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第一章2あたり 初回の謁見直後の国王執務室にて

「……見たか、彼女の気迫を」


 特徴的な色の瞳を瞼の下に隠したクレイオスが深くため息をついた。

 若い時には国境付近の戦場に繰り出し、何度も死線を潜り抜けてきた彼は、先ほどまでたった一人の若い娘の気迫に押されていた。

 本当にアレが『聖女』なのだろうか?

 人間の皮を被ったドラゴンではないだろうか?


「せっかくパダレをネタにして場の雰囲気を和らげようと思ったのに、失敗した。実に残念だ……」

「陛下、人で笑いを取ろうとしないでください。それに今は公務中です。集中してください」

「お前はやはり人間味がないな、ダレス宰相。そうは思わないか、ルドルフ?」

「……国王陛下、私には回答しかねます」


 近衛隊隊長とはいえ、宰相の悪口に賛同することなどできない男が冷静に頭を下げた。そなたもつまらないなとクレイオスは鼻を鳴らした。


「それにしても時代で人の習慣というものは変わるものだな。聖女様は以前の世界では貴族階級がなく、平民でも家名を持っていると言っていたぞ。そんなに領地があるのか?」

「折を見て聞いてみたらいかがです?」

「ダレス宰相、そんな時間があると思うか? 他にも『例の事』を話さなければならないのに」


 例の事とは聖女の本当の責務の事である。つまり、処女と心臓を捧げろという話だ。

 自らもその儀式を経て玉座にあるクレイオスだったが、考えれば考えるほど悲しい習慣だ。昔のことを思い出す。悲しみのあまり気が狂いそうだ。


 代々聖女と呼ばれる女性は、様々な不幸を経て家族と引き離され、天涯孤独の身だった。しかし今回の聖女の場合には、家族がいる。しかも、先ほどまでの姉の様子からして、かなり結びつきが強いようだ。

 果たしてそんな姉弟が「これから国のために姉君には死んでいただきます」と伝えられて果たして納得するだろうか?


 ……いや、難しいだろう。

 クレイオスには兄弟があるだけで、姉妹はいないのだが、少なくとも彼自身が陸という名の少年と同じ立場であれば、絶対に無理だと思う。見知らぬ国のために泣く泣く姉を差し出すよりは、国を滅ぼす覚悟で抵抗する方が想像しやすい。

 しかしそんな相手でも、クレイオスは「どうか死んでくれ」と説得しなければならない。多少なりと時間が必要だ。


「……リンゲン卿、そなたは彼女の弟君が目覚めるのにどれくらいかかると思う?」


 エティスの魔術師の血を引き継いでいる貴公子に問いかけてみる。リンゲンは少し考え込むと、感じたことをそのまま答えた。


「専門家ではないため正確には言えません。聖女様も『聖女や魔法なんて存在しない』と仰っていましたので、弟君にも魔力がないと思われます。通常、魔力酔いは数時間で回復しますが、異世界の者はどうか……二日、あるいは三日……少なくとも状態は安定していたので、目覚めないということはないでしょう」


 陸が気を失っている理由が、召喚の儀の魔力に体が耐えられなかったのだろうとは分かっていた。大きな魔力にあてられて気絶することはこの世界でも稀に起きることで、『魔力酔い』などと呼ばれている。

 しかしこれまで異世界から召喚されたのは聖女であったから彼女たちは魔力酔いなどしなかった。現に美祢も陸を背負って地下の儀式の間からこの国王の執務室まで歩いてきた。

 アクラランの男たちにとって、弟とはいえ男を背負って歩く小柄な美祢の姿は衝撃的だった。彼らにとって女性とは、守られ抱えられるものであって、男を背負う姿など実際に目の当たりにするまで想像すらしてこなかった。

 そんなところにも、時代とともに移り変わる人の習慣を感じる。


「医者と称して魔術師に診てもらうか?」

「陛下。下手に隠すのではなく、正直に魔術師を差し向けた方がいいのでは? 先ほどの様子からして、本当のことをお伝えした方が聖女様も耳も傾けてくださるようですし」

「それもそうか……ダレス宰相、そのように手配してくれるか? 直接選んでくれ」

「畏まりました。……聖女様の説得にはどれくらいかかりそうですか?」

「まだ分からん。だが、少なくとも二日は欲しいな」

「陛下、ご自分と同じ感覚で答えないでくださいませ。家族との別れですよ? 即断即決などできるわけないでしょう。五日くらいで調整させます。その間に聖女様への説得をお願いします。……いや、五日でも短いのですが、あまり眠っていても不審がられますし。こちらも神殿側を抑えておくのもせいぜい十日くらいですし」


