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約十一カ月という時間は、長いようで短かった。
時間は矢のように飛び去って行くと言うが、まさにその通りであった。
自分に何ができるのかが知りたかった。
真実が知りたかった。
陸の剣の師匠でもある第三王子ネフィウスは言っていた、「倒す前に敵をよく知れ」と。
自分が立ち向かうべき相手が何者か知るためにも過去の記録に縋った。記録で遡れないところもあったのだが、それは特別な協力者の力により補うことができた、と思われる。
全ては、とある世界のとある村から始まった。
空には大小二つの太陽と三つの月が交互に浮かぶその世界には、黄金色の麦畑が広がる小さな村があった。村にはアークィルとセネアという名の、とても仲のいい兄妹がいて、彼らはいつも一緒に麦畑を駆け回っていた。
笑い声を乗せた風がさらさらと爽やかに吹き渡る、夢見る物語のように美しい場所だった。
しかし、彼らに悲劇が訪れる。
村に戦火がやってきたのだ。家も麦畑も火がつけられ、村人たちは無残にも殺された。幼い兄妹にも魔の手は襲い掛かり、無情にも引き離された。
その後の妹の行方は知らないが、兄のアークィルは奴隷商人に売られ、粗末な造りの船に乗せられた。彼は妹に会うのだと船の上で暴れまわり、折檻を受けて箱の中に閉じ込められた。
アークィルが次に目を覚ますと、箱の外には水と船の残骸と死んだ船乗りたちだけが浮いていた。水を飲み、果物を齧って、声の限り叫んで他の生存者を求めたが、その声に応える者はいなかった。
一人寂しく水の上を漂っていると、ヴェールのお化けが現れた。
ヴェールお化けは「自分は世界の創造主だ」と名乗り、観察していた箱庭が汚いので洗い流そうとしたら水を入れすぎたのだという。この箱庭こそがアークィルたちが生きた世界そのものであり、世界の創造主とやらが作ったものであった。
アークィルはヴェールお化けに妹に会わせてほしいと詰め寄ったが、死者は生き返らせられないのだと拒まれた。それどころか全てを水没させてしまったから、生きている人間はいないという始末だ。
その代わりに、世界の創造主は幼い少年に対して、お前を気に入ったから別の箱庭に招待すると言い始めた。そこで新しい営みをしろという。特別にその箱庭の中で妹にも再会させてやるとも約束した。
アークィルは承諾した。妹に会えるのだと希望を抱いた。
世界の創造主はアークィルに特別な力を与え、彼を別の箱庭に連れて行った。
別の箱庭こと世界に連れていかれたアークィルは、今度はアクラと名前を変えて生活をし始めた。最初から妹に会えたわけではないが、常に彼女の面影を探しながら過ごしていたに違いない。
いつの出来事かは不明だが、まだ「小さな少年」と呼ばれる年齢の時に現在ケチャ・ラン国と呼ばれる土地のどこかの港町で、アクラ少年は海の化け物を一人で退治し、英雄の称号を与えられた。こうして『ラーン・アクラ』と呼ばれるようになった少年は、いつしか自らを『アクララン』と名乗るようになった。
アクラランは切り裂き山脈を迂回するように、危険な大陸を旅し始めた。
夢の中で見た光景が全て事実だとすれば、髭もじゃの男・ペペルビシュと盃を交わし合い、踊り子の女を抱いたのは彼が二十一歳の時だ。
ペペルビシュという男がどこの人間かは分からないが、七つの国々を旅してきたヤンによれば候補は見た目が似ている土着の神様が数人思いつくという。
それぞれエルバ、ミティウェア、ベペルティの領土を跨ぐような形で古い言い伝えが語り継がれている。それは大ドワーフとか、ハーフエルフとか、あるいは神の力を持つ人間だとか様々言われてはいるが、戦いに関する神様なのだそうだ。
踊り子の女と一緒にテントに放り込まれたアクラランは、彼と一つになりたいという彼女を愛し、共に生きようと誘った。答えない代わりに施された口づけを、アクラランは承諾の意味だと受け取った。
それにも関わらず目が覚めると女は消え、アクラランは裸のまま喪失感を味わった。
ミティウェアでの伝承も、アクラランのことだろうと思われる。彼はかの地で偶然作られた薄紫色の果実を大変気に入り、「麦が森を食い尽くす」という諺になるほど食べまくった。今でもその果実は広く愛されている。それはリンゴのような形状をしており、中は甘く瑞々しい洋ナシのような食感なのだ。
