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「先ほど言ったでしょう、『自分にはもう心を捧げた方がいる』と。それが理由です。……自分はあの方をお慕いしているんです、心の底から。畏れ多いと分かっていながら」

「でも、ルカス様は男性、ですよ?」

「リク様。男色が蔓延る神殿に住まう者がそれを言いますか? 指摘するなら身分の違いの方でしょう。あの方は王族で、自分はただの神官ですから」

「その身分の差って、そんなに大きいんですか?」

「そういえば、リク様の世界では貴族や平民といった階級制度がないのでしたね。この世界では天と地ほどの違いがあります。特に英雄アクラランの血筋である王族の恋愛事情は、かなり厳しいはずですよ」


 アクララン王国での恋愛は、身分が下るほど自由度が増す。例えば子爵以下の身分の者が平民と婚姻関係を結ぶことは問題ない。しかし伯爵以上は王族との婚姻関係になることもあるので、相手の身分は気にするようだ。

 割と柔軟な対応が可能な貴族以下の人間とは異なり、英雄アクラランの血を引くアクララン王国の王族は、厳選された相手としか結婚ができない。大抵は傍系血族であったり、古くから王家に忠誠を誓う伯爵以上の身分であったりだ。そのような事情があるから王家の子どもたちは多くても三人までと昔から暗黙のルールがあった。人数が多すぎると、娶わせる先が減ってしまうからだ。

 因みに、不思議なことに昔から王家の子どもは男子しか生まれない。女子が生まれた記録は残っていないのだそうだ。


「それに我々神官は別枠扱いです。神殿に仕える神官は、ひたすら神に奉仕するために存在しますので」

「もしかして、神殿から出られないのですか?」

「いいえ、リク様。そんなことはありません」


 神殿に仕える男たちは、それぞれの事情により神ウリテルに奉仕するため、現世のしがらみを全て捨てて神官として尽くしている。基本的に神殿に入ったら、そのまま死ぬまで与えられた職務をこなしながら祈りを捧げる。しかし神官の身分を辞めることができないというわけではなく、数は少ないものの、添い遂げたいと思う相手を見つけて神殿から立ち去る者もいる。

 陸の場合には、簡単に辞められるかは微妙なところだが、少なくとも「一度神官になったら一生神官」というわけではない。


「まぁ、自分の場合には『神殿から出ようと思わない』が正しいです。……この気持ちを抑える自信がありませんので」


 若干の嘲りが含まれていた。

 圧倒的な身分差という、とても越えられない巨大な壁があるのだと分かっているのに、相手を想う気持ちを抑えられない。そんな自分に呆れているようだ。


「誤解なきように明言しますと、自分は男には興味がありません。微塵もです。……しかし、あの方と出会ってからは違います。『心を捧げたい』とか、『あの方が望むことなら何でもする』とか、そう思えるのはたった一人、ルカス様です。自分はあの方だけをお慕いしているのです」


 いつも通りの落ち着いた口調で語られる情熱的な告白に、陸は気圧される。

 性別や身分の壁があるが、それをものともしない激しい想い。整った顔で真剣な雰囲気を放つからか、その思いの強さがより際立っているように感じられる。


 理科の実験で何度か使ったガスバーナーの炎を思い出す。あれは青い炎の方が熱いのだ。


 見た目は落ち着いているのに激しく燃える。

 オスカの想いは、青い炎とよく似ていると思った。


「因みにリンゲン卿は自分の気持ちをご存じです。だから上の神殿でお会いする時には、時々、あー……怒られます」


 そういえば一番目の月に上の神殿に詣でた時には、滅茶苦茶睨まれてたり「わきまえろ」とか言われたりしていた。

 あの時は「リンゲン卿もお湯で汗を流したかったのかなー」くらいにしか思っていなかった陸だが、その解釈は大きく間違っていたらしい。あれはオスカの激しい想いが暴走して、第二王子様に疚しいことをしていないかと牽制していたのだ。

 一度だけ「おや?」と思ったこともあったが、単純に仲がいいだけだろうと受け流していた。


「自分は『あの方の心が欲しい』とか身の程知らずのことを言うつもりはありません。報われることはないからです。ならば差し出せるものは差し出して、あとは可能な限りあの方の役に立ちたいのです」


 例え報われることがなかろうと、たった一人に愛を捧げ、ただひたすら尽くすなど、ストイックにも程があるのではないか。

 しかも、お互いの身分差を理解しているからそんな愛し方しかできないという。

 だいぶその熱い感情を隠せていないが、一線は絶対に超えないという気概は感じる。


 そんな好意だだ洩れの男をルカスが嫌がっている様子を陸は見たことがない。むしろ強く信頼し、陸に何かあれば頼れと助言していた。

 少なくとも多少憎からず思っているのではないか?

