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6話:温泉

 ご機嫌なカレナは部屋に戻る。

 一緒に出ていったはずのカラムは、戻るふりをして書斎に引き返してきた。その勢いのまま、父であるバチェラー公爵に迫る。

 眉間には濃いしわが寄っている。父たる公爵でさえ、お前、ふけるぞと助言したくなるほどだ。


「父上。どういうつもりですか」

「どうもこうもない、楽しんでおいで、というだけだ。他意はない。

 休暇もこれで終わりなのだ。

 戻ってきた翌日、あにの元に行くからな。

 温泉でゆっくりして、気構えでも作ってこい」

「なんで、わざわざおじ上の元に行くんです。書類で手続きをして終わりですむでしょう」


 はっとバチェラー公爵が息を吐く。書斎の机に身を乗り出してくる息子を小ばかにするように見据えた。親子はそっくりな顔で睨み合う。


「お前も頭を冷やしてこい」

「なんで俺が、ケビンのことで!」

「殿下じゃない。カレナのことだ。兄として見れば、過保護すぎるだろう。このままの関係ではいられないことぐらい自覚がないのか」

「……、ありますよ」


 たしなめる父にカラムの歯切れは悪くなる。


「カレナも気持ちの整理が必要だが、それはお前も一緒だ。温泉に行き、二人で心機一転して戻ってこい」


 不承不承ふしょうぶしょうながらにカラムは温泉に行くとバチェラー公爵に約束し、書斎を出た。


 残された公爵は独り言ちる。


「問題はお前だろう、カラム」







 翌日、近場の温泉街に馬車を走らせた二人は、目ぼしい宿に部屋をとった。古くからある古城を改装した宿であり、源泉かけ流しの大浴場には露天風呂もあるという。


 カラムが受付で、寝室が二つある最大六人まで泊まれる部屋を選び、前払いの一泊料金を支払った。


 室内に足を踏み入れるなり、カレナの表情は華やいだ。

 窓辺に駆け寄る。

 山並みが一望できる窓を開けると、清々しい空気が入り込み、カレナは胸いっぱいにその空気を吸い込んだ。


「空気だけで美味しいね。気持ちが洗われるようよ。リフレッシュ連休のしめにはもってこいだわ」


 カラムは不機嫌なまま、ソファにどかりと座り込んだ。

 振り向くカレナは、笑いかける。


「せっかくの最後の休暇なのに、楽しくなさそうね」

「そう言うわけではない」

「分かっているわよ。仏頂面はいつものことだもの」

 

 カレナはそう言って、寝室につながる扉に手をかける。


「私、さっそくお風呂に行ってくるわ。夕食はこの部屋で食べるのでしょう」

「そう頼んでおいた」

「食事前まで、お湯につかってくるからね」

「のぼせるぞ」

「せっかくの温泉なんだもの、ふやけるか溶けるまで入るわよ」


 カレナは寝室に荷物を置くと、入浴に必要な道具類を持って出ていった。

 残されたカラムは、扉が閉まると同時に背もたれに、深く沈んだ。


「……どうすんだよ」


 渋面を作り、独り言ちる。


 シングルベッドが二つ並ぶような、二人用の部屋もあったが、唯一残っていたハイクラスの部屋を選んだ。

 寝室が二つあるために、即決したようなものだった。

 公爵家の兄妹きょうだいがお忍びで遊びに来て、このぐらいの部屋を選んでも誰もおかしいとは思わない。名前をサインすれば、受付が一瞬目をむき、丁寧にあいさつしてきた。

 おかげで融通をきかせ、夕食も部屋で食べるように依頼できた。部屋の奥に、テーブルがあるので、食事はそこでとるのだろう。


 二人きりの食事だ。


 この数日、カレナとずっと一緒におり、ほぼ全ての食事が二人きりだった。まさか、最後の最後で、一緒に旅行に行くとも思ってはいなかった。


 カラムは口を引き結んだ。

 ぐっと奥底にしまい込んでいた本心を無視できなくなっていた。

 

 楽しい。


 ずっと避けていた感情だ。

 カレナにとって、良い双子の兄でいたいがために、封印していた感情の片りん。


 複雑極まりない思考を今まで横に払いのけていられたのはケビンがいたからだ。その王太子のケビンとの婚約も破棄された今、決壊した想いはマグマのようにわき上がろうとしている。


