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魔術師の中には、精霊と契約をして従える者がいる。契約すると精霊は名前を与えられ、姿かたちを変えて契約者に仕えるそうだ。大抵契約した精霊たちは人型をとるらしい。大抵の理由は、魔術師の手伝いをする時に人型の方が使い勝手がいいから。あとは、人型の方が契約者以外の人間に警戒されにくいから。
だが魔術師であれば誰でも精霊と契約できる、というわけではない。精霊は魔術師と契約する代わりにその魔力を求めるからだ。助手を雇うにもそこそこの収入が必要なように、精霊と契約するにもそこそこの魔力量が必要になる。
しかもヤンの場合には双子と契約しているため、求められる魔力量も当然二倍だ。
「ヤン先生ってそんなにすごい人だったんですね」
「えぇ。リク様はいい先生に付いていただきましたね」
「この前ノッガーが先生を『お嬢様』と呼んでいましたが、オスカ様はあの人が何者かご存じですか?」
「さぁ、どうでしょう」
美貌の男が陸を試すようにニヤニヤする。
その笑顔は絶対に知っている。
「教えてくださいよ」
「自分の口からはとても無理です。畏れ多くて申せません」
「位の高い人なのですか? エティスの大貴族とか? もしかして王族とか?」
「黙秘権を行使します」
「あ! ということはそうなんですね? 何番目の王女様とか、そういう感じですか? でも『お嬢様』だから違うのかな? ねぇ、どうなんですか?」
「黙秘します」
二人がふざけていると、どちらかの肘が本の山にぶつかって崩れかけた。危機一髪のところで本の雪崩を阻止すると、ノッガーから鋭い一言が飛んできた。
「ここにあるのは貴重! 大事にする!」
「あははっ、怒られてしまいました」
「大人しくしましょうか」
「はい。……それでヤン先生は」
「ご本人に聞いてください」
口の堅い土の精霊たちと親しくしているからか、オスカの個人情報保護の方針もなかなかのものだった。
大神官補佐・オスカと言う人間は、他の神官たちの目には顔に大きな火傷痕のある男に見えている。魔法でその身を偽っているのだ。しかし陸の前では、魔法を解いて男も見惚れる美貌を晒し、割とよく笑う物知りなお兄さんである。
しかしその胸の内には、父親の仇である国王への復讐心と、その実子である第二王子への強い想いと、二つの大きな感情が同居していた。陰と陽の感情が付かず離れず、入り混じっている。
普段は一切そんな様子を見せないから、陸はつい以前と同じように接してしまうのだが、国王に対するオスカの殺意を思い出すと、「その復讐心をどうにかできないか」と若者は考えてしまう。
陸は誰も死んでほしくない。
誰も殺しても欲しくないし、誰も殺されて欲しくもない。
それは、姉の心臓を食らわんとしている女神ウリテルに対する己の考えを突き詰めていく中で到達した、混じり気のない願いだった。
きっと悲しくも激しい復讐心を止めることができるのは、第二王子であるルカスしかいない。
オスカ自身もそれを分かっているのか、「身分の差があるから報われない」と言ってはルカスに己の気持ちを伝えていなかった。相手の気持ちを求めるつもりもないという。
人の愛し方にはそれぞれあるかもしれないが、陸にはとても辛く思える。
だからこそ気になった。
彼はいつからあの王子を愛するようになったのだろう?
