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第三章 欲塗れの肉樽(BL/暴力/不快表現あり) 前編

このお話には先天性の身体的特徴に関する表現がありますが、あくまでもゼヴェリウスやその周囲の心の歪みを強調するために使っています。


もし彼が真っ当に育っていたら、つるつるお肌が自慢のおじさんになっていたことでしょう。


 その男の名は、ゼヴェリウス。

 他の大神官二人とともに『主たる大神官』として、数百人もの神殿の神官たちを統べる男である。


 元々、そこそこ裕福な子爵家の庶子として生を受けた。

 もし彼が、よくある外見で生まれていたら、もう少しまともな暮らしが送れていたかもしれない。だが、先天的に無毛症でやけに大きな目を持っていた赤ん坊は、子爵家の人々にはまるで肉付きの良い白いゴブリンのように見えて、気味が悪いとひそひそ言われた。

 茹で卵のようにツルンとした肌の赤ん坊の世話をしてくれるのは、実母でもある屋敷の使用人だけだった。そんなゼヴェリウスの母親も、彼が五歳になる前には流行り病で命を落とした。


 寄る辺を無くした子どもに、屋敷の大人たちは冷たかった。特に子爵夫人は、病弱な我が子の爵位継承権を脅かしかねない存在だと危機感を抱き、ゼヴェリウスが成長するにつれて嫌悪感を募らせるようになっていった。

 もし嫡男が健康であったなら、もしもという時の『予備』として屋敷に置かれなかったかもしれない。もしゼヴェリウスが父親に似なければ、道端に放り出されていたかもしれない。

 子爵本人と言えば、険悪な雰囲気が漂う屋敷宅にはあまり寄り付かなかった。屋敷の中のことや領地運営は女主人の仕事なので、全て夫人に任せていた。そんな小さなことよりも、複数の事業に出資している投資家であった子爵には、次の流行を探るため積極的にサロンやクラブといった集まりに出席することの方が重要だったのだ。


 庶子として最低限の教育を施されながらも、冷遇され続けたゼヴェリウスは、子爵家の関係者全員を憎むようになっていた。感情のままに睨みつければ激しい折檻を受け、感情を隠せば「気持ち悪い」と殴られた。この時の彼は、まだ十歳にもなっていなかった。

 最後に感情を殺して微笑みを浮かべるようになった。今度は殴られなかった。


 死んだ目をした笑顔の裏でこんこんと湧き出る憎悪の感情は、いつしか子爵家という枠を越え、更に広い範囲に向けられるようになっていた。

 特に円満そうな家族など、考えただけでも反吐が出そうだった。


 数年が経ち、嫡子が無事に成人と当時に結婚も済ませると、これで予備は用済みとばかりに、子爵夫人はゼヴェリウスを馬車に押し込んで屋敷から追い出した。行先は神殿だった。


 子爵家で忌み嫌われていたゼヴェリウスだが、新しい環境でもその特異的な外見のせいでやはり苛められた。どちらかというと、神殿での苛めの方が陰湿であったが、骨を折られることはなかった。

 少年は自分と同じく虐げられる立場の人間がいることに気付いた。他の下級神官や神官見習いの若者たちだ。ある者たちは恥もプライドも捨てて上級神官たちに媚びへつらい、ある者たちは組織の最下層で人間以下の扱いを受けていた。


 自分はどちらにもなりたくない。

 そう神殿の片隅で息を殺しながら、ゼヴェリウスは以前にも増して注意深く周囲に目を配った。幸いにも、そういう観察眼は子爵から引き継いでいたようで、それだけは無責任だった親に感謝した。

 観察を続けるうち、彼は自分にも上の階層に行ける可能性があると知った。神殿という小さな社会は、そのスタート地点を身分や金で多少は選ぶことができたが、その後は実力が物を言う世界だったのだ。


 この時、初めてゼヴェリウスは明確に権力を渇望するようになった。

 例えどんなに困難であろうと、そこにチャンスがあるのなら如何なる手段を講じてでものし上がってやろうと意志を固めた。


 病的に色白く体毛が生えない体に、大きな両眼がぎょろりと目立つ小太りの男。美しさや愛らしさ、男らしさとも無縁な自分には、教養が強力な武器になるだろうと考えた。


「体毛の混入リスクが低いから」という理由だけで配属された、食堂での職務に日々邁進しつつ、自分の仕事を終えると夜遅くまで勉強するようになった。どんな相手にも愛想よく振る舞い、自分は人畜無害なのだと周りに印象付け、時には道化師を演じた。自己主張の失敗と成功を何度も繰り返しながら、嫌味にならない程度に謙虚に首を垂れた。


