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第三章40のあと 陸の同伴から戻ったその後

「……あの恥知らずめっ!」


 人払いを済ませた執務室で、普段は温厚なイメージの強いアクララン国王・クレイオスは侮蔑の言葉を吐き捨てた。神殿に送り届けた二番目の息子から今回の件の報告を受けたばかりだった。


「ゼヴェリウスめ……虫唾が走って仕方ないっ!」

「父上、落ち着いてください」


 クレイオスが激昂するのも無理もない。

 ルカスの手の者によって「主たる大神官が王家に報告することなく、勝手に聖女の弟受入れ手続きを変更している」との情報がもたらされたのは、陸が神殿に引き渡される前夜のこと。身柄引き渡しの誓約書に王家と神殿双方が署名した後、主たる大神官の一声で断世の儀が強行されることになったというのだ。

 密告者のアドバイスによりルカスたちは陸の髪を剃り目の色を変え、そのことを王宮に急ぎ報告した。


 一般的に、断世の儀は勇者アクラランが神ウリテルの祝福を受ける様子に由来していると伝わっている。「俗世を捨て神に身を捧げる」という意思表示のため、本来なら神殿に入る前に神官志望者全員に行われるべきものだが、身分や貢物の価値に応じて免除されるケースがよくあった。同時に、娯楽の少ない神殿における一種の楽しみとも化していた。一部の節操無しの神官たちが、裸で歩く若者たちを品定めするのだ。

 その上陸の場合には、神殿内に持ち込む私物を没収して、聖女の弟が本当に魔力無しかを確かめることも含まれていた。

 先に陸の身柄を引き受けて、王家が口出しできないようにしてから実施しようとするとは、何ともこすいやり方だった。


 物欲。恐怖心。矜持。性欲。見栄。傲慢。

 複数の思惑が入り混じった奸計を行うことで、彼らは安心したかったのだ。

 つまり、これまで王家から提供された情報は信頼性に欠けると判断したのと同義だった。


 結局、陸に断世の儀が適用されることはなかった。

 断世の儀主催者の個人的な好みが大いに影響していたのに加え、それ以上に喜ばしいことがあったからだ。


 国王の代理人として金で解決しようとしたルカスに、ゼヴェリウスは別のものを要求した。国王からまだ回答が得られていない「三王子の中から神官を出す」という話について再検討してほしいと言い出したのだ。

 聖女の弟をダシにしてでも王族を取り込む約束を取り付けようと画策するとは、なかなかの諦めの悪さにいっそ感心する。その諦めの悪さを、神殿内の正常化に充てていればまだ好感が持てるのに、残念ながらゼヴェリウスはそういう人間ではなかった。

 国王側としては、できれば明確な回答をせずうやむやにしてしまおうと考えていたのに、蒸し返されては仕方ない。その場を凌ぐために、「王太子選定の儀まで時間があるから、まだ急がなくてもいいものだと思っていた」とルカスはすっとぼけ、ゼヴェリウスと少しやり取りしてから陸たちの待つ応接室に戻ったのだ。


「お前は良く平然としていられるな?」

「もう慣れました。こんなことでいつまでも腹を立てていたら身が持ちませんので」


 ルカスは何でもないような態度で言った。オスカから報告を受けた時には声を荒げていた彼だが、半日経ってだいぶ消化したようだ。

 クレイオスは瞠目して大きく深呼吸した。何とか怒りをコントロールしようと試みる。


「彼にとって『千年続く王家筋から初めての神官が出た時の主たる大神官』という史上初の偉業を歴史に刻むのは、何よりも魅力的なことですからね。そのためには何らかの形でこの約束を取り付けようとするとは思っていました。……さすがに、断世の儀と天秤にかけようとするとは、想定外でしたけれど」

「一瞬の娯楽よりも永年の誉れ、か。……それにしても、断世の儀の中止と、王家から神官を出すのとでは等価とは言えないだろう」

「えぇ、不平等です。当然、向こうもこちら側に何かしらの譲歩を行うべきです。だから等価になるよう十分な話し合いが必要だと伝えました」

「そのことを紙に残すことなく、本当に来年まで待つと?」

「そもそも最初に王太子選定の儀が終わってからでいいと言い出したのはあちらです。証人ならたくさんいます。リク様の件は来年の三番目の月までのことかもしれませんが、わたしたちの問題はこれから将来ずっと関わる話ですし。そう簡単に結論は出せませんよ」