「オスカ様、初めてルカス様と出会ったのはいつですか?」
「いきなりなんですか、リク様」
怪訝そうに顔を顰める相手に、男同士で恋バナをしようと陸は詰め寄った。少しでもオスカの復讐心を緩める手がかりを探れないかと思ったのだ。あとはほんの少しの好奇心。
他の神官たちの話は全く興味がないが、この大神官補佐と第二王子様の話なら少し気になる。さしずめ「ボーイズラブ版ロミオとジュリエット」と言ったところか。
「少しくらいいいじゃないですか。参考にさせてください」
「参考って、どういう意味ですか? もしやリク様もルカス様を」
「いや、それはないですから落ち着いて!」
剣のある目つきで睨まれて、陸は両手と頭を振って否定した。
違う。そうじゃない。全くの誤解だ。
暫く陸を睨んでいたオスカだが、やがて何かが吹っ切れたように両手を上げた。
「はぁ……昔の話なら、まぁいいでしょう。自分がルカス様とお会いしたのは、今から八年前のことです」
当時オスカは二十一歳。誰もが嫌がる神殿大文殿での奉仕が高く評価され、異例の速さで大神官補佐に出世したばかりだった。魔法の使える他の神官たちより、魔法をうまく操ることも出世の評価に大きく影響していた。多少妬まれはしたがそれも少しの間だった。彼には醜い大火傷の痕があり、声も耳障りだから、神官として出世させてやるくらいしか救いがないのだと、陰口を叩かれていたからだ。
第二王子のルカスは十七歳の誕生日を間もなく迎えようという時だった。それまでにも何度か兄弟たちと来ることはあったが、この時初めて一人で神殿に詣でに来たのだ。第二王子に付き従って神殿に来たのは護衛の近衛隊の騎士を含めても三、四人だっただろうか。やけにこじんまりした一団だった。
偶然にも上の神殿で過ごす順番だったオスカは、初めて一人で王族の相手をすることになった。
憎い男の二番目の息子。
これがオスカの第二王子に対する第一印象だ。
当時のルカスは、儚い印象の青年と言うよりは、死にかけの病人と表現する方が似合っていた。独特の色合いの金髪はまだ肩口までしかなく、頭に花も飾っていなかった。目元を隠すのは布ではなく、顔半分を覆うニットのような帽子だ。病的なほど体は細く、風が吹けば飛ばされてしまいそうな、そんな弱弱しい青年だった。
特にオスカが手を下さなくても勝手に死んでしまうだろう。王族を迎える挨拶をしながら、大神官補佐のフードの中でオスカは密かに顔を歪ませたのを覚えている。
ただ事務的に汗を流すための水浴び場に付き人達を案内した。目の不自由な王族と付添人の一人は王族専用の水浴び場に通す。彼らが汗を流して身を清めるのを待ってから、神殿内の礼拝堂に連れて行く。そこで参拝者たちを一晩見守って、長々続く階段の中間まで見送れば仕事は終わりだ。
難しい仕事ではない……はずだった。
「……遅い」
まだ若いオスカは口の中で独りごちた。付添人さえ水浴びを終えて礼拝堂に案内したというのに肝心の第二王子がなかなか専用の水浴び場から出てこないのだ。
まさか冬の冷たい水が嫌で、汗を流せないのではないかと考えたオスカは、第二王子がいるはずの空間に通じるドアをノックして暫く返事を待った。だが、物音ひとつしないので緊急事態だと判断して水浴び場に押し入った。
瞬間、稲妻に撃たれたかのような衝撃が彼の胸を突き抜けた。数瞬の時間差を置いて、今度はカッと体が熱くなった。
そこには目元を隠す布を取り払った半裸のルカスがいた。体を拭うために濡らしていたタオルで体の前を隠しへたり込んでいた。突然の侵入者にさぞかし驚いたのだろう。「だ、誰?」と問い掛ける声はか細く震え、庇護欲を掻き立てられるようだった。
「……つまり、一目惚れ、ですか?」
「もっとはっきり言うと、その場で押し倒したいと思いました」
「お、おぅ……」
その時の欲求が蘇ったのか。オスカは目を瞑って深く息を吐きだすと、話しを続けた。
「しかし自分は神官です。王族相手に神ウリテルの上で破廉恥なことはできないと、本分を思い出してルカス様のお世話をしました。それからです。あの方との繋がりができたのは」
もしルカスが王族でなくて、神ウリテルの上でもなかったら、破廉恥なことをやっていたのだろうか。
陸は湧き上がった疑問をぐっと飲みこんだ。
八年も堪え続けてきた男に、その質問は失礼である。その代わりに、他に気付いたことを口にした。
「そ、そういえば、八年前ってことは、ルカス様は姉貴と同い年なんですね!」
「因みにお生まれになった日も同じですよ。三番目の月の二十五日です」
「えっ、そうなんですか? 誕生日祝わなかったな……。そうしたら、もしも女だったら」
「えぇ。もしかしたらあの方が聖女だったかもしれませんね。まぁ、そもそも王家には男子しか生まれないのですが」
「あぁ、そっか」