 カレナと一緒にいることがとても楽しい。


「どうすんのよ」


 独り言ち、頭をがしがしとかき、その手を止めて、髪をぐしゃっと握った。


 このままここにいても仕方がない。

 カレナのいない部屋で悶々としていても、堂々巡りがおちだった。すぎていく時間がもったいない。

 カラムもまた、頭を空っぽにしたくて、お湯につかりに部屋を出た。






 浴場から戻った二人が夕食を部屋で食べ終える。


 カレナは宣言通り再び大浴場に向かった。

 

 日もとっぷりとくれ、露天風呂から見える景色も、山並みが消え、星空だけが広がる。

 早めの夕食を食べ終えた直後のため、遅い夕食をとっている宿泊客も多く、湯につかる人の数は思うより少なかった。


 露天風呂の周囲には、花が咲き誇る鉢植えが並べられ、ほど良い距離に松明も灯されていた。

 花々にオレンジの光を当てる松明は、バチバチと炎を爆ぜる。

 花々からは香しい芳香が風にのり、流れてきた。


 星空を見ながら、ただ笑って、楽しんだ休暇に思いをはせる。


(いっぱい遊んじゃった)


 一人じゃないから、楽しめた。

 もし一人だったら、こんな風に、あっけらかんとした休みの日々を過ごすことはできなかったろうし、ここまでいろんな場所に出向く冒険もできなかっただろう。

 

(カラムと一緒だったから、良かったのよね)


 ずきりと胸が痛む。

 婚約を公の場で破棄されたことを急に思い出した。


 破棄されたショックより、もっと別な大きなしこりが心にごろんと転がっている。

 

 カラムがどういう態度であっても、結局は仲が良いとカレナは自認していた。不愛想に見えて、優しいことは隠しきれない。

 触れれば、(ほら、私のこと好きじゃない)と、ばれていることに気づいてもいない。


 ケビンとの婚約破棄に対して、本心はほっとしていた。あのような場でなければ、これで良かった手放しで喜んでいただろう。


 カレナの表情が陰る。あのような破棄によって、生じる不利益に申し訳なくなる。

 

 その対象は、家のようにとらえていておいて、その奥底に浮かぶのはカラムの顔だ。


 ケビンに婚約を破棄されたことよる、カラムに与える影響が心配だった。

 怒った彼が、ケビンを殴ってもいけないし。

 カレナが破棄されたことが、公爵家の汚名になってもいけない。

 次期公爵のカラムに迷惑をかけたくなかった。


 湯のなかで、カレナは膝を抱えた。

 目を瞑り、眉を潜める。


「ごめんね、カラム」


 呟きは湯を流し入れる音に紛れて消えた。



 



 カレナが部屋に戻ると、ソファが窓辺から空を見上げる位置に移動していた。そこに座るカラムは夜空を眺めているようだ。

 カレナはカラムに近づき、彼が座るソファの背もたれに両手をかける。


「カラム。なにしているの」

「ワインを飲んでいる。カレナも飲むか?」

「うん、少し」


 カレナはカラムの隣に座った。すでにグラスは二つ用意されており、空いていたグラスにカラムはワインを注いでくれた。

 グラスを手にして、カレナはワインを舐めた。


 一杯飲み終え、グラスをローテブルに置くと、カラムが再びワインを注いでくれた。そのとくとくと注がれる赤い液体を眺めながら、カレナは話しかける。

 お酒の力が少し後押ししてくれた。


「ごめんね、カラム」

「なにが」

「婚約、破棄になって……」

「カレナが謝ることじゃないだろ」

「うん。でもね。謝りたくて。王太子妃になれなくて」

「別にいいだろ」

「家にも迷惑をかけるわ」

「小さいことだ」

「あんな破棄だと、次の婚約者も見つからないかもしれないのよ」

「気にしなくていい」

「カラムの出世に役に立たないよ」

「どうでもいいだろ」

「大事な事でしょ」

「小さいことだよ」

「いずれは、家を出て、迷惑かけないようにするね」

「その必要はない」

「カラムのお嫁さんから見たら、小姑だもの。絶対迷惑になるわ」

「だからって出ていく必要はない」

「いいのよ。私だっていたたまれなくなるかもしれないじゃない」

「誰もカレナを婚約者としてむかえないなら……その時は」

「その時は?」

「俺がカレナをもらう」


 うつむき、視線をそらしながらもカラムははっきりと言い切った。

 意味が分からないカレナは、小首をかしげた。


「なに言っているの、カラム。私は双子の妹よ。兄妹は結婚できないわ」

「……、カレナは俺の妹じゃない」

 

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