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陸は姉を救いだすための計画を語った。
粗削りではあるが、この件については当然、不測の事態も予想される。多少ゆるめ設定の方が柔軟に対応できそうだ。
まず、二十六回目の聖女の日に、神が現れる空間に忍び込む。
心臓が取り出される前夜には、次期国王となる王子が三王子の中から選ばれるというから、それの前に美祢を連れ出して隠す。事前に第二王子だけにはこの情報を伝えておくのもアリかもしれない。
そして二十六日、神ウリテルが現れる時にその嫉妬の心を沈めるように説得する。この時、陸の中にあるアクラランの魂または魔力に反応して、アクララン自身が現れることを願う。アクラランが現れたら彼の血筋を引く三王子と、来るというから国王陛下も一緒に、五人並んでひたすら土下座して、怒れる女神の許しを乞う。土下座が謝罪の最上級とは思わないけれども、陸の心情的にはそれが一番グッとくるし、この国の人的には国王陛下が頭を下げ、しかも床に擦り付けることはこの上ない詫びの表現となることだろう。
それで許してくれたらそれでハッピーエンドだし、許してくれなかったら怒れる女神の魔力が尽きるまで美祢を隠し続けるまでだ。
陸にとっても敬愛すべきアクララン先輩ではあるが、聖女として死ぬ運命を強要された女の身内としては一発ぶん殴らなければ気が済まない。一発だけじゃきっと足りないからその百倍くらい殴りたい。ついでに足蹴もしてしまうかもしれない。
お前のせいで俺の姉貴が「国のために聖女としてその身も心臓も捧げてくれ」とか言われたんだぞと説教もしたい。ついでに自分自身の恋愛感情的にも英雄アクラランの影響を大いに受けていることも詰問したい。
そして英雄アクラランに、世界の創造主を呼び出させて……。
そこでオスカが制止した。
だいぶ私情の籠った計画にも努めて冷静に耳を傾けていた彼も、最後の方ではその実行性に疑問が抑えられなかったようだ。
「英雄アクラランに、世界の創造主を呼び出させる、ですか? できるとお思いですか?」
「できるのか、じゃなくてやらせるんです」
「や、やらせるって……」
陸の持論としては、『初めての存在』とものには性別年齢種類問わず、特別な思い入れがあるはずだ。
少なくとも、世界の創造主にとって英雄アクラランこと、少年アークィルは「初めて別の箱庭に招待した存在」として特別に感じていると考えられる。だから特別な力も与え、特別に生き別れた妹も同じ箱庭に移して再会させた。
誠に残念なことに、世界の創造主は再会の方法にも「うっかり」失敗したわけだが、とにかく特別待遇をしたわけだ。
『麦の子』という名に込められた親の切実な思いにいたく感銘を受け、その名を絶賛していた。
君を気に入ったと連呼しまくっていた。
そんな特別な相手から、姿を見せてくれと乞われたらどうだろうか?
「馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、俺はそこに賭けたいと思います」
世界の創造主を呼び出して、奴が狂わせたであろうこの世界の時の流れを元に戻させる。
正しい人と神の物語を語り継ぐために。
「そうだ。因みに、俺は姉貴の殺害計画だけじゃなくて、オスカ様の国王陛下殺害計画も、どうにか阻止しようって考えていますから」
きりっと吊り上がった眉に意志の強い瞳。秋から伸ばし始めた髪はそこそこの長さになっていた。この世界では珍しい黒髪黒目の若者。
その真っ直ぐな視線で宣戦布告を受けた黒髪緑眼の男はふっと顔を緩ませた。
「できるものならどうぞご自由に。……それでは自分はリク様が上の神殿に確実に行けるよう、手筈を整えましょうかね」
「えっ、俺も関係者枠で行けるんじゃ?」
「何を仰いますか。神聖な儀式ですよ。泣いても笑っても大神官補佐以上の者しか行けません。リク様は役職が付いていないので、このままだとお留守番ですね」
「そんなぁ……」
「しかも禊の期間を含めて軽く一週間はあの山の上です。元々大人数の滞在には向かないところですので、上の神殿に上がれるものは限られます。そのためにも……」
「『そのためにも』?」
途中で止まったオスカのセリフを、陸は繰り返した。
近衛隊隊長そっくりの美貌が暫し思案する。目を細め、肘をついた方の手で口元を隠す。もう片方の手はピアノを奏でるようにトトトンッとテーブルの天板を叩く。
どうやったら下の神殿の者たちに気付かれずに、陸を上の神殿に連れて行けるだろうか。
少なくとも一週間は上の神殿に留まることになる。
その間、ゼヴェリウスたちは陸を地下に監禁したままにするはずだ。
そして二十六日になったら、あとはその命の保証はない。
食事は与えるだろうか?
