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3、クビになりました

 飛び起きた私は過去と現在が重なり混じり合うという、奇妙な体験をしていた。それというのも自身が長椅子に寝かされていたからだ。けれど室内で私の覚醒を促してくれたのは、あの白くて可愛いらしい愛犬ではない。


「何故ですかルイス様!」


 起き抜けに飛び込んできたのは力強い男の声。さらには大きくて、可愛らしさとは無縁の屈強な身体つきがちらつく。同じく主様の執務室に呼ばれていた従者のジオンだ。

 彼も珍しく取り乱していることから、あの通告はジオンにとっても完全に予想外のものだったらしい。

 密偵である私と従者のジオンは今日、秘密裏に主様からの呼び出しを受けていた。主様の執務室に集まり、新たな任務の指令かと待ち望んでいれば、突然の解雇が二人を襲ったというわけである。


「ルイス様! どうか今一度、考え直してはいただけませんか!?」


 私が意識を魂を飛ばしている間にもジオンは必死に主様へと掛け合っていたらしい。

 屈強な体格に強面のジオンは従者であると同時に主様の護衛でもある。その面構えは歴戦の猛者のように厳つく、筋肉のついた身体は屈強な戦士といった風格だ。

 そんなジオンが焦りを浮かべるところを私は初めて目にしたように思う。かつて賊と遭遇した時でさえ落ち着き払っていたというのに、わかりやすいほど狼狽えていた。

 そんな強面の男に詰め寄られたのなら、普通の感性を持つ人間は怯むだろう。けれど私たちの主様が怯むことはない。


「突然のことで驚かせてしまったね」


「そりゃあ驚くに決まってますよ! 見て下さい。サリアの奴なんて意識飛ばして白目剥いてるんですよ」


 いやいやいや、見せないよ!

 私は自分でもびっくりするほどの反射で起き上がっていた。何が悲しくて敬愛する主に白目を剥いて寝込む姿を晒せるか!


「ジオン! 主様に変なこと言わないで」


 間一髪で阻止することには成功したけれど、すでに見られている可能性の方が高いことが不安である。


「サリア! 気が付いて良かった」


 はい。聞きましたか?

 我が主は密偵相手にも心を配る優しさを持ち合わせているのだと、全世界に宣伝して回りたくなりました。

 目が合えば、主様は安堵の表情を浮かて下さいます。


「ご心配をお掛けてして申し訳ありませんでした」


 その優しさに、仕えるべき主であることの誇らしさ、お仕え出来ることの幸せを感じていた。

 けれど今日に限っては、続く言葉はちっとも優しくありませんでした。


「いや、悪いのは俺だよ。君たちには残酷なことを言うけれど、これはもう決定したことなんだ。俺は王位継承権を剥奪されることになるだろう。そして政や貴族の思惑の及ばない遠い地に送られる」


 私はとっさに口を覆っていた。そうしなければ冷静さを保てそうにない。

 主様は遠い地に送られるとやんわり表現しているが、そんなものは誰が聞いても追放だ。

 主様もそれが分かっているからこそ、私たちを刺激しないように言葉を選んでおる。私の心情など、聡明な主様にはお見通しなのだろう。


「兄上ならやりかねないかな」


 主様は顔色を変えることなく告げたのに、それを目にした私には痛ましいものとして映った。

 けれど現実は否定を許してはくれない。主様も気休めの否定を望みはしないだろう。何より、偽りの情報で主を混乱させては密偵の名が廃る。

 すべてわかっている。わかった上で、私は少しも納得出来ていなかった。

 現ロベール国の王家には複数の王子が生まれた。彼らは常に王位を狙い、競い合っている。

 最も優秀な者、功績をあげた者が次期国王の座を手にすることが出来るからだ。


 その結果、新たな王に指名されたのは第一王子のセオドア殿下だった。主様とは母親違いの兄にあたる。

 セオドア殿下は国王陛下が未来を託すだけのことはある優秀な人物だ。

 やや不愛想ではあるが、臣下たちからの信頼も厚く慕われている。政治の手腕にも抜かりはなく、彼の手でロベールはさらなる発展を遂げるだろう。そんな未来が容易く想像出来る。

 これは主様の政敵として、私が個人的に探っていた感想だ。


 多くの人間がセオドア殿下の即位を喜んでいる。だからこれは私の、個人的な想い。我儘だということも自覚している。

 それでも私は自らの主が選ばれなかったことが不満でならない。セオドア殿下を評価はしているけれど、決して主様が劣っていたわけじゃない。けれど主様は諦めたように言う。


「わかるだろ。もう俺には護衛も密偵も必要ないんだ」


 王子ではなくなった自分にはその価値がないと言っている。

 そんなことはありませんと、否定出来たのならどれほど良かっただろう。少なくとも、心の中では張り裂けそうなほど繰り返していた。


「何故です、ルイス様!」


 納得出来ていないのはジオンも同じだった。


「ただ一言、一言命じてさえ下されば良かったのです。奴を始末しろと! 貴方さえ命じて下されば自分は……いえ。今からでも遅くはありません。今すぐにでもあの憎き第一王子を抹殺してみせましょう!」


「ジオン!? なんてことを!」


 私は信じられない思いでジオンを見つめていた。

 国を揺るがす発言だ。第一王子の耳にでも入れば命を奪われても文句は言えない。それなのにジオンは一切の躊躇を感じさせず、堂々と言い切った。わずかな迷いさえ見せないジオンには、行動に移す意思があることを感じさせる力強さがある。

 私は己を恥じた。ジオンは初めて出会った頃からいつも私より高みにいる。身長だって、主様からの信頼だって……

 今回もまた、気付かされてしまった。


 いくらショックだからといって寝込んでいては密偵の名が廃る!


「その通りです主様! どうぞ私にもお命じ下さい。セオドア殿下の弱みを握れと。もしもなければでっちあげます。いくらでも! そもそも今回のことはセオドア殿下が仕組まれたのではありませんか!」


 ジオンに出遅れるなど失態だ。

 私は負けじと力強く訴えていた。

 セオドア殿下は王位争いの最も手強い敵として、主様を真っ先に排除しようと行動を起こした。

 当然、私たち第二王子派の人間はそれを阻止しようとしたが、主様は手を出すなと命じられてしまった。そうして手をこまねいているうちに最悪の結果が訪れてしまった。


 王位継承権の剥奪。弟の力を怖れた兄によって主様は追放されてしまう。

 他のご兄弟たちはこれまでと変わらず城に残ることを許されているのに、どうして私の主様だけが城を追われてしまうの?

 とても許せることではない。


「今ならまだ間に合います。私に命じて下さい。セオドア殿下を蹴落とすための証拠を集めろと!」


「よく言ったサリア。そうだ、俺たちなら出来る!」


「その通りですジオン。やってやりましょう!」


 日頃は何かと主様を巡って敵視しているジオンだけど、今日限りこの場において心は一つだと確信している。二人で拳を突き上げ、セオドア失脚同盟は完成しつつあった。


「主様、ご安心ください。私が主様を王位につかせてみせます」


「サリアは頼もしいな。でもね」


 主様は静かに告げて首を振る。

 長年仕えてきたからこそ、その仕草だけで明確な拒絶だと頭が理解してしまった。

さっそく読んで下さった方が!

評価もいただき、ありがとうございました。励みになります!

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