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 途中から順番を入れ替え、ランタンはノッガーに持ってもらい、陸は腰を屈めた姿勢からだんだん四つん這いになって階段を上り続けた。苦行である。掌に小石は食い込むし、膝もかなりぶつけた。こんなルートを進むと知っていたのなら、膝当ての一つでも準備していたのに。

 何度も休憩を挟みながらゆっくり確実に階段を上る。

 四時間以上は上っているはずだが、時計がないので時間の間隔が分からない。「まだか」「まだだ」と言うやり取りも、もう十回以上は繰り返しただろう。

 コボルトの階段は、寝台の中を螺旋状にぐるぐる上っているような感じの造りで、ある程度進むと右に折れていた。以前進んだルートよりも断然勾配が緩やかで進みやすいはずなのに、真っ直ぐ立って進めないからよりきつく感じる。


「ノッガー……まだ?」

「リク、もう少し。あと少し」

「それ、さっきも聞いた……」


 ぜーはーしながら陸は進む。

 途中で横穴がいくつかあったが、その奥は瓦礫で閉じられていた。休憩がてらその壁を崩してみたが、一メートル二メートルではない距離が瓦礫で埋められているらしい。天井までみっちりと詰まっているが、崩れたわけではない。一つずつ欠片を積んだのか、それとも魔法で押し込めたのかは分からないが、虫一匹通れないほど隙間がなかった。


「リク」

「なに?」

「ついた」

「本当?!」


 明るいお知らせに陸の気力が復活すると、ノッガーは口元に指をあてて「シィィ―」とした。

 ここがゴールだという割にはそれらしきものがない。行き止まりなのだ。

 どういうことだとコボルトに問い詰めようとしたとき、突き当りの壁から人の声がした。最初は三人。続いて二人。合計五人ほどの声がした。全員男で、年齢層がやや上のようだ。

 壁に耳をあてているノッガーの真似をして、陸も聞き耳を立てる。どんな仕掛けがしてあるのか、音がクリアに聞こえた。


「死んだのはハンネルゲーテとか言いましたな。彼はどこまで関わっていたのです?」

「わしらの分は特に何も。自分でいろいろやっていたようですが、所詮はトカゲの尻尾切り。心配する必要はありませんよ、フェア」

「しかし祭壇下の金庫が見つかれば一大事ですぞ、バポネル大神官」

「なぁに。あそこは聖域。いくらクレイオスの手下どもが神殿内を漁ってもあそこには手が出せんよ」

「もしも危うくなったら、エルバの野人に小金をばらまいてクレイオスの目をそちらに向けてやろうではないか」


 陸は驚いて耳を離した。神官たちが国王を呼び捨てにしているのだ。

 もう一度慎重に耳をあてる。


「それにしてもゼヴェリウスが急逝されたのは残念だ。まだまだ荒稼ぎしたかったのに」

「死因が分からないとか。おおよそ、心臓に負担がかかったのでしょう。少々太っておられたから」

「あれを『少々』と言うなら、よく肥えた豚が絶世の美女じゃないか」

「はははっ。年甲斐もなく新しい稚児にのぼせ上ったのだろうよ。……最近、夜が激しいようだったから」


 下品な笑い声が上がる。


「そういえば、エシュヴィートの件はどこまで終わっている? 確かお前が関わっていたな?」

「七割の取引には。しかしベペルティの黒沼の連中は難しいな」

「あそこは強欲だからなぁ。この際、幼子でもつけてみるか。ファラヂ薬でも塗りこめて」

「ははっ、それはまた一興。盛りながら死ぬがいいわ」

「『死ぬ』で思い出したわ。肉はどうなった?」

「おぉ! おぞましい方だ、ゲフティス殿。あの死体を見たというのに肉の話をされるか」

「ハハッ、何を今更。死んでしまえば皆同じよ。ただの肉の塊さ」

「数人が騎士たちに保護を求めたとか。何でも『神の怒りを買った』とか」

「何を言うか。神は人に『大地を治めて、豊かに暮らせ』と言っているではないか。人々の信心を治める我らが富を求めて何が悪い」


 聞いているだけで胸糞悪くなる会話だ。

 陸の脳裏に、建国伝説の始まりのシーンが浮かんだ。

 神に祈るための手足を持った人間に、神は大地を治めよと命令したが、悪魔に唆されて堕落していく、と言うシーンだ。争い、欲に溺れ、策略を巡らし、戦争する。

 混沌の世界だ。


(こんな奴らに……姉貴は……)


