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「オスカ様……オスカ様は、俺を信じていなかったのですか?」


 聖女の弟の問い掛けに、男は悩むように俯いた。

 信じていたとも、信じていなかったとも言える。

 相反する考えを陸に対して抱いていたのだから。


「リク様、自分が初日にこの姿を晒した時に言ったことを覚えていますか?」


 顔が痛々しく焼け爛れた男が、指を鳴らした瞬間に見覚えのある美貌の男に豹変したあの時の光景が目に浮かぶ。彼は言った。「ここでは疑うことが大事です」と。こうして晒した本当の姿さえ、疑っても構わないと。

 そんな男を疑いもせず一方的に信じたのは、陸だ。


「許してくれとは言いません。殺すつもりなどなかったとも言いません。リク様の命を危険に曝したことが許されるとは思っていません。

 しかし、リク様を信じ、疑ったことは事実です。だから、オレはリク様を賭けに利用しました。あなたがここに来れば、オレの負け。来なければリク様の負け。結果、オレはリク様に負けました、完敗です。自分は国王暗殺に失敗し、あなたの計画は成功した。リク様は奇跡を起こした! ……これで満足ですか?」

「何を、……言って」


 満足するわけがない。

 結局、国王はノーダメージで、オスカだけが裁かれる状況になったのだ。これでいいわけがない。何が「奇跡を起こした!」だ。

 陸は彼の幸せも願っていた。どうにかして好いた相手とくっついて、幸せハッピーエンドを謳歌してほしかった。

 それなのに、悲しみに暮れる恋人を一人残すか、その恋人さえ死にかねないこの結果に、どう満足すればいいのか?


「満足なんてするわけないでしょう! あなたはルカス様が好きなんだから! ちゃんと言わなきゃ駄目じゃないですか! そんでもって、ちゃんと幸せになってくれないと、駄目じゃないですか!」


 何がどうなれば陸の言う「ちゃんと幸せになる」になるのか。

 そんな野暮な質問はしないことにするが、これまでに五人の神官と一つの良心を殺してきた極悪人の幸せを願う気持ちは、あまりにも純真無垢だ。甘ちゃんと言ってもいい。


 夢見る青二才の姿があまりにも眩しくて、オスカは目を細めた。

 そんな男の顔をグイッと引き寄せる者がいた。目が不自由な秀美の人が何やらご機嫌斜めだ。


「……ねぇ、いつになったらわたしを呼んでくれるの?」


 むぅっと膨れるルカスに、オスカは相好を崩した。

 ようやく思うがまま触れられるようになった相手の額と頬に一つずつ口付けを施す。それでも態度が軟化しないから、鼻の先っちょをこすり合わせてその先端にも軽くキスをした。


「もう少しだけ待ってください。己の処刑方法だけ確認したい」


 ここでようやく汗を拭うと、オスカは父の仇と目を合わせた。


「オレはどのように裁かれるのでしょうか?」

「この場では即答はできない。全ての儀式が終わるまで、拘束することになる」

「……でしょうね」


 オスカは納得した。膨大な量の記録が収められた神殿大文殿にも、ここ数百年大罪を犯した者の処刑が行われた記録はない。

 この国やこの世界では死があまりにも身近だから、そこら辺に死体が転がっていても「殺されたか、病気か」くらいにしか思わない。例え十三番目の月に子どもが生まれても、申告する時に少し日付を調整すれば問題ない。戦争や飢餓もあるから多少の罪を皆犯す。そんな時には神官の前に平伏して己の罪を告白すれば大抵のことは許された。

 大体、この世の人々は皆信心深いから、大神官を殺そうなどと考えたこともない。

 未知の犯罪に手を染めた者をどうやって裁くか、それは激しい議論が必要になることだろう。


「とんでもないことをやらかしてくれたな」

「ハッ、誉め言葉と受け取っておきます」


 男はまた汗を拭う。

 ようやく、満願成就の時が来た。

 例え両目が目隠しされていようと、期待に満ちた顔がキラキラ輝いている。せめて面布を付けていてくれればもう少し破壊力が抑えられたのに、己の父親に「本気の愛だ」と証明するため自ら剥ぎ取ってしまったのだ。

 オスカは第一声をなんとしようか迷って、本人にだけ聞かせるために、小振りな耳元に顔を寄せる。

 そっと唇でそこに触れてから、特別な名前を呼んだ。それから、告げることなど永遠にないだろうと思っていた愛の言葉を囁いた。八年間じっくり胸の内で熟成させた想いは強烈で、まるで呪詛だ。時々惚気話に付き合っていた異母兄弟に、恐怖を覚えさせるほどおどろおどろしい愛だった。

 それなのに聴覚から呪詛の言葉を直接吹き込まれている方はうっとりとし、頭が蕩けるような多幸感に酔いしれている。

 完全に二人だけの世界に入っていたオスカとルカスは、最後にお互いの気持ちを改めて確かめた。


「ルカス様、オレと一緒に死んでくれますか?」

「もちろん。お前のいない人生なんて耐えられないもの」


 両想いになるなど無理だと思っていたのに、たとえ短い時間でも叶ったことで緊張の糸が切れたのか、オスカの体が傾いだ。最初は無様に床に倒れないようにと肩ひじをついて耐えていたのに、じわじわと強さを増す痛みに耐えかねて仰向けに寝転がる。


