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第三章29あたり 陸の部屋にて

 第二王子ルカスは、幼少期から自分に仕えている侍従のシレンシアに手を引かれながら廊下を進むと、陸に与えられた部屋の前に辿り着いた。その扉を一晩守る兵士たちに命じて、己が連れてきた兵士たちと交代させると、扉を開けてその中に痩身を滑り込ませた。

 カーテンも閉じられていない窓から月光が差し込み、部屋の所々を青白く照らしているのだが、盲目の彼には関係ない。


「……ルド、少しだけ影を下げてくれるかな」


 独り言のように囁き、両手をゆっくりと彷徨わせて近場に家具がないか探った。厚手の絨毯の上を統べるように歩きながら前に進む。スムーズに動くのであれば他者の介助が必要なところだが、時間は問題ない。慎重に進めば一人でも移動できないことはない。

 かすかな物音を頼りに、ルカスは静かにベッドに向かった。


「……やだっ……みね……死ぬなっ……」


 じりじりと時間を掛けて天蓋の柱部分に到達すると、ようやく行先の目印にしていた物音が陸の寝言なのだと分かるようになった。時々鼻も啜っている。

 眠りながらも姉を求める陸の姿にルカスは切なく思うと、音を立てないようにベッドの端にゆっくりと腰を下ろした。


「ごめっ……ごめんっ、姉貴……」



 陸が部屋に閉じこもっているという話がもたらされたのは、ルカスが部屋で小さな来客を持て成している時のことだ。第二王子の膝の上で撫でまわされ、すっかりいい気持になっていたケット・シーは「またお茶しに来るぜ」と手を振ると、開け放たされた窓から軽快に退出していった。

 詳しく調べろと指示を飛ばしてから時を置かずに、「二日ほど前に突然陸が部屋の中で倒れ、ヤンが扉を破壊して彼を治療し、その後その老魔術師が顔を真っ青にしながら『あたしのせいだ』と頭を抱えていた」というところまで把握できた。ルカスはいつも手を引いてくれる付添人に予定を確認すると、夜の付添を頼んだのだ。



「死なないで……美祢……」


 泣きながら寝ているのか、寝ながら泣いているのか。

 何も見えないけれどもシーツの凹み具合を手で探りながら、うわ言のように姉への謝罪を繰り返す陸の体の位置を確かめる。陸は丁度ベッドの真ん中あたりで窓側を向き、半分うつ伏せになるような形で体を胎児のように丸めていた。

 ルカスは座る位置を調整して陸の傍に腰掛けると、慎重にその頭に触れる。


「……だ、れ?」


 丁度意識が浮上したタイミングだったのか、掠れ声が反応した。身動ぎする若者の名を呼んでやると、片手が弱弱しく伸びてきたので握ってやる。ベッドが小さく軋んだ。


「リク、お願い。どうか国王様を恨まないであげて。これはずっと前からの呪いなのだから」

「……みね」

「ひどく喉が枯れているね、水を飲まないと」


 真夜中の訪問者は、半醒半睡の陸の肩に手をかけて仰向けにさせた。触れてくる手が姉のものだと思っているからか、陸は素直に従う。

 水差しとグラスはナイトテーブルに備えられているはず、と手を伸ばすと、やはりその通りだった。慎重にグラスに水を注いで口に含む。顔の位置を特定するのと、陸に見られないようにするのと二重の意味で目元に触れると、そこに涙痕を感じた。


「……でもきっと、リクとならこの呪いを終えられる。ねぇ、リク。お願い。この呪いを終わらせるために手を貸して」


 口移しで水を飲ませた体勢のままルカスが囁くと、呼応するかのように陸は鼻の奥を鳴らした。

 何度か頭を撫でてやり、一緒の馬車に乗っていた時と同じ子守唄を口ずさんだ。


「……神殿で、待っているから」


 陸の呼吸が一定になり、再び眠りに落ちたのだろうと判断したルカスは、髪を梳く手を止めた。立ち上がろうとして動きを止める。いつの間にか陸の片手が服の裾を摘まんでいた。引き抜いても気付きはしないだろうが、何やら忍びなくて再び陸の横に落ち着いた。ついでに、袖のフリルに水をしみ込ませ、陸の眠りを妨げないように気を付けながら顔を拭ってやる。

 早朝のざわめきが聞こえ始める時間になって、ようやく陸の手が離れた。テーブルの上に何かが置かれる音がして、浅い眠りから覚醒したルカスは深呼吸する。かすかな甘い匂いを感じながらベッドから降り、来た時と同じように両手足の感覚を研ぎ澄ませ出入口に辿り着くと、慎重に扉を開けた。

