5、身の振り方
「へえ、ふうん……ジオンがそれを言いますか。誰かさんはいいですねえ。ちゃっかり主様と余生を過ごせる権利を手に入れたんですから。どうせ私はこのザマですよ。自分だけ幸せになるつもりですかコノヤロウ!」
膝を抱えながら低く唸る。やはり恨み言しか出てこなかった。
「お前は本当、俺には口が悪いよな。昔っからよく突っかかってくるしよお」
「うるさいです」
全部、全部ジオンが悪い。
主様からはいつも一番に頼られて。私よりも長くお仕えしていて。私よりも主様のことを知っている。だから私はジオンのことが嫌いだ。
名前だってそう。私は軽々しく主様の名前を呼ぶことが出来ないのに、ジオンは簡単に呼んでみせるから!
要するにただの嫉妬だ。自分が酷く小さい人間のように思えて嫌になる。
「ルイス様、心配してたぞ」
ここで主様の名前を出すジオンは狡い。主様の名前を出せば私が無下に出来ないと知っているからだ。
「お前は俺の顔なんてみたくないだろうけど、お前のことを気に掛けてやってくれって俺に頼んだのはルイス様だぜ。つまり今俺がここにいるのはルイス様の意志だ」
呆れたジオンの言葉を切っ掛けに、ついに私の涙腺は崩壊した。
「うわあーん! ジオンの馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿ぁー!」
「止めとけ。いくら俺を罵ったところで現実は変わんねーぞ」
「そうですね。かくなる上は私の力を駆使してセオドア殿下の弱みを握るしか!」
「それこそ止めとけ。お前だってわかってんだろ。俺らの主がそれを望まないことくらい」
反論出来ない私は押し黙る。
「ならジオンは私に諦めろって言うんですか!? 主様のように、今更私に、普通の女の子みたいに生きろと!?」
前世でも。生まれ変わっても。私は仕事一筋だった。
「んじゃ、真面目な話な。職場の同僚として、人生の先輩として、アドバイスしてやる」
「同僚だと思っていたら実は敵だった人にアドバイスとかされたくないんですけど」
「上司の有り難い言葉として聞いとけ」
職場の同僚とはいえ、どちらが上かといえばジオンが上、すなわち上司と呼べなくもない。悔しいことに上司命令には逆らえないらしいのだ。
「俺は、まあその、抜け駆けみたいな真似をしたのは悪かったと思ってる。悪かった。謝るよ」
「謝るくらいなら私にその地位を明け渡しなさい」
「だから悪かったって! 俺も焦ってたんだよ。このままじゃお役御免だってな」
「はあ!? 私はお役御免になりましたけど!」
「だから! 俺はてっきり最初からルイス様はお前を連れていくつもりだと思ってたんだ。置いて行かれるのは俺だけだってな!」
「あの、さっきからなんですか。私への当てつけですか? 喧嘩なら買いますけど」
「いいから聞け! そしてナイフは下ろせ!」
普段は温和な私だけれど、主様が関わると一転、好戦的にもなってしまう。
「いいか。俺には出来ないが、お前には出来ることがあるだろう。ルイス様はお前のことを……ああいや、それについてはこれから話があるかもしれないからな。俺から言うのは野暮か……」
ジオンはぶつぶつと何かを言っていたが、あまりよくは聞こえなかった。もっとはっきり話してほしいものだ。
やがて自身で結論付けたのか、咳払いをする。おそらくここからが本題だろう。
「つまりなんだ。お前にしか出来ないルイス様の支え方ってもんがあるだろ?」
「そんなものがあるわけないでしょう」
絶賛いじけモードの私は冷たく突っぱねる。とても優しくする余裕はない。
「あのなあ、お前優秀な密偵なんだろ。ちょっと考えればわかるはずだぜ」
今、ジオンはなんて?
いつの間にか私は膝から顔を上げていた。
「そう、でしたね……」
私は誰?
自身に問いかける。
私は――
第二王子ルイス様の優秀な密偵!
ちょうど目の前にいたジオンと視線が重なったのでこくんと頷いた。その反応にジオンも手を取り合って喜んでくれる。二人の答えは一つということだ。
「そうか! わかってくれたか!」
「はい。わかりました!」
いや、気づいたといいうべきか。あるいは思い出したとも言える。
「私、ちょっと探り入れてきます」
「優秀な密偵ってそういう意味で言ってねえよ!?」
いじけて膝を抱えているのはここまで。大人しく話を聞くのもここまでだ。
私は主様の姿を探しに向かった。
背後ではジオンが「ちっとも伝わってねえ!」と叫んでいたが、時間は限られているので相手をしている暇はない。
ジオン、つまり貴方が言いたかったのはこういうことですね。
主様にとって密偵の私は不要。なら、必要とされるためには、密偵以外の場所で役に立つ方法を見つければいい。
有志な密偵ならば自分で探れり出せと、そう言いたいのでしょう?
