1、密偵の身の上話
少し前に書いた作品で、一人称で進みます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
私の名はサリア。
ロベール国の若く聡明でお優しく、優美で高貴、かつ部下想いの第二王子ルイス様に忠誠を誓った密偵だ。
私の仕事は主であるルイス様のためだけに、あの方が望まれている情報を集めること。命じられたのなら、それがどんな機密事項であろうと入手してみせる。
ある時は貴族のお屋敷に潜入調査。ある時には一般市民に紛れて情報収集。そしてまたある時は他国に潜伏し内情を探っていたこともあった。
すべては幼い頃より忠誠を誓う主様のために!
ここで私の身の上話となりますが、私が密偵を志したのは幼少期のことでした。
本来私が生まれたのは王子様とは縁もゆかりもなく生涯を終えるような一般家庭でしたが、転機が訪れたのは五歳の誕生日を過ぎた頃のことでした。不運にも誘拐にあい、挙句売り飛ばされる寸前だったのです。
両親のそばからから離れていた私は人相の悪い大人たちに囲まれ、次の瞬間には荷物のように馬車へと押し込まれていた。抵抗するには勝ち目もなく、泣きわめいただけ大人たちは歪に笑う。酷く揺れる粗悪な荷馬車で運ばれる私に待っているのは最悪の未来だろと容易に想像ができた。
そんな時、私はふと馬車が止まっていることに気づきます。外からはざわざわと、大人たちが揉めている気配が伝わってきました。
きっとこれは最初で最後のチャンス。そう思った私は逃亡を試みたのですが、荷台から飛び降りたところであっけなく転倒。みっともなく地面に倒れこみ、見つかる前に早く逃げなければと焦ってばかりいました。
そんな時です。頭上に影が差しました。
なんという絶望でしょう。見つかってしまったと思いました。私の覚悟など所詮は無力にすぎないと、嘲笑われている気がしました。
逃亡を試みた私を大人たちは許すはずがない。きっと手ひどい仕打ちをうけるのだと、迫りくる恐怖に青ざめた顔で視線を上げます。けれどそこに立っていたのは自分より少しばかり年上に見える少年でした。
「綺麗」
恐怖はどこかに消え、自然と零れていました。
月光に照らされたプラチナブロンドは青く神秘的な輝きを放ち、瞳も宝石のような美しさを感じさせるものでした。全てが作り物であるように、まるで月の化身とでもいうのでしょうか。こんなにも美しい人を私は目にしたことがありません。
背後に輝く月ですら少年の引き立て役。となれば危機的状況も忘れ、見惚れてしまうのも仕方がないことです。呆然と言葉を失う私に向けて、少年は手を差し伸べてくれました。心配そうに名も知らぬ少女を見下ろしながら、怪我はないかと気遣ってくれたのです。
もうお気付きですね?
そうです。これこそが私と主様との出会い!
おそらく『運命』とはこのような場面を言い表すのでしょう。たとえ違ったとしても私が運命と言えばこれが運命です。
こうして運命の出会いを果たした私は直感的にこの人に必要とされたいと願うようになっていました。
それはさながら一目惚れの様に……
失礼、少々話が逸れてしまいましたが。
とにかくその日から、あの方のために生きることが私の喜びとなったのです。
この身が朽ち果てるその日までおそばにいたい。あの方の役に立ちたい。必要とされていたいのです。
だってそうでしょう?
こんなにも素敵な人の役に立てたのなら幸せに決まっています。必要としてもらえたのなら、それは至上の喜びです。そばに置いてほしい。生涯をかけてお仕えしたいと早くも心に決めていたのです。
その後、気を失った私は主様たちの乗る馬車で近くの村へと送り届けられたわけですが。普通はここでお別れの良い話で終わりますよね?
しかしそうはいきません。これほどの素晴らしい出会いを簡単に終わらせてなるものですか!
渋る主様に食い下がり、採用試験をクリアすることでなんとか現在の地位を確保したというわけです。
え? 開始早々いきなり感情が重い?
そうでしょうか。だってもう、あんな思いはしたくありませんからね。就職先は幼いうちからしっかり決めておかないと……
不思議な話ではありますが、強く念じておきながら私にはその言葉の意味するところがわかりませんでした。
間違いなく私の心の奥深くから湧きあがる気持ちではありますが、どうしてそう思うのか、理由だけがわからないまま、主様との幸せ主従ライフは過ぎて行きました。
前述の通り危険の多い仕事ではありますが、やりがいのある仕事です。
実績といたしましては、これまで幾度となく主様が悪と判断された貴族や大臣を排除するための証拠を集めてまいりました。
自分で言うのもなんですが、私は密偵としては優秀な方だったのでしょう。今日まで無事に職務を遂行してきたことが何よりの証です。
しかしながら現在、私はこれまでに経験したことがないほどの窮地に立たされている。
「突然のことで申し訳ないけれど、君たちには職を辞してもらうことになったよ」
主様の執務室に呼び出され、新たな任務を待ちわびる私に告げられたのは突然の解雇通告だった。
クビ?
私いま、もしかして解雇された?
私の耳が敬愛する主様のお言葉を聞き逃すはずがない。だからこれは主様がおっしゃられたことで間違いはないはずだ。
でも、そんな……
あまりのショックに気が遠くなる。この世界が足場から崩壊していくようだ。
地面の底が抜けてしまったように、次第に立っていることも出来なくなった私は、無言のまま背後へ倒れていく。
「サリア!?」
焦ったような主様の声が遠くなる。とっさに背中を支えてくれたのは同じく部屋を訪れていた仕事仲間だろう。けれど気にしている余裕はなかった。
どうして、どうして!?
もうクビは嫌だって、あんなに願ったのにどうして!
神様は残酷だ。でもそれ以上に、まるで以前にも同じことがあったような口ぶりに驚かされている。
私がお仕えしていたのは主様ただ一人のはずなのに、どうして……?
読んで下さってありがとうございました。
完結しているお話なので、どんどん更新していきますね!