 クレイオスは腑に落ちなかった。そんなことでゼヴェリウスが簡単に応じるわけがない。

 そのことを問うと、ルカスはその時のことを思い出したのだろう。言い難そうに何度か口を開閉してそっぽを向く。

 だが、クレイオスが語気を強めて更に問い詰めると、渋々白状した。


「その、どうかお気を鎮めて落ち着いて聞いてくださいね? …………あの場で明文化しない代わりに、ハンカチーフを求められたのです。だから『小物は騎士に持たせた』と言ったら、『ならば、その髪飾りが欲しい』と。話を早く切り上げたかったので致し方なく髪に付けていた花を与えました。でも、花といっても――」


 ハンカチーフ。花。

 この二つのキーワードを手掛かりに、クレイオスの脳内にあるデータベースが、七面倒臭いこの世界の礼儀や風習やそれに類する情報をはじき出す。


 大陸七カ国の中でも社交活動が活発なアクラランでは、ハンカチーフは恋の小道具の一つとして昔から活躍していた。「自分の代わりに愛するあなたの傍に常に置いてほしい」と願いを込めて、身分問わず恋人や好きな相手に自ら刺繍を施した薄布を渡す。

 花も同じようなもので、こちらは男女で意味が異なった。男性が与えたなら「この花の花言葉に因んだ想いを抱いている」と告げていることになり、女性が与えたなら「この花が萎れる前にあなたに摘み取ってほしい」という意味になる。


 恋の駆け引き以外でも、貴人から持ち物を与えられることは、周囲から「何かの褒美」として認識されたり、相手との親密さを周囲にアピールする効果を持ったりする。どのくらい親密かは双方の振る舞いによるが、嘘も真も入り乱れる社交界ならいざ知らず、神殿で妙な噂が醸成され、それが社交界などに拡散したら堪ったものではない。

 ただでさえヤグルマギクは、たった数年でルカスのシンボルフラワーとして広く浸透している。第二王子の姿を知っていれば、アクララン国民の大半はその小さな青い花を見るとすぐにルカスを連想だろう。つまり、ヤグルマギクはルカスと同義とも言えた。

 いずれにせよ、ゼヴェリウスが求めた物を「ただの布切れ、ただの髪飾りの花」と軽視してはいけないのだ。


「――誰が息子をくれてやるものか!」


 瞬間湯沸かし器よろしく、一瞬でヒートアップしたクレイオスがバンと執務机を叩いた。

 陸の神殿入りへの影響を考慮して、なるべく穏便に、できるだけうやむやにごまかそうとした判断の甘さに、後悔の念が留まるところを知らない。


「父上っ!」

「こんなこと、考えるまでもなかった、最初から撥ねつけておくべきだった! お前から直接報告を受けたわけじゃないから今まで黙っていたが、もう我慢ならん! あの痴れ者をこれ以上野放しにできるか! お前を侮辱するにも程があるぞ!」


 今まで散々懸念していたことが無視できない形で露呈した。

 まだ王太子が誰になるかも決まっていないというのに、ゼヴェリウスはルカスを「残り物となる王子」と判断したのだ。それは、この世界では聖女を通じて人ならざる者が判断することであり、主たる大神官とはいえ、たかが人間が勝手に憶測していいようなことではない。


「だから、ちゃんと話を聞いてくださいってば!」

「聞いているとも! お前の心が欲しいとか言い出したのだろう? 奴が神殿に迎え入れたいのは、やはりお前だったか! なぁにが『三王子から一人神官に出せ』だ、馬鹿にして……!!」


 間違っちゃいないが、今はそうじゃない。

 怒り心頭に発するクレイオスに、ルカスは両手を叩いて自分に注意を向けさせた。


「ですから、わたしが与えたのはヤグルマギクではありません!」

「は? ……お前の花じゃ、ない?」

「違います。別系統の、よく似た花です。茎が柔らかくて、髪に差した時に安定させるのが難しいような品種でした」


 人の話をちゃんと聞いていなかった父親に、ルカスは再び先ほどの説明を繰り返した。

 陸の身柄を神殿に引き渡す際にルカスが身に着けていた髪飾りは、実は彼の象徴とされるヤグルマギクではない。陸と共にブルームの町を少しだけ観光している途中に花商人ギルドに立ち寄ったら、新商品として売り出したばかりの花を勧められたのだ。時間が経つと花弁の色が変わり、二度楽しめるとの触れ込みだった。

