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第四章52あたり 便利の代償

〈こうして、言葉が伝わるだけなのかねぇ……〉


 それは老魔術師ヤン・ノベの素朴な疑問だった。


 伝書鳩からもっと便利な精霊電話に乗り換えてからだいぶ時間が経つ。

 アクララン王国における一般的な手紙のやり取りは、大抵三つの方法がある。伝書鳩か、人が運ぶか、魔法で届けるかだ。


 最初の伝書鳩は安価だが文書の機密保持性や輸送の確実性に難があった。猛禽類や空飛ぶ魔獣に襲われて紛失したり、誰かに奪われたりする可能性があったのだ。

 二番目も同じように、書類が途中で紛失する可能性があった。

 三番目の魔法で届ける方法だが、これは魔術師同士で同時に魔法陣を開く必要があった。そのため定期的なやり取りをする分にはいいのだが、イレギュラーな対応には不足があった。

 つまり、全て使い勝手が微妙に悪い。


 その点、大神官補佐であるオスカから教えられた精霊電話は使い勝手が良かった。精霊電話とは陸による造語で、精霊を介した対話である。念話、あるいはテレパシーのような感じで、頭の中に相手の声が聞こえてくるのだ。

 しかも他の手段と比較して画期的だったのは、精霊に対話相手を記憶してもらえればすぐに繋がることだった。それぞれの窓口となる精霊がまるで秘書のように、精霊電話の受信を教えてくれる。

 更に間の良いことに、ヤンとオスカの傍にいる精霊は両方とも炎の精霊であった。同族間でのやり取りとなるので、感度がさらに良い。短時間ではあるが陸も、精霊電話を繋ぐことができる。炎の精霊の力が込められたファイヤーオパールを持っているからだ。


 遠くの相手とすぐにやり取りができる。その素晴らしさに、老魔術師は感動した。

 精霊たちは自分たちを介しての対話に際し、報酬を求める。彼らが欲しがるのは魔術師の魔力だ。ヤンもオスカもそれなりの魔力を有しているので長時間やり取りができた。陸が五分ほどしか対話を維持できないのは、彼が魔力を有していないためだ。一日二回ほど、約五分。それが陸の使用上限だった。

 課金制ならぬ課“魔力”制といったところか。


 しかし使っているうちにだんだん物足りなくなってきた。

 精霊電話を通じてやり取りができるのは、お互いの言葉だけ。しかし、それを発展させて文字に起こしたり映像を共有したりできないだろうか。

 ヤンはそう思い始めたのだ。


 アクララン王国にも同音異義語が多数ある。「道の端」と「道の橋」とか、そんなレベルだ。

 七つの大陸を旅し、アクララン建国伝説を通じて言葉の不思議にも触れてきた彼女は、なんとなく「文字も見れたらいいなー」くらいの感覚で、冒頭の言葉を発したのだった。

 対話相手が聞き返してきたので、そのことを伝えると、オスカは暫く考え込んで、できる可能性をほのめかした。


〈ただし、相手の映像を共有するとなると窓口となる精霊にも負担ですし、求められる魔力量は大きくなると思いますよ?〉


 因みに、オスカには無理だそうだ。

 数秒ならできるかもしれないが、長時間繋ごうものならどれくらいの魔力量を求められるか分からない。対話の長さや精霊たちの気分次第で求められる魔力量は変わるため、普段から料金変動制なのだ。


〈うぅむ。そういうものか〉

〈いくら炎の精霊たちの判断基準がしっかりしているからとはいえ、やはり土の精霊に比べて多少は気まぐれですからね〉


 幸いにも今は良心的な魔力量で済んでいるが、うっかり全魔力量に匹敵する請求をされたら命が危ない。

 魔術師にとって魔力は魂に等しいのだ。


〈まぁ、ここぞという場面で、試してみるのも悪くないな〉

〈是非その場面に立ち会いたいものですね〉

〈どうせあたしが精霊電話を繋ぐ相手はオスカ殿かリクの二人だけさ〉


 二人は軽く笑い合うと、他の話題にも少し触れてから対話を切った。




 やがて、その「ここぞという場面」はやってきた。


 エティスの『開かずの倉庫』で陸が三枚の石板を見つけた時のことだ。石板には精霊の言葉で言葉が刻まれている。

 精霊の言葉は特別だ。まず精霊たちに教えを請わなければ、人には永遠に理解しえない。しかもそれが文字として記されているとなれば、読めるのは精霊たちしかいない。


 精霊電話の存在を知っていたオスカに聞いてみれば、精霊の言葉に文字があるとは知らなかったようだ。

 ヤンは少しだけ知識量において優越感を感じた。それくらい、精霊電話の存在を知らなかったことが悔しかったのだ。


 とにもかくにも、精霊の言葉を読み解かなければならない。コボルトの所在を確認して、ヤンは思いついた。これが「ここぞという場面」というやつではなかろうか?


 土の精霊というものは真面目で口が堅い。そして多少疑り深くもある。

 陸たちが「老魔術師が精霊の言葉で書かれた物語を語れと言っている」というよりは、自分が直接顔を見せて頼んだ方がいいのではないかと考えたのだ。

 それに面識のあるコボルトに自分は元気だと伝えたかった。


 幸いにも陸の手元には、炎の精霊と相性がいいファイヤーオパールがある。しかもヤンが窓口にしている精霊の双子の片割れ、カバネの力が込められた石だ。

 条件が良かった。


「アミシュ。前に話した通り、魔力をいつもより多めにくれてやるから、向こうに私の姿を映してくれないか?」


 一方的な映像の提供になるが、今はそれでいい。

 気合を入れたアミシュの体が激しく燃え上がった。大きな紅蓮の額縁となって、相手にヤンの姿を映す。


「おぉ、上手くいった! あたしの声が聞こえるか?」

〈お嬢様!〉


 懐かしいキーキー声が聞こえてきた。


「お嬢様はやめておくれ、ノッガーよ。あたしはもうよぼよぼの婆さんだよ」


 遠い昔の記憶が蘇る。

 ちょっとしたいたずらで、十歳の少女を『開かずの倉庫』に連れて行ったコボルトはまだ若かった。幼かったと言ってもいい。


 無事に元の部屋に戻れたのはいいものの、その後すぐに罰としてエティスの王宮から追い出されてしまった。

 あれからどのような経緯を経たのかは知らないが、今は下の神殿の地下深くで、多くのコボルトたちをまとめているという。

 どちらかが朽ち果てる前に、もう一度会えたならどんなに嬉しいことだろう。


「?」


 懐かしく思いながらコボルトと短いやり取りをしていた老婆は、異臭に気付いた。

 自分の能力を超えて頑張っている精霊の炎が、彼女の私物を焦がし始めたのだ。


「あぁ、これ! アミシュ! それを燃やすんじゃない!」


 慌てて精霊を叱りつけると、精霊電話は切れてしまっていた。


「あぁ……しまった……」




 大神官補佐の言う通り、魔力はがっつり持って行かれた。


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