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2話:父との談話

 屋敷に戻り、カレナを侍女に預けたカラムは父の書斎へと乗り込んだ。かくかくしかじかと事情を説明するごとに、頭に血が上り、落ち着きを失っていく。怒りを露にした表情で荒々しく説明する息子の言葉も父であるバチェラー公爵は、目を閉じ黙って聞いていた。


 ひとしきり説明を終えた、カラムが息を吐き、父に問うた。


「どうするのですか、父上」

「どうするもこうするもない。婚約は破棄するしかないだろう」

「しかし!」

「殿下の御心はもうカレナにはないのだ。そのまま、ごり押ししても、カレナの幸せにはつながらない。

 それとも、カラムは次期公爵をいう立場のためにカレナに愛のない結婚を望むか」

「まさか、立場なんて小さなことのために、カレナに苦渋を強いる真似など望むつもりはありません」

「そうだろう。やはりカレナには、彼女を愛している者と結ばれるのが一番。父の私もそう思うのだよ」

「ならば、慰謝料です。

 今回の件は、今後の縁談にも差しさわりがあることです。せめて、カレナの人生を壊した分を埋め合わせてもらう額を求めるべきです!」

「その辺は、私の領分だ。お前が口出しすることではない」

「しかし……」


 バチェラー公爵が目を開け、息子を睨む。


「領分をわきまえよ」

「……はい」


 カラムは悔しそうに目を背けた。

 バチェラー公爵はひっそりとため息をつく。


「ところで、戻ったカレナはどうした」

「侍女に部屋へ送ってもらいました。風呂に入り、ゆっくりして、今日は寝るように伝えています」

「そうか。学園にはどうするかな、明日以降……」

「無理ですよ。さっき、お話した状況です。あれでは、学園に行けば、笑いものとなるだけです」

「ならば、休ませた方が良いとおもうか」

「もちろんです」

「お前はどうする?」

「私は……」

「一人にしておくのは心配ではないか?」

「それは、もちろん、そうですが……」

「私はこの件で、明日より忙しくなるだろう。おそらく一週間以内にはそれ相応の答えが出る。それまで、どうするかな。カレナを一人にしておいて良いものかな」

「それは……」

「侍女もいるし、執事もいる。誰かかれか、傍にはいるだろうが。それだけでいいものか。

 なにせ、殿下もくだんの男爵令嬢も、生徒会で一緒に働いていた仲間ではないか。その二人に裏切られて、真に一人にしてよいものか。

 そのへんが、心配だ。心配だとは思わないか、カラム」

「確かに……。

 ならば、私も休みます。

 殿下に不敬を働きかけました。その点は私の落ち度として、自主的に謹慎させてもらいます」

「回りくどいな。要は、カレナの傍にいるのだな」

「結果として、そうなるというだけです」


 吐き捨てると、カラムは踵を返し、父の部屋を出ていった。

 残された父は、頬杖をつき、もう一度深いため息を吐いた。


「素直じゃなさすぎる。一体、誰に似たんだ、あの頑固者は……」


 




 カレナは、このまま学園にはいられないと、逃げるように屋敷に帰った。戻るなり、カラムは父の執務室へと飛んでいく。

 残されたカレナは、侍女と部屋に戻り、ドレスを脱ぎ、化粧を落とし、湯につかった。


 本当は、父にすぐにでも伝えなくてはいけないのは分かっていたものの、どんな顔をして伝えたらいいか、分からなかった。


(カラムが伝えてくれているなら、少し楽ね。やっぱり、自分の口で説明するのは辛いもの)


 湯から上がり、寝衣を身につけ、部屋に戻った。


 いずれはこうなると分かっていたため、事実を受け入れるのは簡単だ。ただ、思いもよらない状況で、婚約を破棄されたショックが大きかった。


(まずは寝よう)


 ベッドに入り込み、今日あったことを反芻する。起こってしまった事は変えられない。時間は巻き戻らないのだ。

 カレナは目を瞑った。


(考えるのは、明日にしよう)


 いろいろなことが重なった疲労感にいざなわれ、そのまますっと寝てしまった。





 鳥の声がさえずり、部屋に朝日が差し込む翌朝。目を覚ましたカレナは、体を起こし、天井に向けて腕を思い切り伸ばして、だらんと降ろした。


 昨日の出来事もすっかり心から洗い流され、スッキリしている。

 婚約を破棄されても、悪い気はしなかった。


 二人の仲を見てきた以上、あるべきところに落ち着いたことで、お邪魔虫を自覚していた後ろめたさも消えた。


 王太子の婚約者という肩の荷も下り、立場をわきまえた振る舞いから解き放たれた解放感に包まれる。

 

(婚約者の立場って、こんなにも重かったのかしら……)


 無自覚の重圧が消え、笑みさえ浮かぶ。

 未来を考えれば、公で破棄されたことによる風聞や、次の婚約者は見つからないかもしれない恐れや、公爵家の家名に泥を塗ったことになる申し訳なさとか、カラムの未来にも悪影響があるかもしれないという不安とか、色々思いつくものの、今だけは、カレナはそれらの問題をすべて横に置くことにした。


(まずは私がしっかりしないとね。次にどんなことがきても、受け止めていけるよう心づもりをしないと。

 昨日の、今日だもの。学園に行かなくても許されるわよね)


 平日の昼間なら、出歩いても学園生はいない。ふらふら遊びに行くならもってこいだ。


 妙案を思いついたカレナはベッドから飛び出て、クローゼットから動きやすいワンピースを選び、着替えた。


 着替え終えると同時に、扉がノックされた。「どうぞ」と答えると、静かに扉が開く。

 出かけ前の父、バチェラー公爵が入ってきた。


「起きているのか」

「はい、お父様」

「気分はどうだ。色々あったことは、カラムから昨夜のうちに聞いている」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。あのような形での婚約破棄には驚きましたけど、心構えはできておりました。二人のことはよく知っていますもの。

 つきましては、学園へ行くには、私も立場が悪うございます。学園を休ませていただく許しはいただけませんでしょうか、お父様」

「むろん、それはかまわない」

「ありがとうございます」

「カラムも一緒に休むつもりだ。なんだか、あいつは殿下に不敬を働いたそうだな」

「いいえ、いいえ。私のことで、怒り、殿下を殴ろうとする雰囲気を醸しただけです。あの調子ですもの、いつものことですわ。

 ちょっとだけ、場からカラムを引き離すのが大変でしたわ」

「そんなものだろうな」

 

 ため息をつくバチェラー公爵に、カレナはふふっとほほ笑んだ。


「今後の心配はあるとは思うが、私に任せておきなさい。今日からしばらく、二人でゆっくり遊んでいればいい。悪いようにはしないつもりだ」

「申し訳ありません、お父様……」

「気にするな、カレナ。今は何もかも忘れて二人で楽しんでいなさい。

 私は早々にあにと話し合ってくる」


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