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1話:婚約破棄

「公爵令嬢カレナ・バチェラー。この場をもって、婚約破棄を申し渡す」

 

 王太子のケビンを見つめ、カレナは両目をぱちぱちさせる。 

 ホールに響き渡った美声が何を意味するか、まったくもって理解できなかった。


「あの、殿下? いったい、どういうことでしょうか……」


 歪な愛想笑いを浮かべて、カレナは小首をかしげる。


「言葉の通りだ。

 俺は、公爵令嬢カレナ・バチェラーとの婚約を破棄し、ここにいる男爵令嬢キエラ・オーマンと婚約する。キエラと出会い、俺は真実の愛を見つけた。カレナへの思いは、愛ではないと気づいたのだ」


「……」


 殿下の話す内容をやっと理解できたカレナの唇は戦慄いた。


(そんな理由の婚約破棄なら、このような場でされなくても、もっと秘密裏にされればいいでしょうに!)


 口は上下に動くもカレナは声が出せなかった。


 厳しい視線を向けてくる王太子ケビン・ディレイニー。

 その横にぴたりと寄り添う男爵令嬢キエラ・オーマン。


 二人のことはよく知っていた。

 生徒会の会長と会計という関係で、会話をすれば二人の世界が花開き、書記のカレナは二人の話しに入れないこともたびたびだった。


 そんな関係を傍目に過ごした一年。カレナは薄々この婚約がこのまま維持される保証はないと勘づいていた。


 身分とか立場とか、逆手にとるものはいくつもあったものの、もともと家同士が決めただけで、好意と愛の区別もつかない、ふわっとした関係だった。


 傍近くで二人を見ていたカレナは、惹かれ合っていく恋愛とはこういうものなのかと舞台を見るように眺めていた。

 二人の仲が深まっていく様子を目の当たりにしても、嫉妬もなにも浮かばない心境を、驚きととともに受け止めれば、ケビンとの間に恋情がないと悟るだけだった。


 二人が正直に気持ちを打ち明けてくれたら、婚約解消を了承する心づもりはできていた。

 婚約解消の申し出も時間の問題と割り切り、見て見ぬふりをし、大人しくし、二人の邪魔などしていないつもりだった。


(なのに、なのに。なんで、よりにもよって、婚約破棄(それ)を告げるのが、()()なんですか、殿下)

 

 ここは学園生徒会主催の、最高学年だけを集めた晩夏の園遊会が開かれているホールど真ん中。


 会場中の視線がカレナとケビンに集まっている。

 好奇の視線にさらされ、会場中を囁き声が包む。


 これではただの見せしめだ。

 先に婚約破棄すると知らしめてから、各家を納得させようとしているのか。後に引けないようにし、男爵令嬢を婚約者と認めさせようとしているのか。

 どちらにしろ、暗愚なやり方に、カレナは息を呑む。


 ケビンには相手がいるから、いいだろう。キエラはケビンが守るだろう。

 しかし、だ。ここでさらし者にされたカレナはどうなる。

 この状況では、不利になるのはカレナばかりではないか。


 王太子殿下の婚約者であったのに、その関係を繋ぎ留められず、学園で出会った男爵令嬢に婚約者を奪われる醜態をさらすのだ。

 こんな笑いものにされた令嬢に、次の婚約話など降りてくるわけもない。


(せめて、家や私の立場を慮って、内々に処理されるべきではないの)


 言いたいことがあっても、声が出なかった。

 相手を責めるに、責めきれなかった。言葉を発すれば、それもまた、良い笑いの種になりそうで怖かった。


 周囲から注がれる視線が痛い。

 会場中がざわつきはとどまることを知らず、その感覚がぞわりと皮膚を辿る。

 全員がカレナを指さし、嘲笑し、あざけりを囁いているようであった。


 拳を合わせて、胸に寄せる。


(逃げたい。逃げたいわ。逃げ出したい)

 

 逃亡したくても、カレナは震える足を動かせなかった。

 

 せめて、殿下に婚約破棄を受け入れる挨拶をし、踵を返すぐらい、この場でとらねば、未来はない。

 深呼吸を数度繰り返し、意を決したカレナが、婚約破棄を受け入れ、別れの挨拶をしようと膝を折りかけた時だった。

 

 怒声が飛んだ。


「ケビン、これは一体どういうことだ!!」


 その声はカレナを打ち、ぴたりと動きを止めさせた。

 腕をぐいと引かれたカレナが無理やり立たせられる。

 カレナが見上げると、双子の兄、カラム・バチェラーが両眼に怒りを燃やして立っていた。


 この場にカラムがいたことを失念していたカレナは青ざめた。


「たとえ、王太子殿下であろうが、カレナを傷つけることを俺は絶対に許さない!!」


 獣のように殿下に襲いかかるかという雰囲気のカラム。握りしめられた両の拳は震えている。今にもケビンを殴りにかかりそうな勢いだ。

 カラムがケビンを殴ればさらに大変なことになる。

 汚名を着るのはカレナ一人で十分なのだ。そこに、カラムが巻き込まれては、公爵の家名も傷つく。


 カレナはとっさにカラムの両腕を押えた。


「カラム。大丈夫、大丈夫だから。

 キエラと殿下の関係はすでに理解していたもの。驚くことじゃないわ。そりゃあ、このような場の発言に度肝を抜かれたけど、この一年、二人の関係を傍で見ていた私は、これで良かったと思っているのよ」

「だからこそ伯父上や父上に話を通すべきであって、こんな場で、カレナに宣告することじゃない。

 俺は、婚約を破棄することに怒っているんじゃない。

 カレナの尊厳を踏みにじるような、この場を選んで、カレナを傷つけていることに怒っているんだ」


 怒りに血走るカラムの両目は、爛々と光る。

 このままではカラムまで無用に巻き込んでしまうと考えたカレナは、この場をすぐに離れなければいけないと決心した。


 振り向いたカレナはケビンと向き合う。膝を折り、深々と頭を垂れた。


「長らく、お世話になりました。

 今日を持って、婚約者のお役目を降ろさせていただきます」

「カレナ!!」

 

 カラムがカレナの名を叫ぶ。

 カレナはすっと立ちあがり、踵を返すと、カラムの腕を掴みあげた。


「行くわよ」

 カレナはカラムを引きずりながら出口へ向かった。


 これ以上、公爵家の醜態をさらすわけにはいかなかった。

 

 カレナのせいで、輝かしいカラムの未来に、汚点を残す真似はできなかった。





 双子の兄と妹を見送った会場で、王太子のケビンはへなへなと力なく座り込み、天井を見上げた。


「ああ、怖かった。殴られるかと思ったよ」


 情けない声が会場中に響くとどこからともなく拍手が巻き起こる。


 横にいた男爵令嬢のキエラもしゃがみ、彼の肩に手を添えた。ケビンとキエラは目を合わせ、互いに微笑みをかわしあった。


 


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