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第三章 欲塗れの肉樽(BL/暴力/不快表現あり) 中編

 大神官になってから数年経った、三番目の月のある日。

 ゼヴェリウスは「上に参拝する前に訪ねたいが可能か」と伺うカードを受け取った。差出人がない代わりに添えられた青い押し花を見て、彼はすぐその場でカードを届けた使者に返事を託した。ついでに、下の神殿の応接間を完璧に整えるように指示を飛ばす。


 人がせっかく茶に誘っても、いつも袖にするくせに何事だろうか。内心モヤモヤした感情を抱えながら、主たる大神官は手の中の時計を何度も確認した。

 護衛の手を借りながら、時間丁度に現れた客人を迎え入れそれぞれソファーに落ち着くや、差し出されたのは一通の書簡だった。見慣れた封蝋印が施されたそれを、客人の顔色を窺いながら開いた。

 流麗な筆記体で綴られた内容を、一行ずつ読み進めていくごとに、ゼヴェリウスの機嫌は段階的に降下した。


 正面に座るルカスと書簡を交互に見ながら、主たる大神官は首を振った。


「……神殿としてはこの内容は受け入れがたいものです。神殿は聖女様のご意思に従いますが、その弟君、いや、ご家族に従ったことはございません。王宮にはそのような記録がありませんでしたかな?」

「こちらでも何度も調査して、前例がないことを確認しました。しかし、何事も初めてのケースはあるもの。ですから、こうして神殿側に相談しているのです」

「仰る通りですが、残念ながら今回は他の大神官たちと話し合う時間はないでしょうな。来年の儀式に向けていろいろと準備がありますので」


 数カ月前に執り行われた召喚の儀で不測の事態が生じてから、「聖女様のご意思」という名目で王宮から寄越される一方的な要望に、神殿は応え続けてきた。そこへ更に注文を付けてくるとは、いくら何でも勝手が過ぎる。

 書簡には「『聖女様の弟君』が神殿での奉仕を希望している。神殿の意見を聞きたい」という旨が認められていたのだが、主たる大神官には「面倒事を神殿に押し付けようとしている」と読み取れた。


「おや? 召喚の儀の後、『そんなに弟君が心配なら、姉弟揃って神殿に寄越すのはどうか?』と仰っていた方とは思えない発言ですね?」

「いやいや、お恥ずかしい。どうかお忘れくだされ。聖女様を早くお迎えしたいがための、浅はかな考えだったのです」


 ゼヴェリウスは大袈裟に嘆いて、顔を両手で覆った。

 芋虫のように太った指の間から客人たちを見る。護衛の騎士は眉間に皺を寄せていたが、ソファーに腰掛けている方は相変わらず涼やかな雰囲気を纏っている。

 思ったような反応が得られなくて、ゼヴェリウスはそそくさと身を整えた。


「お聞き及びと存じますが、神殿大文殿の記録をあたっても手掛かりが掴めておりませぬ。家族を名乗る者を伴って神殿に入った聖女様の記録など、未だかつてありませんからな。ましてや今回は異世界からの召喚者です。本当に人間かも疑わしいと言うに」

「弟君に魔力の生成能力はありませんよ。それ以外にも特別な力は感じられません。……彼に関する資料は届けさせたはずですが?」

「何時に起床し、何を食べ、何時間学び、何時に就寝したとかいう、アレのことですか」


 現在進行形で神殿大文殿担当の神官たちが内容を精査している書類を思い出して、大神官は笑った。

 王宮から届けられる資料によれば、聖女の弟を名乗る青年はただの人間だ。あまりにも穏やかな生活を送っているものだから、次の年には姉が死ぬことなど知らされていないのだろうと思われた。


 だがゼヴェリウスにとっては、異世界からきた若者の成長記録など、もはやどうでもいい。

 最初の内は未知の存在だからこそ、早い段階で神殿の完全な支配下に置きたかった。思考力を奪って自分たちに依存させる。そんなことを望んでいたのだが、日夜この世界のことを学んでいると知るだけで興味が削がれていった。


「確かに、資料からは人畜無害に思えました。しかし、聖女様の魂を持たぬ者が何故召喚されたのか? その理由が分からない限り、その危険度は未知数です。

 仮に、神殿が受け入れることになったとしても、長期間にわたって聖域に置くことはリスクが高いと考えられますぞ。……その上、どうやら弟君は信仰や義理を重視しない方のようですからな。姉君には会いに行っても、その世話人には顔すら見せないとは」

