わせることとした。






 カラムは部屋に戻ると、荷物をどんと机に置いて、深いため息をついた。


 酒が入っていたとはいえ、カレナに本心を告げてしまった。

 そのせいで、カレナは明らかに距離をとるようになっていた。


(こうなるから、嫌だったんだ)


 兄という良好なポジションを捨ててまで、婚約者のいる想い人に踏み込む気は無かった。 

 ケビンの二番目に大事な人では生涯いられる安全圏から踏み出す気は無かったのだ。


 嫌われるぐらいなら、兄でいたい。

 嫁ぎ先が、ケビンなら申し分ない。

 親同士が決めたことに口出す気はない。


 建前ばかりにがんじがらめになって、それでいいと納得していた。


 それが、突如、ケビンが何を思ったか、公の場での婚約破棄をしでかした。


 その場で怒りは浸透し、カレナが止めなければ、本当になぐっていたかもしれない。いや、殴っていただろう。


 休み期間、傷心のカレナを慮りながらも、思い出しては腸は煮えくり返っていた。カレナに気づかれないように装っていたが。


 楽しい長期の休みを過ごすうちに欲も出た。

 ケビンが隣にいない状況下で、別の誰かに彼女を盗られるのは許しがたい。

 

 極めつけは、『いずれは、家を出て、迷惑かけないようにするね』というカレナの言葉。


 今まで実感がわかなかった。

 いずれカレナはいなくなる。

 

 それは、ケビンに嫁いでもあり得るし、他の者に嫁いでいってもあり得る。婚約者が見つからなくても家を出ていくというのなら、未来、どの方向に進んでも、このままではカレナとは別れしかないことになる。


 そこに初めて思い至る。


(このままでは、カレナは俺の手から零れ落ちていく)


 青天の霹靂だった。

 いや、気づいていて見ないようにしていただけなのだ。


 黙っていても、失うことになるという事実を前にして、初めてカラムは、兄という枠組みに収まっていられなくなった。

 

 手を伸ばし、欲しい人を欲しいと言わずにはいられなかった。






 カレナは部屋に戻り、ベッドの脇に鞄を置いた。そのままベッドに座り、天井を見上げた。


「どうしよう」


 カラムの本心と、自身の出生を知ってしまったカレナは、困るしかない。


 親が決めたケビンに嫁ぐことで、ケビンとカラムとの三者関係は未来永劫続くと思っていた。


 そこに男爵令嬢のキエラが混ざり、三人の関係が変わってきた。


 カレナは、キエラほどケビンのことが好きではないと気づいた。

 ケビンとキエラの仲が良くなるほど、ケビンには友愛の気持ちしかないのだと悟る。ケビンに対して、カレナは恋心の欠片も持っていなかった。


 生徒会でカラムは副会長をしている。

 書記のカレナとも一緒にいることが多く、しっくりきた。

 それは今まで、双子の兄妹だからだと思ってきた。


(間違っていたのかもしれない。気持ちを読み間違えていたのかもしれない)


 兄妹だと確認していたからこそ、これは兄妹愛だと思い込んでいた。


 カラムの隣がなぜ居心地がいいのか。


 それは、きっと……。


 カレナは、ずっと一緒にいるカラムのことをふりかえりながら、もう一度、彼との関係をどうしたらいいのかと、自問自答を繰り返す。


(私たちにとって、どうある姿が、私たちらしい?)

 



 時間も押し迫り、屋敷の入り口で合流した二人は、馬車にのり、城へ向かった。


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