7話:秘密と告白
「……、カレナは俺の妹じゃない」
カラムの言葉に、カレナは両目を瞬かせた。
「カラム、私たち、双子でしょ。同じお母様から産まれた」
「違う。俺の母とカレナの母は別人だ」
「じゃあ、私たち、異母兄妹だったの」
「それも違う。俺とカレナは両親が違う。カレナの母は父上の妹だ」
「それって……、侯爵家に嫁がれた叔母様よね」
「そうだ。カレナの父親は、叔母が離縁した元夫だよ。彼の浮気が発覚して出戻った矢先に妊娠が発覚し、カレナをうちで産んだ。
相手の家の血は流れていても、向こうも浮気相手とよろしくやっていて、子どもも産まれていたから、出生の手続きだけして、後は知らぬ存ぜぬ、戻されても迷惑だとなっていたらしい」
「酷い話ね」
「だから、もう誰も言わない。出産時期から出生は誤魔化せないから、相手方には、カレナの今後の人生には関係しないように念書にサインもさせている」
「徹底しているのねえ」
「一応、公爵家の娘になるんだ。大人になってから、急に都合よく、実の父親が出てこられても困るだろう」
「確かに……。ケビンの外戚なんて言い出して来たら大変よね」
淡々としたカラムの説明に、カレナは納得する。将来を見越して手を打ってくれていたのはありがたかった。
しかしだ、それとは別に心臓が沸騰するかのようにばくばくと鳴り始める予兆をカレナは感じ、両手を握りしめた。
「知っての通り、俺の母は俺を産んですぐに亡くなっている。
俺はカレナと共に叔母の手で一歳まで育てられた。誕生月が同じだから、出生日だけちょっと細工し、表向きは双子として育てたんだ。
叔母も若かったから、子どもがいても困るだろうと父上が配慮したわけさ。
程なく叔母にも次の嫁ぎ先が決まった。案の定、先方の希望もあり、赤子を連れて行けなくて、カレナはうちに残された。
これが、俺とカレナが双子になった背景だよ」
カラムの話をきくうちにカレナの心臓はどんどん早くなる。
「なんで、カラムがそれを知っているの」
「……」
「私は知らないのに……」
カレナの声はかすれていた。
今まで考えもしなかったことに、身体も震えが止まらなくなる。片腕をさすり、なんとか気持ちを落ち着かせる。
「……、俺がカレナのことを好きだと気づいた父上が教えてくれた。
それまで、俺はカレナのことを実の双子の妹だと思っていたからな。罪悪感で死にたかった。
それを察した父が見かねて教えてくれたんだ。
でも、その時には、ケビンとカレナの婚約は成立していたし、結局は諦めるしかなかった。
婚約者がいる人を好きになった、それだけの苦しみになっただけ、マシだった。カレナが実の妹じゃなくてね」
「私、全然知らなかった」
「そう? 俺、ある時から、余所余所しくなったの覚えてない」
「あっ、十歳ぐらいの時……」
「そうだね。それぐらいの時からだ。カレナとケビンの婚約が八歳だから、俺はどのみち横恋慕だったんだよ。
火がついたのは、カレナとケビンが仲良くしているところを見ててだと思うけど……」
辛うじてカラムと言葉を交わしていたカレナにも限界が来る。今日はもうこれ以上、話しをしていられなかった。
「ごめんなさい。もう寝て良い。ちょっと、これ以上、受け入れられなくて……。
カラムが嫌いというわけじゃないの、ただ整理がつかないの」
「いいよ。明日、戻ったら王上のところで話し合いだというから、今は休んだ方が良い」
カレナはふらふらと寝室に戻る。
カラムはその背を見送り、残ったワインをビンごと煽り、飲み干した。
背後で、寝室の扉が閉まる音がした。
瓶をとんとローテブルに置き、カラムは膝を抱えた。
「……言っちゃったよ。ずっと黙っているつもりだったのにさ」
寝室に籠り、カレナはベッドに寝ころんだ。
温泉につかってきたおかげで、身体がだるい。このまますぐに眠りにつけそうなぐらい手足はふわふわしている。
(カラムと私は兄妹じゃない)
そんなことを考えたことが無かったカレナは、天井を見上げたまま、どう受け止めたらいいのか分からないでいた。
今まで親だと思っていた人が二人とも親ではない。
父親は誰か分からないけど、叔母の経歴を調べればわかるはず。かといって、調べる気は起きなかった。大事なことはそこではない。
叔母が産んだ、年下のいとこたちが、父違いのきょうだいということになる。親族の相関図がカレナのなかで書き換えられる。
公爵夫人が残した忘れ形見は、カラム一人。
父に似たカレナが、母に似ていないのも当然であり、その父に似ているのも、結局は、カレナは実母である叔母に似ているだけなのだ。
ぐるぐる目まぐるしく色々なことが繋がっていき、新しい発見をするたびに、驚くものの、すぐに、大事なことはそこではないという思いがわき上がってくる。
目を背けちゃいけない一言を、カレナは思考を何回転かさせた後に思い出した。
『俺がカレナのことを好きだ』
カレナはがばっと体を起こした。
口元に手を寄せて、呆然とする。
「カラムが私を好き?」
余所余所しくなった十歳頃から、カラムはカレナへの気持ちを自覚していたということになる。
さらに、カラムは言っていた。
『誰もカレナを婚約者としてむかえないなら……その時は』
『その時は?』
『俺がカレナをもらう』
カレナは頭を抱えて、再びベッドに勢いよく寝ころんだ。
見開かれた目が虚空を泳ぐ。
「それって……、どうしたらいいのよぉ」