「来られない理由はお話しましたよね?」

「しかし、上の神殿から戻られた後でも、こちらに立ち寄れたはずです。……あるいはルカス様は、お気に入りの青年を、そんなに下の神殿に立ち入らせたくなかったのですか?」

「神殿の方に『お気に入りの青年』などと言われると、心得違いになりかねませんので、どうぞお気を付けくださいませ。わたしは彼と、まだ三回くらいしか面会したことがないのですよ」


 一言一言に込めた嫌味は、微笑み一つで受け流されたどころか、打ち返されてしまった。同じ王宮内に住んでいるのだから、彼らは頻繁に交流しているものだと目算を誤ったゼヴェリウスは、不本意ながら謝罪の言葉を述べた。


 色々理由を付けたのは嘘ではない。だが、ゼヴェリウスの本心を述べるのであれば、「面白くない」の一言に尽きる。

 一番目の月に初めて神殿参拝に訪れた時には、ルカスから「馬車酔いがひどくて午前中いっぱい休ませる」などと言われ、聖女様の弟君との面会は叶わなかった。上の神殿から降りてからでもいいかと構えていたら、さっさと馬車に乗って、別荘に戻ってしまったのだ。

 それだけでも機嫌を損ねたというのに、今回の書簡の内容が内容なのだから、殊更に拒絶したくなるのも当然のことだと言いたい。


「暖かい季節ならならともかく、雪降る上の神殿の一夜を、慣れぬ薄着で過ごされたのです。聖女様から託された弟君がお風邪でも召されては大変と思い、急ぎ戻りました」

「しかしですな」

「大神官様。『人生初の神殿参拝は一番目の月に行え』。弟君の神殿参拝はこの規則に従っております。それに下の神殿を訪れなくても問題ないと記憶しておりますが」


 確かに、陸の参拝方法に何かしらの不備があったわけではない。年に六回参拝を行っている第二王子がいろいろ助言を行っているのだから、無知な若者でも最低限の規則には従っている。

 ケチをつけ過ぎてしまったゼヴェリウスは、苦々しい思いで書簡を折り畳んだ。


「……大神官様、何もこの先ずっと弟君の世話をしてほしいとは申しません。せめて半年、いや最後の三月だけでも難しいでしょうか? いずれにせよ今生の別れになるのですから、弟君が姉を想う気持ちを無下になさらず、何卒ご検討くださいませ」

「ルカス様が弟君を思われるお気持ちには感服致します。しかし、それではあまりにも一方的ではないでしょうか?」

「と、申しますと?」

「聖女様の御心に沿うべく務めたとはいえ、召喚の儀が行われて暫くの間、我々は王宮に譲歩しました。そして今回のお話。……我々がお仕えするのは、神ウリテル様と聖女様です。王宮ではございません」


 巨体が身動ぎするたびに、その体重を支えるソファーがギシギシと軋む。

 客人を見送ったらすぐにでも新しい椅子を発注しよう。また体重が増えたから、もう少し座面を広くとって足の太さも二倍にした重厚な奴がいい。そんなことを考えながら背もたれに体重をかけると、ひと際大きな音がした。


「無論、こちらも相応のことはします。国王陛下がそこに書いている通りです。弟君の頼みが叶えられた暁には、神殿で過ごされる期間は問わず今後五年間、月の浄財は二割増、十三番目の月分は三割増。更に貴族たちが神殿へ喜捨するのを、今まで以上に推奨しましょう」

「確かに実現すれば、十三番目の月も日々満たされて過ごせましょう。……しかし、人を養うにも色々物入りでしてな」

「……それでは、平時は三割増し、祈りの季節は四割増しというのはいかが? 儀式が行われて混沌が引けば、何とか賄えるでしょう」

「なんとなんと! ルカス様が、いや、王家の皆さまのお心に胸打たれました。畏まりました、他の者たちと審議してみましょう。……ですが、かなり難しい話し合いになりそうです」

「話し合いが円滑に進むためには、もっと浄財が必要ですか?」


 神殿が書簡の条件で満足しないとは想定済みだったのだろう。ルカスは微笑みを保ったまま、値上げ交渉に応じる姿勢を見せる。一体どこまで吹っ掛けられるか試したい気持ちもあったが、ゼヴェリウスには、別に試したいことがあった。


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