 盲目のルカスには花の色など見えないが、香りも花弁と同じように変化するからそちらで楽しんでほしいと言われた。


 花が変われば花言葉の意味もまた変わる。

 ギルドの人間は『変革』や『変化』を正位置の花言葉に充てようとしていた。


 虫の知らせ。偶然の一致。神様の思し召し。言い方は何でもいい。


 とにかくルカスはその花を身に着け、そして大神官に与えた。

 社交界の儀礼に則って言うなら、込めた花言葉は当然『変革』である。どす黒い欲望が渦巻く神殿を、清涼な祈りの声が響き渡る空間に戻すために、ルカスはその花を与えたのだ。

 ついでに言及するなら、花が違うと気付かれるのを少しでも遅らせるため、二人きりというシチュエーションに乗じて金色の法衣に差してやった。感極まったゼヴェリウスが手にキスをしようとしてきたが、そこはなんとか握手するだけに留めた。

 手袋越しの握手だったとはいえ手汗が滲んで背筋がぞっとした記憶とか、すっかり浮かれた主たる大神官の様子に「さすがに胸に差してやるのはやり過ぎだった」と後悔していた記憶は、適当に丸めて記憶のごみ箱に捨てておく。あの時、陸に声を掛けられなければ、他の誰かに気付かれていたかもしれない。


 多少過剰サービスしたかもしれないが、その分、相手から回収するまでだ。


「どうかお願いです、父上。もう少しだけこの話を引き延ばさせてください。こちらが検討しているように思わせて、何事も上手くいっていると錯覚させるのです。そうしたら、彼の悪行も調子に乗るはず。今の彼は有頂天になっています。わたしが自分のもとに来ると思って、優位に立った気になっているのです」


 ルカスは執務机に手をついて身を乗り出し、父親に懇願した。


「ご不快なのは重々承知ですが、これはわたしにとってチャンスです! 機を見て集めた証拠を突き出して、彼を主たる大神官から大罪人にしてみせます。証人ならもう何人かいます。悪徳神官たちに虐げられてきた者たちです。偽造死させて神殿から数人ずつ保護しました。それでも今はまだ、言い逃れる隙を与えてしまう……」


 証人は複数あっても、決定的な物的証拠には欠けていた。今の段階で神官たちの悪事を暴こうとしても、処罰の対象となるのは一部で、あとは「神を蔑ろにし、神殿を貶めようとする王家の陰謀だ」等と言いがかり付けてくるだろう。

 信仰の中心となる神殿で、べっとりとこびりついた汚れをきれいさっぱり取り除くには短期間に確実に全て処理するしかない。少しでも残せばスライムのように蠢き、カビのように再び繁殖することだろう。


「本当に神を蔑ろにしているのは彼らの方です! ウリテル様は悲しんでおられます!」


 まるで神から啓示を受けたかのようなことを言うルカスに、クレイオスは驚愕に目を見開いた。

 だが、それはありえない。神の啓示を受けるのは聖女だけのはず。

 クレイオスは思わず両手を息子に伸ばした。


「っ!」


 急に顔を捉えられてルカスは息を呑んだ。

 両頬を包む父親の両手はかすかに震えている。


「ルカス……お前、何を見た? 何を聞いた?」

「……父上、この目で見えたとしてもせいぜいわずかな光くらいです。それに上の神殿に通っていれば、そういう話を聞く可能性もありますでしょう?」


 嘘だとは言えない。上の神殿に行けば聖女に会う。

 彼女からこっそりとそんな話が打ち明けられる可能性も十分に考えられる。

 だがクレイオスは違うような気がしてならない。


「……ウリテル様が悲しんでおられるのだな?」

「自分の家で、あんな悪事を働かれたらどんなに慈悲深い方でも嫌になりますよ」

「三番目の月まで、話を合わせていればいいのか?」


 囁くように問いかけてくる父親に、ルカスは一瞬動きを止めると、確固たる意志を込めて頷いた。

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