 ぎりっ、と奥歯を噛み締める。

 こんな連中に、姉である美祢は聖女として祀り上げられた。そして、これから数時間もしないうちに殺されるというのだ。

 神聖なる儀式と言う名目で。

 これまで殺されてきた多くの聖女の死にも思いを馳せる。最初からこんなに腐敗しきった組織ではないはずだ。それでも少なくはない女性たちが彼らのような神官に導かれ、次期国王となる男の手によって処女を散らされ殺されてきたのだと思うと、陸はこの壁を蹴破って中にいる五人くらいの神官たちを皆殺しにしたくなった。


 壁の向こうで、コツコツッとノック音が聞こえた。

 フェアと呼ばれていた男が声を張って入室を許可すると、陸の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。神殿大文殿の埃で喉をやられたような、低い掠れ声だ。


「食事のご用意が整いました」

「おぉ! お前、生きていたのか」

「我々はお前も下の神殿で死んだものと思っていたよ」

「聞くところによれば、最近死んだ二人は第二王子様に執着していたそうじゃないか。そういえば、お前もよく上の夜を過ごしていたな? 『よく世話してくれる』と褒められたこともあるとか。……あれはもしや?」

「料理が冷める前に礼拝堂横の食堂にお越しください」

「ふんっ、さすが不能はつまらんな」

「あまり言っては可哀想ですよ。顔だけでなく体も焼け爛れているらしいのだから」

「盲目相手ならその火傷に怯えず情けを受けられるかもしれないのに。残念だったな!」

「悪く捉えるなよ。我々はお前を引き上げたダッフネル大神官と同じように心配してやっているのだ」


 あははははは、と大笑いしながら五人が席を立つ。

 人の皮を被った悪魔たちが部屋から出ていくと、一人残った大神官補佐の気配がゆっくりと陸たちに近づいた。


「ノッガー」

「オスカ」


 コボルトが壁をノックした。メリメリと土壁が割れ、部屋の光が差す。陸は一瞬目を背けると、フードを目深に被った男が差し出す手を取って壁の割れ目から飛び降りた。怪我の有無を聞かれ、無いと答えた。

 数日ぶりに会うオスカの雰囲気はだいぶ変わっていた。吐き気がするほどの悪口雑言を吐きかけられたばかりだからだろうか、あるいは想い人を貶されたためだろうか。鋭利なナイフのように研ぎ澄まされている。触れれば傷だらけにされそうだ。

 陸は一歩後ろに下がった。


「ご苦労だった、ノッガー。もう戻っていい」

「オスカ」

「あまり見るな。これでも抑えているんだ」

「皆で待っている」

「……必要ない。契約したわけでもないのに」

「待っているから」


 コボルトが穴の中から消えると、壁に空いた空洞も元通りに直った。オスカは片手でめくり上げていたタペストリーを元の位置に戻すと、テーブルの上に散乱したナッツの殻や何かの食べかすを魔法で消した。人数分のグラスも綺麗にしてお盆に伏せる。

 テーブル周りを片付けながら、大神官補佐は少し沈んだ声で陸に話しかけた。


「驚いたでしょう」

「え?」

「アレがこの国の宗教を取りまとめる者たちです。元々悪巧みが好きな連中でしたが、ゼヴェリウスが大神官になってからは、あっという間に乱れました。バポネルなんて、『神官の鏡』と謳われたダッフネル大神官の補佐を長年経験していたにも関わらず、です」

「オスカ様……」

「あのルートを進んでいる間、何も召し上がっていないでしょう。これを」


 ローブの中から布袋を取り出す。中身はパンと干し肉と果物が入っていた。小さな小瓶に入ったジュースもある。食事を準備するついでに、食糧庫からくすねてきたのだという。


「あと数時間で、我々神官はこの後ローブを上の礼拝堂に置いて地下に行きます。リク様が姉君と会われたあの部屋です。その前にリク様をあそこにお連れします」


 どうやって連れて行くのかは、割と古典的な方法だった。

 オスカは陸をローブの中に迎え入れると、前から抱き着けと指示したのだ。

 背負う形では駄目なのかと陸が慌てると、背中では人が乗っているのが分かってしまうと言われた。仕方なく、脇の下から両手を通して肩に手をかけ、腰回りに足を巻きつける。駅弁抱っこの変型、と言えばいいだろうか。体勢としてはかなり厳しい。特に手首に負担がかかっている。

 腰に巻いたベルトも、足の付け根を圧迫するので腹に引き上げた。

 その不格好な状態で、その状態で人目がありそうな場所と、三枚の扉の部分を通過するというのだ。あの長い廊下は自分で歩いてもらうことになる。


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