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 大体姿かたちが良くて、戦闘能力も高くて、人々にも神様にも愛される英雄様で、その上自分の国まで作ってしまうなんて、完璧すぎやしないだろうか?

 勇猛果敢。眉目秀麗。神に愛された肉体美。

 鏡越しの顔はあまりよく見えなかったが、髭もじゃのペペが散々「色男」だと言っていたではないか。一か所くらいマイナスポイントがあってもいいはずなのに、男尊女卑っぽい環境の中でも踊り子相手に「嫌なら無理するな」と言えてしまう紳士的な一面もあった。

 そしてこれは言葉で苦労した陸ならではの視点だが、マルチリンガルであった可能性も高い。どこまで共通する言語があったかは分からないが、少数民族がばらけていれば独自の言語が発達しているはず。どうせアクラランにはチート級の能力が与えられた可能性が高いのだ。無数の言語を操っていても全く驚かない。


「リク様はそれが、一番目と二番目の謎の答えだと考えるのですね?」

「はい。正確じゃないだろうけど、世界の創造主が『特別な』というくらいですから、それくらいあってもいいかと」

「まぁ、英雄アクララン様ですからね」


 少し過大評価し過ぎたかとも思ったが、この世界の人間にとっては「英雄アクラランだから」で処理できるレベルらしい。

 陸の中で『英雄アクララン、チート説』が強化された。


 次に兄妹の再会である。陸はこの話がセネアの大罪にも絡んでくると思っていた。

 根拠は、自分自身の体験である。


「俺が思うに、夢の中でアクラランが抱いた踊り子は、セネアだったんじゃないかと思います」


 これには黙って耳を傾けていたオスカも息を呑んだ。

 アクララン王国では大罪とされている近親相姦を、英雄が犯したというのだ。陸の発言はアクララン王家を、国家を、建国伝説を冒涜したと言ってもいい。


「リク様、少し声を抑えて」

「ここには俺たちしかいません。オスカ様。俺もオスカ様を信じているからこの話をしています」


 世界の創造主はアークィルを気に入っていた。気に入ったからこそ特別な力を授け、別の箱庭に招待した。恐らくあの様子からして、生き残った人間を別の箱庭に移し替えるのは初めてのことだっただろう。

 アークィルは世界の創造主にとって、特別な存在だったと思われる。

 そんな特別なアークィルが大切に思っている妹を、そこら辺の人間と同じように扱うだろうか? ……それは考えにくい。妹と再会させるために、アークィルに特別な力を与えたのだ。その妹にも、兄と再会できるように同じように配慮した可能性がある。


 果たして元の箱庭からアークィルと同じように体ごと連れてきたのか、それともその魂だけを連れてきたのか、はたまた要素だけ詰め込んだのか、それは分からない。

 しかし世界の創造主は確かに言った、「妹に会わせてやる」と。

 ならば、単純に要素だけを詰め込むだけでは物足りないだろう。恐らく世界の創造主は体ごと連れてきたのだ。元々半死半生だったのか、あるいは死者を生き返らせないというルールを破ったのかは不明だが、とにかく同じ世界に、兄妹は揃った。

 しかし二人が再会するには時間が経ちすぎていた。

 初めて会った時、お互い血の繋がりのある兄妹とは思わなかったはずだ。あの勝利の宴の席は松明の光があったとはいえ薄暗かった。まともにお互いの顔を見合わせたのは更に薄暗いテントの中だ、分かるはずもない。


 そして踊り子が言ったあの「一つになりたい」という言葉。

 長らく陸を苦しめた、姉を想う気持ち。

 上の神殿の地下で、陸と美祢が抱き合った時に放たれた光。


 常に心の奥底で求め続けていた相手に出会ったから零れた言葉ではなかろうか?