 神殿を十日も抑えるのもなかなかのものだが、クレイオスは余計なことを言うのを控えた。とりあえず任せると手を振る。

 ダレスは軽く頭を下げると、さっそく医師と魔術師の手配をつけに執務室から出ていく。下手な人材を送るわけにもいかないから、彼自身がその目で確かめるのだ。


「リンゲン卿には今日から『影』になってほしい」

「はっ」

「今回は今までになく長丁場になるだろう。……無理をさせる」

「心得ております」


 部屋に残ったリンゲンには、王家の『影』として陸と美祢を見張ることを求めた。今まではせいぜいひと月程度だったが、今回は期限が分からない。昼夜問わずに相手を監視し続ける大変な術ではあるが、王家に仕える者としての役割だ。


「……あの弟君は十五歳だと言っていたな」

「はい」

「ネフィウスが南部の海賊退治に向かったのとあまり変わらない年齢だからだろうか、親しみを感じた」


 陸に三番目の息子の面影を見たクレイオスは苦笑した。

 南部の戦線に三番目の息子を送り出したのが丁度陸くらいの年頃だった。もう行ったきりでたまに戦況報告が入るだけだ。真面目な第三王子は国務として手紙を送るだけで、家族らしい文言はほぼ無い。せいぜい、最後に一文「元気です」と書き添えるくらいだ。


 アクラランでは十五歳が成人だ。十五歳になったら親の庇護を離れ、結婚したり戦争に行ったりする。だが陸の姿を見て、アクラランにはない顔立ちが余計に彼を幼く見させていた。


「親心が湧きそうだ。そうは思わないか?」

「陛下、私には子がおりません」

「そうか、子が出来ればこの気持ちが分かる。……意中の女性はいないのか?」


 そなたももうすぐ三十だろうと年齢のことを突っ込まれ、リンゲンは言葉に詰まった。交際相手がいなかったわけではない。だが、いろいろあってこの年まで結婚せずにきてしまった。貴族にしては遅い年齢だ。それにも関わらず、虎視眈々とリンゲンの妻の座を狙っている者が多いのは、彼の見た目が理由だろう。元々美形が多いリンゲン家だが、ルドルフ・リンゲンの場合には『王国の黒薔薇』の異名を持つ彼の母親の血が濃く出ている。

 それが吉と出たか凶と出たかは、彼が未だ独身であることから察してほしい。


「……陛下、そろそろ署名の続きを」

「むっ、嫌な話題から逃げる気か?」

「勇気ある撤退もまた一つの戦術です」


 新しく引っ張り出した書類に署名しようとした手がぴたりと止まった。


「……あの弟君にも、いつかこうして結婚の話ができるだろうか?」


 姉が殺された後、あの黒髪の少年は何を思うだろうか。


 クレイオスが国王になってから何度も反芻した後悔がじわじわせり上がってきた。

 若き王子だったクレイオスは、当時の聖女を愛した。定められた儀式のルールを人知れず破り、いっそ根底から変えようとしたのだが、最終的には神の意志には抗えなかった。国のために彼は冷酷な判断を下し、その両手を血で汚したのだ。致し方なかった。それが千年続く儀式だった。

 あの時の自分と同じ苦しみを、自身の息子とさほど年の変わらない若者にも味わわせようというのだ。

 考えるだけで恐怖が襲う。


 リンゲンは国王の呻きの中にある深い懺悔の気持ちを知ってはいたが、あえて知らないふりをすることにした。土の中に眠る死者が神の元まで抱えていったはずの秘密の一端を、彼が知っているはずはないのだから。


「陛下、そうやって事務仕事から逃げようとするのはお辞めください。宰相殿が戻られたら一度自分の執務室に下がらせていただきます。隊長として書類仕事もさせてください」


 恨めしそうに顔を顰めるクレイオスとは対照的に、リンゲンはすました顔で背筋を伸ばした。


「……さすがクルトの名を継いでいるな。一瞬そなたの父親の顔が浮かんだぞ。あいつは私の幼馴染だからと、時々不敬だった」


 今は亡き親友を少しだけ偲ぶと、クレイオスは背筋を伸ばして事務仕事に取り掛かる。課題は山積しているが、それは宰相とも話し合いながら進めた方がよさそうだ。

 国務多忙な国王陛下は、まず目の前の書類の山を切り崩すことから始めた。


ちょろっと先の話もぶっこんでるんですけど。

こんな状況です。


国王:愛した聖女を自らの手で殺した過去がある。

ルド:本当は国王の悲恋を知らないはずなんだけど、知っている。でも知らないふりしてる。


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