そしてアクラランは現在のアクララン王国の地で女神ウリテルと出会い、彼女と交わることで女神の祝福を得た。神ウリテルの力を授かった彼は、悪魔を払い、数多の戦いで勝利を治め、この地に平和をもたらした。
一方その頃、あのヴェールお化けはアークィルとの約束をちゃんと果たしていた。若干、自身の経験値に自信がないような物言いをしていたが、世界の創造主はきちんとセネアをアークィルと同じ箱庭に登場させた。
やがてセネアは大人の女となり、そして大罪を告白して女神になった。
そして女神セネアは何故か聖女として、何度も何度も心臓を神ウリテルに捧げている。
その心臓を捧げながら、この禍根を断ち切ってくれと願っている。
神殿大文殿の奥、清潔に保たれた個室の中で、陸とオスカは向かい合って座っていた。
古文書や石板、それに陸が見た夢の中の情報をもとに、これまでに分かったことを繋ぎ合わせていたのだ。
「……まだ、いくつか分からないことがありますね」
一通り作業が終わると、美貌の男が悩ましそうに髪を掻き上げた。だいぶ見えてきたと思ったのに、埋め切れていないところがある。
しかし陸はその穴埋めを、自分なら補えると思っていた。
「鍵となるのは、『俺自身』です」
自惚れではなく、確信。
聖女の魂がないはずの少年が、何故『召喚の儀』で異世界に召喚されたのか。最初は誰にも理由が分からず、危険視扱いされてきたが、長い時間をかけてその理由を紐解くことができた。
女神セネアが歴代の聖女たちの名前に自身の存在を忍ばせたように、陸にもセネアとアクラランあるいはアークィル、二人の存在が忍んでいたのだ。
「まず、現時点で不明な点は次の通りです」
一、世界の創造主がアークィルに与えた特別な力。
二、小さな少年がどのように海の怪物を倒したのか。
三、兄妹の再会の時期。
四、セネアの犯した大罪。
五、セネアが女神ウリテルに心臓を捧げた最初の理由。
六、世界の創造主は女神ウリテルか。
七、「女神、金の人を抱き大地を豊か」というフレーズの意味。
八、「世界は一枚の布のよう」の意味。
他にも分からないことはあるが、特に解き明かすべきことは一番目の謎から六番目の謎だろう。
「ヤン先生が思ったよりも早く、ケチャ・ランの海の怪物について調べてくれて助かりました」
アクラ少年が倒した怪物とは何だろうか。そこに世界の創造主がアークィルに与えた特別な力を紐解くヒントが隠されているのではないか。そう考えた陸とオスカは、精霊電話を通じてヤンにケチャ・ランの古の言い伝えを調べてほしいと依頼していたのだ。
いつの時代か分からないので難航するかと思っていたが、そうでもなかった。
アクラ少年が倒した海の怪物に関する伝承は、海と戦う者たちにとって忘れてはならない存在らしい。怪物を倒した英雄の名前は変化が見られるが、怪物自体の表現にはある程度の一貫性があったのだ。
海神。海の守神。深海の王者。海獣ヴァイルサ。
地方によってさまざまな呼び名がある。切り裂き山脈を辿ってまっすぐ南に進むと、巨大な渦巻が絶えない海域がある。そこに住み着く巨大な怪物だ。一度の食事で、千人の船乗りを貪り、食後の口直しに海底に沈んだ金銀財宝を舐める。くしゃみをすると大風と大雨を巻き起こし、ハリケーンとなって大陸の南側を襲う。
その巨大な力を恐れた人々は何度も海に繰り出して恐ろしい怪物を殺そうと試みたのだが、港に戻ってくるのは船の残骸だけだった。
あの怪物は海の神様だから人には倒せない。人々が絶望しかけた時、襲われた船に乗り合わせていた小さな子ども海に放り出された。子どもは怪物と七日かけて戦い、ついにその大きな目玉を持って港に戻ってきた。人々は勇敢な少年を讃えて、英雄『ラーン』の称号を与えた。
それ以来、巨大なハリケーンは港を襲わなくなり、巨大な渦巻が絶えない海域は消えた。
しかしそれでも海に正しい恐れを抱かないものは、怪物の魂がその心の驕りに漬け込み、海の中に引きずり込んでしまうのだという。
「俺が気にしたのは、これ。『海神』とか『海の守神』という表現です。このヴァイルサとかいう怪物は、正確には海の神様だったんじゃないかと思います」
世界の創造主とやらはアークィルに、「妹と確実に合わせるためだけに」普通の人には干渉できない事象に干渉する能力を与えたのではないか?
例えばそれは、妹と再会を果たすまでは絶対に死なないとか、別次元に能力が高いとか。
いわゆるチート級の能力だ。