いや、数日後には死ぬ命だ。恐らく部屋に閉じ込めて、誰も近づけさせないだろう。
陸の部屋は地下にある。
同じく地下に部屋を持つ神官たちはいるにはいるが、ゼヴェリウスの折檻を恐れて、若者が閉じ込められる様を見て見ぬふりをするだろう。
閉じ込められた陸をコボルトたちと協力して救い出すか?
いや、悪知恵の働く大神官様だ。
不測の事態に備えて、いくつもの魔法陣で陸を拘束することだろう。
主たる大神官の補佐であるオスカも、当然上の神殿には向かう。彼は儀式に関わる書類を取りまとめ、神殿大文殿の然るべき場所に納めなければならない。事前の準備もあるから、三番目の月に入ったら今までのように陸とは顔を合わせることが難しくなるはずだ。
今はまだ二番目の月の半ば。あと数日で、どうにか処理しなければいけない。
ゼヴェリウスやその取り巻きたちを油断させつつ、陸の存在を忘却させるためにはどうするべきか。
そして上の神殿にいる間、陸をどこに隠そうか。
上の神殿に地図はない。
以前に迷わず目的の部屋に陸たちを案内したが、オスカが知っているルートはその一つだけ。
完全に把握しているのは恐らく三人の女神官たちだけだ。
上の神殿で暮らし、上の神殿で死ぬ、そんな彼女たちに見つからない場所に匿わなければならない。
これまでの記録によれば、心臓を捧げる時の聖女の日は特別で、フード付きのローブを身に纏っている神官たちも上の神殿に付いたらローブを脱がなければならない。
上の神殿にいるだけならオスカもその身をごまかせるのだが、その地下、真の神域と呼ばれる、あの白い布が垂れ下がる空間に辿り着いたら、全ての魔法は無効と化す。
そう、老魔術師ヤン・ノベにその本当の姿を晒した時のように。
どうしてくれようかと口の中で舌打ちする。
こんな時、権力があればと思う。
自分の思うままに事が運べたら、どんなに楽だろうか。
権力。
その甘い響きに一体どれほどの人間が身を破滅させていったのだろうか。まるで神になったかのような悦楽にどれほどの人間が溺れて行ったのだろうか。
人を人形のように操り捨て去り、他人の人生でチェスして遊ぶように策略を組み立て、試してみる。
権力。
いつも首に下げている、蛇が絡み合ったデザインの小さなメダルを無意識に弄ぶ。
主たる大神官に関わる者であるその証。
大神官補佐・オスカの最大の権力。
陸と過ごす中で何度も息を吹き返そうとした己の良心を、無情の刃で滅多刺しにする。
ぬるま湯のような心地よい日々を過ごしてきたせいで、己の本分を忘れかけていた。
ここでは疑うことも大切だと、初日に言ったのは己ではないか。
「……リク様」
チャリッと、手の中のメダルが鳴った。
「いい案を思いつきました。このオスカにお任せください」
頼もしいその言葉に、すっかりオスカを信用しきっている若者が、ほっとした表情になった。
「まずは今後の予定を確認するので、少しお時間をください」
「確認にはどれくらい時間が掛かりますか?」
「明日明後日にはお伝えします」
「分かりました。でも、どんなことをするんですか?」
美形の男は、にっこりと、とてもいい笑顔を浮かべた。
「リク様には数日死んでいただこうかと考えています」