 中級神官になると他部署への異動希望を出せるようになるため、ゼヴェリウスは何年も前から推敲していた理由書を清書し異動願と併せて提出した。

 希望する異動先は、魔法を使っても抑えられない特殊な土埃が年中宙を舞い、気味の悪い生き物たちがうぞうぞと徘徊する場所だ。

 その場所とは、神殿大文殿――重要な部署であるにも関わらず、孤独で不衛生な環境のせいで肺や精神を病むことがあるため、多くの神官たちからは嫌厭され続けていた。過去にも別部署から異動してくることはあったのだが、最も清潔な食堂からの異動希望は記録上初だった。


 異例の異動願を出した若い中級神官に、当時の大神官たちは興味を示し、三者三様に言葉をかけた。大神官が中級神官に直接声を掛ける事など滅多にない。奇特な異動願だとゼヴェリウス本人も自覚はあったが、まさかそこまでの事とは想像すらしていなかった。

 周囲からの評価があからさまに変わるのを感じた。強権の一端に触れたのだ。

 虎の威を借る狐と思われようが何でも良かった。

 ゼヴェリウスは目の前のチャンスを掴もうと手を伸ばした。


 気付けば大神官補佐になっていた。人生の七割近くを神殿の中で過ごし、その神殿生活の半分以上を神殿大文殿での奉仕にあてていた。

 やっていることは埃塗れの本を拝借して読んでいるだけでも、請われるままに内容を諳んじれば重宝された。


 残すはあと少し。大神官に這い上がるだけ。

 あとは時さえ満ちれば、自動的に神殿の頂点に立てる時が来る。


 大神官というポジションは終身制だ。三つの椅子のうちどれか一つでも空席になれば、次は自分の番だとゼヴェリウスは確信していた。年齢的にも功績的にも、そして何より神官としての知識量的にも、彼以上にふさわしい者はいない。

 だが、そう物事は上手くいかないもので、現職の大神官たちは三人とも元気に職務をこなしていた。


 あともう少し。

 されどもう少し。

 彼が望む高みにもうすぐ手が届くのに、思うように進めない。

 ゼヴェリウスはこの時ほど人の死を希求したことがなかった。

 豪奢な造りの椅子に、大きく膨らんだ己の体を嵌め込む夢を何度もみた。そして朝目覚めるたびに、己は未だ補佐なのだと落ち込み、血が出るほどに歯を食いしばった。


 ついに耐え切れなくなったある日、ゼヴェリウスはチェストの奥に仕舞い込んでいた物を引っ張り出した。それは人差し指大の青い瓶だった。


 この小瓶を手に入れたのは、上級神官になった年のこと。

 当時の大神官の一人に「下の神殿の秘密を知りたいか?」と問われたので頷いた。連れて行かれた先は下の神殿の祭壇の裏手で、何やら様々な仕掛けを解除すると隠し階段が現れ、その先の金庫の中身も見せられた。そこはちょっとした研究室だった。いくつも設置された棚や机には、古文書にしか登場しないはずの薬が所狭しと並べられていて、ゼヴェリウスはただでさえ大きな目を更に大きく見開いた。

 唖然としている上級神官に、連れてきた大神官は気を良くした。そこがどういう場所で、どんなものが保管されているのか。彼が自慢げに説明している最中、ゼヴェリウスは小瓶をひとつ手に取った。

 紫に近い青色が美しくて、目を奪われたのだ。

 あまりにも魅入っていたものだから、名前を呼ばれて驚いた拍子に握り込んでしまった。

 そのことに大神官も気付かなかったものだから、結果的に小瓶はゼヴェリウスの手の中から解放されるきっかけを失ってしまったのだ。

 別に持ち出すつもりはなかった。

 ましてや、使うつもりなど、これっぽっちも考えていなかった。



 ――ただ、高みからの景色はさぞかし胸のすく思いがするのだろうなと、想像を巡らしただけなのだ。

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