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 初っ端からの急展開に、ようやく事態を把握した男たちが動き始める。

 今いる中で最も人生経験豊富な男が、弾けるように高笑いした。


「ハハハッ! これは驚いた。リク殿、聞いていた話とは違うではないか!」

「あー、えーっと、はい……いろいろ事情がありまして」

「ちょっと陸! お姉ちゃんの話は終わってないわよ。ちゃんと説明しなさい!」

「待ってくれ、父上。これは一体? 何故彼がここにいるのだ?」

「そうですよ。リク殿はここにいないはずですよね?」


 もはやカオスである。

 国王は腹を抱えて笑っているし、陸は美祢に肩を揺さぶられているし、状況が読めていないライオスとネフィウスはすっかり困惑している。リンゲンも王家の人々の傍で首を傾げて眉を顰めていた。

 大笑いしている父親の傍で、ルカスが呆然と呟く。


「どうして、リク様が……ハッ!」


 反射的に、ルカスは大きな父親の体を押し倒す。

 それと同時に、三人の剣士たちが王国の玉体を襲った怪しい白い影に反応した。


 顔面を狙ったライオスの拳を左腕で受け、ネフィウスの鋭い蹴りを足で払い、肋骨で保護されていない腹部にリンゲンの強烈な足蹴を食らったそれは、大きさの割に勢いよく弾き飛ばされた。ゴロゴロと床を転がり、這いつくばって激しく咳き込む。


「ぅグッ、はっ!」

「駄目!」


 襲撃者に更なる攻撃を加えようとする三人を制して、よろめきながら蹲るそれに駆け寄ったのはルカスだった。三人から守るように覆いかぶさる。


「やめて! やめて! お願いだからこれ以上は、もう!」

「どけルカス! そいつは父上を襲ったのだぞ!」

「嫌です! どきません!」

「何故かばうのですか、ルカス兄様」


 怒気を放つ兄弟たちの問いかけには応えず、ルカスは震える手で白いローブのフードを取り除く。そして苦痛に呻く襲撃者の柔らかい黒髪を梳いた。


「……父上。父上、あなたは『オスカとはどんな男か』と訊きましたね? わたしはそれに『会った時に教える』とお答えしました」

「ルカス、まさかその男が」


 親や兄弟たちに背を向けたまま、ルカスは小さく頷いた。例え頭の動きは見えなくても、その長い髪が揺れる様子は見えるだろう。

 陸とリンゲンが息を呑んだ。

 先ほどのドタバタ劇ですっかり気にしていなかったのだが、確かにオスカの姿はあの場になかった。ずっと白布の向こうから国王を狙っていたのだ。


「オスカ様!」


 思わず陸が叫ぶ。顔を上げたオスカは痛む内臓に脂汗を流しながら、フッと嘲笑を浮かべた。


「……リク様……だいぶ、計画が違うじゃありませんか……」


 近衛隊隊長の蹴りはそれほどに強烈だったのか、声が掠れている。


「ルカス様、どうかそこを退いて下さい。その男は国王陛下を襲おうとしたのです」

「どきません! どきません! もしも、この男を殺すというならわたしも殺しなさい!」


 我が子の悲痛な悲鳴に、国王も己の騎士を制した。


「……ルカス、落ち着け。オスカとやら。その顔を見せてくれないか?」


 どこまでも穏やかな父の声に、ルカスはそっとオスカの耳元で囁いた。己の真後ろの方向にいる男たちに、オスカの顔が見えるようにそろそろと体をずらす。リンゲンの足蹴の衝撃が抜けきっていない彼の腕を支えた。

 近衛隊隊長そっくりの顔に、三人の王族の顔色が変わる。


「……生きて、いたのか」


 国王が溢したのは、万感の思いが籠った吐息だった。


「おい、ルド……あれは……」

「リンゲン卿……?」


 二人の王子たちも自分の目が信じられないとばかりに何度も瞬きをし、こちら側に立っている男の顔と見比べる。


(……まさか、国王様たちはオスカ様の事を知らなかった?)