 内側から急に開いた扉に驚いた使用人たちは、左右バラバラに一歩退いた。彼らの後ろに並んでいた初老の男が、普段のしかめ面も忘れて中から出てきた人物に目を白黒させる。


「これは驚きました。おはようございます、ルカス殿下」


 ルカスは後ろ手に扉を閉めると、懐かしい声に笑みを浮かべた。


「その声はミッテル・リコゼワノ? 同じ王宮にいるのになかなか会わないものだね。相変わらずのしかめ面なの? 息災だった? ネフィウスの侍従長からリク様の侍従長に転職して、どう?」


 ミッテルはムッと口角をへの字に曲げると、止めていた息を深く吐いた。見る者によってはため息に見えてしまうが、これはミッテルの癖だ。

 久し振りに見るルカスの姿に、少し表情が和らぐ。差し出された手を取り、額に付けて挨拶した。


「殿下もお元気そうで何よりです。新しい主との意思疎通に最初は難儀しましたが、今では親しくお声掛けいただいております」

「そう、それは良かった」


 王宮で働く使用人たちの中でも、直接王族の世話をする者は『侍従』と呼ばれ、各人ごとに一定数配置されている。彼らを取りまとめるのが『侍従長』で、ミッテル・リコゼワノは第三王子ネフィウスの元侍従長だった。


 当時の主であったネフィウスが南の海賊退治に派遣されることが決まった頃、ミッテルは四十五手前という年齢を理由に暇乞いをして、切り裂き山脈から程近い、生まれ故郷の小村に里帰りした。国王と第三王子から長年の献身に対する褒賞金も与えられたので、それで小さな家を買った。

 最初の頃は不慣れだった農作業もそれらしくなり、「さぁ、これから本格的に悠々自適な一人暮らしを謳歌しよう」と意気込んでいる最中、『特別な方』の世話係として王宮に呼び戻されてしまったのだ。それがまさか異世界から召喚された『聖女様の弟君』にお仕えするとは夢にも思わなかった。


 最初の頃は習慣の違いと言語の壁に阻まれて、ギスギスした空気が漂う時もあったが、今は「リク様」「ミッテルさん」と呼び合う仲になっている。最初は「諦めたようなため息だ」と思っていた些細な癖にもすっかり慣れた。


「ところで、ルカス殿下は何故こちらに?」

「リク様が頭に怪我をしたと聞いて、昨晩様子を見に来たんだよ。それで、ちょっとネフィウスが小さい時を思い出して子守唄を歌っていたら、いつの間にかわたしも寝てしまって……恥ずかしいから、このことは内緒にしてくれる?」

「くくっ、畏まりました。もうすぐ二度目の参拝に向かわれるのでですから、無理はなさいますな。

 ところでリク様のご様子はお分かりですか? お食事は? 飲み物は? 『暫く一人になりたい』と仰っていましたが、やはり部屋に運んだ方が良いでしょうか?」


 陸の世話役の問いに、ルカスは首を振った。


「でも何か召し上がりませんと」

「暫く一人になりたいというなら、そうしてあげて。それに、部屋に置いてあるあの水差しは魔法で井戸と繋がっているものだったし、テーブルに果物の皿を出現させたのは、ミッテル、あなたでしょう?」

「久しぶりにあの単距離転送術を試しましたが、お分かりになりましたか」

「もちろん。いつだったかその昔、ネフィウスが癇癪起こして部屋に閉じこもっていた時とやり方が同じじゃないの」


 結局、「室内では剣の素振りが満足にできない」という理由から数日で出てきたのだったか。第三王子の癇癪を懐かしむ二人は小さく笑った。


「今のところ父上が動いていないから、大丈夫だと思うんだ。だからリク様が自ら扉を開けるまで少し時間をあげて」

「殿下がそう仰せなら。しかしネフィウス殿下の時と同じくらいになるようでしたら、国王陛下のご命令を頂く前でも突入しますぞ。まともに食事をせず病にでもなられたら、侍従長としては堪りませんので」

「あははっ、分かった。もし突入するなら、ヤンと同じように扉を修復してよ」


 扉を粉々にすること前提で話すルカスに、陸の侍従長は「侍従ならもう少し平和的に突入しますので」と渋面になった。


侍従の名前


シレンシア=Silencio(静寂)

ミッテル・リコゼワノ=看てる・陸の世話を=陸の世話を看てる

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