 朝になって相手の顔をよく見たセネアは愕然としたことだろう。

 一晩愛したのは、ずっと会いたかった実兄だったのだ。

 だから彼が起きる前に姿を消した。


 血の繋がった兄と妹で情を交える。

 アクラランでは大罪とされる近親相姦。


 それが、セネアの犯した大きな罪――。


「……オスカ様、俺、だんだん嫌な予感がしてきました」

「奇遇ですね、自分もです。……まさか神官である己が、神ウリテルを冒涜するような考えに行きつくとは想像していませんでした」


 二人は頭を抱えたが、話しを進めないわけにはいかない。


 もう賽は投げられたのだ。

 坂道の上から、推理という名の丸い石は落とされた。

 もう誰にも止めることなどできない。


 だってそれは、美祢の死を意味するから。



「……多分、女神ウリテルは英雄アクラランと交わることで、『女神』ではなくなった。人間の感情を得た」


 絞り出される陸の推理を聞きながら、オスカはその顔を両手で覆った。

 長年神殿に奉仕してきた彼にとってこの話は、『大神官補佐・オスカ』という自身の存在を揺るがす内容だろう。


「……恐らくその感情は、『嫉妬』でしょう。女神ウリテルは己が愛した男、アクラランと一夜を過ごした実の妹に激しい嫉妬を覚えたのでしょう」


 だからウリテルはセネアを殺した。

 殺して、その心臓と一つになった。


「……でも、一つになるってどうやって?」


 言葉にしてみて、それが愚問だったと気づいた。


 外部のものを取り入れる、手っ取り早い方法があるではないか。

 それは日常的に行われる動作で、陸が元いた世界にも、それに関する言葉があったではないか。



 白いドレスに身を包んだ美祢の姿がフラッシュバックする。

 王宮の食堂。

 テーブルの上に並べられた食事の数々。

 朝桐姉弟は向かい合って椅子に座った。

 そして両手を合わせて、言うのだ。


『 い た だ き ま す 』



 肘掛椅子に腰掛けたまま、陸は呆然とした。


「……食ったんだ」

「リク様っ……」


 女神ウリテルはセネアの心臓を食ったのだ。


「リク様、今日はもうここまでにしましょう! あなたの心が持たない!」


 オスカが必死に呼びかけるが、陸の頭は液体窒素でも流し込まれたかのように冷え冷えとして、冴え切っていた。

 何度も何度も、「ウリテルはセネアの心臓を食ったのだ」というフレーズが無機質な音で再生される。


「……オスカ様」

「リク様、もう充分です! お願いだからもう休んでください!」

「これおかしいですよ」

「え?」


 一度深呼吸をしてから、改めて疑問に立ち向かう。

 他のことを考えてしまうと再びショックを受けてしまいそうだから、全ての雑念を振り払った。

 数少ないノートの空白を探す。そこに赤ペンで書き込んだ。


「アクラランとセックスしたウリテルは、先に兄とヤッていた妹セネアに嫉妬して、妹セネアを殺して、その心臓を食べました」


 一心不乱に登場人物たちの行動を説明する陸の向かい側では、オスカが目を見開いていた。

 神様の話をしているのに、「セックス」とか「ヤッていた」とか、耳慣れない単語が出てきて頭がくらくらする。いや、馴染がないとしてもその意味はよく分かるし、やっていることもその通りなのだが、もう少し、こう、「情を交える」とか「交接」するとか、言い方というものがあるだろう。


「リク様の世界では、情を交えることを『せっくす』というのですね……」


 庶子とはいえ、昔は良いお育ちをしていた男が居住まいを正す。

 知らない単語がまだまだあるものだ。知識の一つが増えたとして、彼は努めて冷静に頭の中の単語帳に書き加えた。


「俺がおかしいと思ったのはこれです。殺されたはずのセネアは、どうやって女神になったんです? 神ウリテルが殺したばかりの恋敵を生き返らせて、女神にしたんですか? ありえないでしょう?」

「あっ、そういえば」


 言われてみればその通りだ。

 ただの妻と愛人の問題ではないのだ。そう簡単に相手を許して、しかも女神に格上げするなんて考えられない。

 陸は今一度、ぶっ飛んだ考えをぶち込むことにした。


「建国伝説には、神様がもう一人関わっているはず」


 そして、そのもう一人の神様とは、恐らくあのヴェールお化けこと、世界の創造主。


「リク様、それでは、本当に……建国伝説の根底を覆してしまいます。例えば、世界の創造主が神ウリテルである可能性はないのですか?」

「彼女が二重人格なら。でも女神ウリテルは、本当にそこまでの力を持った神様なんでしょうか?」

「リク様!」


 もう耐えられないとオスカが思わず立ち上がる。

 顔を紅潮させ、肩で息をする男を、陸は静かに見上げた。


「……確か、精霊たちは神に近い存在でしたよね? 『神の欠片』でしたっけ?」

「コボルトたちに確認するおつもりですか?」

「少なくともノッガーは知っています。彼は女神セネアを知っていたし、ヤン先生は炎の精霊から女神セネアの死を聞いたと言っていました」


 ここまで毒を呷ったなら、皿まで食らってやろうではないか。


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