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「頼む、クルト。下界に戻ったら、お前の部下や騎士団を率いて下の神殿の祭壇を調べてくれ。床板と壁に仕掛けがしてある。オレが分かったんだ、お前も分かるはず。もし見つからなかったら、あんな腐った祭壇など、いっそぶっ壊せばいい。

 とにかく、そこに隠し金庫がある。中身は禁忌の毒薬だ。鍵のありかはバポネルあたりが良く知っている。四百年前に処理されなかった『ゲーヘナの爛れ水』がそこに。……『ファーラーの水薬』も『エフィネスの睡眠薬』の原液、『罪の果実』も山ほどある。他にも胸糞悪い薬がいろいろ保管されているはずだから、全部見つけて永遠に処分してくれ」

「分かった」


 オスカはついでに首からぶら下げていたメダルを外すと、針と同じように適当な方向に投げた。よく見れば蛇がからまったようなデザインの側面には金属が僅かに解けた跡がある。彼はそこに猛毒を塗った針を仕込んでいたのだ。


「国王陛下」

「何だ、オスカ」

「ついでにこれまでのオレの罪を全て告白します。聞いてくれますか?」

「申してみよ」

「オレは、……この『ただのオスカ』は、国王陛下を父の仇とし、禁忌の毒薬を使ってその暗殺を企てました」


 国王弑逆。それは正当な理由がなければ、忠義に反する行為である。一個人の恨みで『賢秀王』と国民から慕われるクレイオスを殺そうとした彼は、徹底的に非難されることだろう。

 しかし、彼の罪はそれだけではない。


 十代の頃に殺人を犯した。自分を襲った名も知らぬ愚か者に対する正当防衛とはいえ、殺人は殺人だ。人の血に濡れた両手を隠して、清廉潔白な神官として振舞ってきた。神に祈りを捧げる人たちを、その心を、その願いを、彼はずっと欺いてきたのだ。

 犯罪の隠匿にも関わっていた。過去にも一部の神官たちが犯罪に手を染めてきたが、彼はルカスに声を掛けられるまで見て見ぬふりをしてきたのだ。その間に一体どれほどの被害者が出ただろうか。助けられた命もあったかもしれない。人々の心を救済に関わる者として、許されない行為だ。

 更に、とある神官に中毒性の高い麻薬を与えた。ゼヴェリウスの部屋でくすねてきたものだ。彼はそれを使ってその神官を麻薬中毒者とし、二人の神官殺害の犯人に仕立て上げた。最後は正気を失ったその神官がどうなろうと知ったことではなかった。当然の報いだと思っていた。

 最後に主たる大神官を殺害した。使ったのは『ゲーヘナの爛れ水』。水が触れたところから激しく焼け爛れ、どろどろに溶けていく恐ろしい水薬だ。人ならざる存在さえ、苦しみ悶える呪い水だ。

 そんな地獄の水で大神官を、しかも主たる大神官を殺害することは、神殿を冒涜したことになる。

 アクラランでは大罪だ。


 あまりにも過激な犯行に、さすがの国王も顔を曇らせた。己の影と同じ年齢の男が、ここまで死に手を染めなければならない理由が分からない。


 大罪を犯した者は、全ての記録から名前が抹消され、墓も立てられない。そんな人間などいなかったのだと、全ての人の記憶から消し去られる罰を受ける。

 記録も、思いも全て失われる、とても悲しい罰だ。


「……オスカよ。何がお前をそこまで突き動かした? 何故、そんな大罪を犯したのだ?」


 オスカは腕の中にいる愛しい人の目元にそっと手を当てた。そこに巻かれた帯状の布を少しずらせば、白に近い金色の瞳と目が合った。初めて会った時から、ずっと彼の心を捉えて離さない眼差しだ。少しの間それを見つめてから目隠しの布を元に戻すと、部屋の灯りで傷めてしまっただろうそこに軽く口付けを落とす。


「……奴らは、オレの大切な人の名望を穢しました」


 国王の問いに応える声が穏やかだった。


「ハンネルゲーテと二人の神官は、その人が神殿に下ったら、どうやってその矜持を踏み荒らしてやろうかと相談していました。どんな薬を使って快楽を教え込もうとか、見世物にしてやろうとか、そういう卑しい相談です」


 しかし次第に言葉も語調も強く荒々しくなる。

 憎悪の情のままに、オスカはあの許しがたい交渉の内容を打ち明けた。

 あの言葉さえ聞かなければ、四人の神官たちは儀式の後、騎士団に引き渡して裁判にかけてもらうつもりだった。あの禿頭の大神官は、触れてはいけない引き金を自ら引いたのだ。


「そしてあの腐った大樽は、オレにこう言いました。『浮遊魔法を使ってこの身を上まで運べ。そうしたら、第二王子が神殿に入った暁には、自分の後にその身を抱かせてやる』と……。ただでさえ取引の材料に使われるのに我慢ならないというのに、その内容が、そんなふざけた理由で……オレにはそれが、どうしても許せなかった!!」