猛進する私の行く手を阻むものはない。
決意を胸に私が向かうのは主様が食事をしている部屋、その窓辺だった。
第二王子派のメイドに頼んで窓を明けてもらい、そっと食事風景を盗み見る。
(うっ、わぁ……)
主を前に申し訳ないとは思うけれど、正直な感想がこぼれてしまう。なにしろ食事の相手は主様を追放に追いやった張本人、セオドア殿下なのだ。主様は平然と顔を付き合わせているように見えるが、外にいても居心地の悪さが伝わってくる。
こうして影から見守ることしか許されない私にも、一度だけセオドア殿下と視線を交わしたことがあった。主様の戯れで、食事の席に同席させられたのだ。
互いの従者を一人だけ伴い、仮面で素顔を隠しての食事会だった。
主様は私を、セオドア殿下が誰を連れていたのかはわからないが、四人でテーブルを囲んでいた。
最後まで私たち二人は言葉を発することなく食事を終えていたけれど、セオドア殿下からの視線はまさの刺さるようなものだった。そのため仮面越しに、視線が合ったことを鮮明に記憶している。
主様は料理は美味しいか、飲み物は足りているかと、世話を焼くようにたくさん話しかけて下さったけれど、あれは身の置き場に困る催しだった。
主様のことは信頼しているし、尊敬もしているけれど、高貴な方のお考えは理解出来そうにないとも感じた瞬間だ。
そもそも密偵が主の食事に同席させられる。しかも顔を隠してとはどういう状況だろう。今思い返しても理解が及ばない。
沈黙を破ったのはセオドア殿下からだった。
「今日は随分と大人しいな。ルイス」
「食事中は騒ぐものではありませんよ。兄上」
これはそういう意味ではないと理解した上での発言だ。
嫌味が通じないどころか、嫌味たっぷりに返されたと勘違いしたセオドア殿下の表情は険しさを増す。見ているこちらが不安になるほどの、殺伐とした雰囲気だ。
「お前は俺に王位を奪われて悔しくないのか?」
いきなりセオドア殿下が核心に迫った!?
それは私も、おそらくジオンも気になっていたことだろう。
これを聞くための食事会だろうか。セオドア殿下は前置きもなく斬りこんでいく。
「陛下が決めたことであれば不満はありません。追放なりなんなりと。俺は陛下と次期国王陛下に従うだけですよ」
その瞬間、目に見えてセオドア殿下の怒りが爆発する。力の限りテーブルを叩きつけ、食器が嫌な音を立てた。
「お前はいつもそうだ! そうやってのらりくらりと、へらへら笑ってばかりいる! 不満はないのか!? 後悔は、城での暮らしに未練はないと? 王子であることにも!?」
主様は激高など気にも止めず、ゆったりと目の前に並ぶ料理を眺めていた。
「そうですね。もうこの城の料理を食べられないと思うと、少し残念ではありますよ」
確かにテーブルに並べられた料理は見た目も美しく、口にすれば味わい深いだろう。
前世でいうのなら、就職祝いに両親にご馳走したレストランのフルコースに似ている。友達の結婚式に参列し、披露宴で食べた料理にも似ていた。そういった特別な日に口にするような、豪華なメニューばかりだ。
「兄上こそ、落ち着いて食事をされてはいかがです? 俺がこの料理を食べられるのもあとわずか、晩餐くらいは楽しませてほしいものですね」
などと主様が告げればまたしてもセオドア殿下の逆鱗は撃ち抜かれていた。
誰が聞いているわけでもないのに、私はフォローを入れたくてたまらない。
いいですが、セオドア殿下。主様にとって料理の件はおそらく本心なのです。主様は常日頃から城の食事は美味しいと褒め称えておりました!
とはいえ聞こえもしないセオドア殿下にとっては痛烈な皮肉に聞こえたことでしょう。ナイフをへし折らんばかりの憤りを見せている。銀食器のナイフは普通メキメキしない素材のはずなんですけど……。
しかしセオドア殿下も主様との付き合いは長い。なんといってもご兄弟であり、ここで怒りを露わにしては負けだとわかっている。それきり無言のまま食事を進め、早急に席を立たれていた。懸命な判断だ。
ありがとうございます。セオドア殿下。
私はこの時、初めてセオドア殿下に感謝という感情を抱いていた。
殺風景な食事風景は心臓に悪かったけれど おかげで進むべき道を見つけることが出来た。
この原因を作った張本人もセオドア殿下ではあるけれど、一応感謝の念くらいは抱いておこう。個人的にセオドア殿下の弱みを探すのは止めておくことにした。