 陸も彼らの反応に困惑した。

 ルカスもリンゲンもオスカの存在は認識していたし、ヤン・ノベも以前「リンゲン卿と兄弟か?」という質問をしていたらしい。陸の身近な人々はその容姿を知っていた。

 だから、このそっくりな二人の存在を、国王たちも当然知っていると思っていたのだ。


「お前も、クルトの息子だな? エティスの女との間に生まれた……」

「来るな!」


 一歩踏み出した国王に、オスカは素早く体を翻してルカスを人質に取り、小さな針をその首筋に構える。再び彼の兄弟たちから怒気が放たれたが、当の本人は穏やかな微笑みを浮かべていた。


「いいよ、オスカ。お前になら殺されてもいい」


 そう囁き、完全に身を預ける。


「オスカ様やめてください! ルカス様も止めてくださいよ!」


 陸が二人の元に駆け寄ろうと席を立ちかけたが、美祢に引っ張り戻された。邪魔をするなとその手の強さが言っている。

 これは陸が関わっていい話ではない。オスカとルカス、そして国王クレイオスの問題なのだ。


「来るな……この針には『ゲーヘナの爛れ水』が塗ってある。神をも苦しめる、呪いの水だ。来たら第二王子を殺すっ!」

「『ゲーヘナの爛れ水』だと? そんな馬鹿なっ……四百年も前に失われたはずだろう! 神殿が全て処理したはずだ!」

「兄を離せ! 逆賊が!」


 相手を罵る二人の我が子を国王は片手で黙らせる。


「クルトの息子よ」

「違う!」


 オスカは絶叫した。


「オレは元・大神官補佐、ただのオスカ! 家名は捨てた! 父の名も捨てた! 母の名も! 今あるのは、中身も墓標もない墓だけだ! それでも国王クレイオス……オレはお前に裏切られた、名も無き父の復讐をしに来た!」


 魂の慟哭。

 それを聞いた国王は一歩、一歩と足を進める。


「来るなと言っただろう!」


 呪いの水を塗った針をルカスの首筋にあてたままのオスカは再び咆えた。

 彼らの間の距離があと五歩程度あるかないかのところで、歩みは止まった。


「ルカス」

「はい、父上」

「その男を愛しているのか」


 それは、質問と言うより確認だった。

 互いの立場を、性別を、全てのしがらみを、きちんと理解しているルカスは、わざわざ面布を取って、花が綻ぶような微笑みを浮かべた。


「はい、父上。初めて会った時からずっと、心の底からこの男を愛しています。彼がいない人生など考えられません」

「ッ?!」


 びくりと震える男の手に触れ、今更何故そんなに驚くのだと、ルカスはおかしそうに笑った。


「ねぇ、オスカ。お前もわたしと同じ気持ちでしょう?」

「しかし……しかし、あなたは身分が……」

「そうだね、わたしは王子でお前は神官……あぁ、さっき『元』が付いたんだっけ? じゃぁ平民になるの? それともその下の身分?」


 クスクスとルカスが笑う。猛毒の針の存在など忘れてしまったのか、首を仰け反らせてオスカの首筋に頭を擦り付けた。

 咄嗟に針を持つ手が離れる。オスカが腕の中の存在を傷付けることなど、できるわけがない。

 拘束する腕が離れたことで、第二王子は体を捻って想い人に抱擁することができた。

 ぎゅぅっと強く抱いて、今まで溜めてきた思いを思い切り吐き出す。


「あぁ……オスカ、オスカ! ずっと抱き締めてみたかった! わたしはこの儀式が終わったらお前にこの気持ちを伝えようと思っていたんだよ。お前の傍に居たくて、神殿に入ろうって思ったんだ! 八年前からずっと言いたかった! 初めて会った時からずっと好き、大好きなんだ。愛してる! お前といられるなら、王族の身分も、名誉も、何もかもいらない!」


 呆然とするオスカの顔面に、人目も憚らずにキスの大雨が降る。

 ルカスは胸の内側から溢れてくる熱くてくすぐったい気持ちが収まらなくて、高揚感のままに頬と頬をこすり付けた。


「オスカ。お前が王家に恨みを抱いているのは初めて会った時から知っていたよ。それでもわたしはお前に惹かれたんだ。お前のオーラはすごく神秘的できれいで、目が離せなかったし、お前の親切心は優しくて温かかった。それがとても嬉しかったんだ。ねぇオスカ。その復讐心をわたしに向けてよ。わたしに執着してよ。お前の感情の全部を、わたしに向けて。お前の全部が欲しいんだ」


 止まらない愛の言葉の嵐に、オスカは祈るように両目を閉じて上を向いた。そのまま無言で何かを呟くと、手に持っていた針をピンッと遠くに弾き飛ばす。針が触れた地面が黒く焼け焦げ、ジュージュー音を立てながら泡立つ。一滴にも満たない量で、掌サイズの焼け焦げがいくつもできた。それから自由になった両腕で、痩身を強く抱き締めた。


「……クルト」

「何だ」


 自分と同じ顔の男が関わっている、熱烈な告白シーンから目を逸らせていた男が、視線を向けないまま異母兄弟の呼び掛けに反応した。


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