 主たる大神官ともあろう者が、そのような下劣な提案をしていたことに、その場の皆が顔を歪めた。特に王家の男たちの顔色は悪かった。

 英雄アクラランの血を引く者に対して、なんという侮辱だろうか。

 息子であり弟であり兄である、その中性的な若者が男女問わず魅了していることはよく分かっていた。昔から男色の文化がある神殿でも、この若者に焦がれる人間がいることは想像に難くなかった。しかし、それでも、頭の中であまりにも侮蔑的なことをされていたのだと知るのでは、衝撃の度合いが違った。

 体中に虫唾が走り、強い吐き気がする。


 深く傷付いた男の頬に、震える繊細な手が添えられた。ルカスの戦慄く唇から吐息が零れる。


「オスカ、お前……わたしのために、そんな大きな罪を……」

「たかがこれくらい、大したことありませんよ。あなたが辱められること以上の大罪など、オレには存在しないのだから」


 オスカは絶え間なく溢れ続けるルカスへの思慕の情が報われなくても構わなかった。

 お互いの立場の違いは重々承知していた。

 だから相手のために尽くすだけで、彼で十分満足しているつもりだった。

 そんな男にとって、例えそれが妄想であっても、愛する人を心無い他人に弄ばれることは、形容しがたい屈辱であり苦楚(くそ)であった。


「奴らの大罪を裁くために、もがき苦しむ奴らの姿を見るために。できる限り残虐な私刑を与えようと考え実行しました。これで『悪魔』と罵られても構いません」


 例えこの世で最も重い罰を下されようとも、妄想と言葉でルカスを汚辱した神官たちを見逃すわけにはいかなかった。他の誰でもなく彼自身が行動し見届けなければ、彼の心臓を焼く煉獄の焔で頭がおかしくなりそうだった。

 ――……国王への憎悪など、一瞬忘れそうになるほどに。


「リク様、聖女様」


 天蓋付きの祭壇の上にいる姉弟にも、額に汗したままの男は顔を向けた。一世一代の大勝負が失敗したのに、どことなく笑っているようにも見える。

 別の状況であれば、最後まで接戦を繰り広げ、僅差で負けたライバルにしか見えない。


「聖女様。貴女様の弟君を殺しかけたのはこのオレです。『エフィネスの睡眠薬』を使って、彼を永遠の眠りに落としかけました」

「姉貴! 違うんだ、彼はちゃんと解毒薬も」

「陸は黙って。大神官補佐・オスカ。正直に言いなさい、何故この子を殺そうとしたの?」


 美祢は極めて冷静に、大切な弟を殺そうとした男に向き合った。


「理由は、いくつかあります。一つは、リク様の願いを叶えるため。オレは第二王子様の指示で、彼の傍におりました。神の名を使った宣誓によって神殿に引き渡された彼が、無事に外に出るためにはその死が必要でした。リク様の生殺与奪権は神殿にありましたから。宣誓魔法の鎖から、彼を解放するためだったのです」


 国王の読み通りだった。あの誓約書の内容を無効にするために、オスカは一度陸を殺したのだ。


「聖女様、リク様は貴女様の命を救うため本当に努力されていました。それはその姿を間近で見てきたオレが断言します」


 気が遠くなるほど膨大な資料と向き合い、『建国伝説』として綺麗事にされた過去の真実を見出そうとした。女神の導きもあって、陸の努力は奇跡的に報われた。

 同時に、オスカ側の事情もあった。

 陸が国王暗殺の企ても妨害すると宣言した時、そこに期待しそうになったのだ。彼の計画が成功すれば、この黒いマグマのような激しい憎悪を宥め、消し去るのではないかと。そして、心穏やかにルカスへの愛を注ぎ続けるだけの未来が叶えられるのではないかと。

 しかしどう考えてもそんなことは甘い夢だった。

 きっと、陸は失敗する。失敗して、心臓を抜かれた姉の姿を見て慟哭し、絶望するのだ。


 しかし。


 しかし、もしも、運が彼に味方したら?

 嫉妬に怒り狂う女神ウリテルの心を鎮め、オスカの憎しみも打ち払い、姉と幸せに暮らせるような、そんな大きな奇跡を起こしたら?

 魔法と『影』を駆使して盗み出した、禁忌の睡眠薬とその解毒薬を小瓶に詰めながら、神殿を謀っている大神官補佐は考えた。

 彼が奇跡を引き起こすような男なら目覚めてオスカの企てを妨害するのだろうし、目覚めなければそれまでのこと。いずれにせよ、オスカは大罪を犯した極悪非道の大悪人として裁かれる。

 ならば、せめて、死ぬ前にちょっとした大博打を打ってみても、いいのではないか?


 馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、オスカはそこに賭けたのだ。

 陸が英雄アクラランは世界の創造主を呼び出せると考えたように。


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