「オスカ!」

「大丈夫……大丈夫だから」

「全然大丈夫に聞こえないよ! あぁっ……父上っ、父上! オスカは一体どうしたんです?」


 目の見えないルカスは半狂乱になりながら、急に倒れた恋人を案じる。

 国王が駆け寄ると、オスカの顔には拭いたばかりだというのにもう脂汗が滲んでいた。尋常じゃない量だ。腹が痛むのか、白いローブの上から押さえている。暑さに耐える犬のように、呼吸もハッハッと次第に早くなってきた。

 他の二王子も近衛隊隊長も、聖女もその弟も、少し遅れて駆け寄った。

 前の世界で医療に関わっていた女が様子を確認する。首筋に指をあて心拍数を数え、呼吸の速度、発汗状態も観察した。


「これはっ……ショック症状起こしかけているみたい」


 陸が腰に佩いていた短剣でローブを裂く。その中に着ている麻のシャツを捲り上げると、腹部の見た目に異常はない。腹に触れると固さはあるが筋肉の可能性もある。試しに軽く押すとオスカの体が激痛に跳ねた。


「まずいわ、これ多分、内臓損傷してる。血圧見られないのが痛いわね」

「それなら恐らく肝臓でしょう。一撃で殺すつもりで蹴りましたから」


 さらっと同意する加害者に陸は驚愕するが、周囲の人間はさも当然とばかりに顔を曇らせる。当然だ。国王やその家族を守ることが近衛隊の人間の役割なのだから。


「どうしたらいい? どうしたらオスカ様は助かる?」

「前の世界だったらCTとか通して、場合によっては手術とかするけど」

「姉貴は治癒魔法みたいなのは使えないの?」

「駄目よ、この部屋じゃ魔法は使えないの。でも、この状態で外に連れて行くのは危ないかも」

「でもあの女神官は変身できてたじゃん! あれは魔法じゃないの?」

「あれは魔法ではない。ラーミアは蛇女で、その半身を服の下に隠しているだけだ」


 二十六年前にもその姿を見たことがある国王が、白布の垂れる空間を見渡した。

 彼女たちがいれば運んでくれたかもしれないのに、間もなく神ウリテルが姿を現す時間になるからか、ここには八人しかいない。


「医者じゃないから保証はできないけど……意識はあるし、この状態ならすぐに死ぬことはない、と思うわ」

「数時間このままでも問題なさそうか?」

「危険なことに変わりはないけれど、意識が低下しないうちは、恐らく」

「そうか……聖女がこの部屋を出るわけにもいかんものな」


 いつまでも床に寝かせておくわけにはいかないと、ひとまずオスカをカウチに横たわらせることにした。国王の指示でライオスとリンゲンがカウチを運び、そこにオスカを寝かせてカウチごと移動させる。人間の重さ分重くなった家具を動かすのに、途中からネフィウスも手伝った。

 陸に手を引かれ、ルカスも彼の傍に付き添う。白いローブを小さく引き裂いた布で、恋人の汗を拭いながら声を掛け続けた。荒く息をしながらオスカもそれに応えている。

 二人の邪魔をしないように他の者たちは少し距離を置いたところに集まった。


「ルド……いや、リンゲン卿」


 手を握り合う二人の姿を遠目に見ながら、ライオスがリンゲンの腕を掴んだ。ネフィウスもさり気なく距離を詰めてくる。


「正直に言え。あいつの存在を知っていたのか? まさか今回の企みも知っていたのか? 知っていて、我々に何も報告しなかったのか?」


 ルカスの兄弟たちが、オスカの異母兄弟である彼も国王殺しを企てていたと考えているのではないかと陸は心配になった。

 リンゲンは無関係だ。世話になった生家に迷惑が掛からないようにと、あの大神官補佐はわざわざ家名を捨てたのだから。


 父親を殺されかけ、弟の心も奪われたライオスは波打つ金髪も相まって、ライオンのような気迫を纏いながら国王の襲撃者の異母兄弟に詰め寄る。

 詰問される男は二人の王子の顔を交互に見比べると、異母兄弟が神殿にいることや国王に恨みを抱いていたことは昔から知っていたのだと素直に白状した。


「もしももっと早く行動に移していたらどうする気だったのだ!」

「神殿に囚われ、家名も捨てたただの神官に何ができましょうか?」

「何?」

「少なくとも聖女が王太子を選ぶまでは、神の加護により国王陛下に危害は加えられません。可能性があるとしたら深夜過ぎ。その時には私も国王陛下のお側に控えておりますから、仮に奴が何かするようでも陛下をお守りすることはできると判断しました」

「父上を危険に曝す気だったのか?」

「ネフィウス殿下、確かに『ゲーヘナの爛れ水』を持ち出してくるとは思っておりませんでした。それは見誤っておりました。しかし如何なる場合でも、私は陛下をお守りする所存です。無論、相打ちも覚悟しております。私は国王陛下の『影』ですから」


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