 しかし陸は口を噤んだ。

 恐らくこれは、他人が口出ししていい話ではない。


「……いろいろ、根掘り葉掘り聞いてごめんなさい」

「構いませんよ。自分もすでにリク様のお気持ちはいろいろ聞いていますし。これでお相子ということにしましょうか」

「お願いします」


 再び『開かずの倉庫』内に、静けさが戻る。

 老コボルトは崩れかけた本の山を支え、元に戻していた。中途半端に戻すくらいなら本棚に納めればいいのにと思うが、部屋の大きさと本棚の数と蔵書量が全くかみ合っていないこの場においては、せいぜい崩れないように調整するくらいしかできないのだろう。

 ずっとノートや古文書や石板と睨めっこしていて、陸は少し眠くなってきた。自分でメモを残しているノートはともかく、古文書や石板の内容は古エティス語とやらで書かれているため、陸にはチンプンカンプンだからだろうか。大きな伸びをして眠気を吹き飛ばそうとするが、数分もせずにまたうとうとしてくる。


 船をこぎ始めた陸に、オスカが仮眠をとってはどうかと勧めたので陸はそれに従うことにした。どこか横になれそうな場所がないかと本棚の隙間を覗いて、さほど広くない倉庫の中を歩き回る。陸の行く手には、炎の精霊たちが先回りして灯りを提供してくれた。

 ぐるっと倉庫内を一周し、やがて元は出入り口だったと思われる壁の前にやってきた。今は大理石っぽい白い石でぴったりと塞がれている。どうやって嵌め込んだのか、隙間は一切ない。石の大きさは縦横二メートル程度で厚みもありそうだ。人間の手で運ぶのは大変だが、魔法であればそうでもないのかもしれない。触ってみると表面は滑らかに磨かれていた。顔を当てると冷たくて心地がいい。


 暫く涼んでから周囲を観察してみる。

 柱にあたる部分には、大体五十センチ角の石が積み上げられていた。それ以外の部分は飾り気のないただの壁だ。白い石で覆われているのは一か所しかなかった。地面を掘り進めてその中にこの空間を作ったのだろうか。窓は一切ない。光源は唯一、炎の妖精たちの灯りだけだ。それも不思議な光の放ち方をしているから、まるで外光を取り入れているかのような自然の明るさがある。


 倉庫の中は全体的に飾り気がない。唯一、頭上にある女神セネアのレリーフが目立つくらいだろうか。

 そう考えてみると不思議だった。他の場所では少なからず壁に装飾が施されているのに、この場ではレリーフ一つが妙に目立つ。まるで視線をそこに集中させたいようだ。何か意図があるのだろうか?

 陸は上を見上げたままゆっくりと移動した。古文書の山にぶつからないように摺り足で進む。レリーフの真下まで来た時、陸はその形が何かを指差す手のように見えることに気付いた。真下から見上げなければ気付かないソレの、示す先には小さな棚があった。先ほど倉庫内を一周した時にも見かけたが、その時には特に注意も向けなかった。

 引き寄せられるように近づく。

 中には三枚の石板が収められていた。

 一体何年前に作られたものなのか、触るだけで崩れてしまいそうなそれを慎重に引っ張り出して、表面を覆う土埃を息で吹き飛ばした。


(あれ?)


 チリ一つない床に土埃が舞うのを見て、陸は違和感があった。この空間の埃は全てノッガーがコボルトの魔法で消し去ったはず。なのに何故この三枚の石板には土埃が乗っていたのか。


「リク様―、ヤン・ノベ様からご連絡ですよ」


 丁度呼ぼうと思ったタイミングでオスカが現れる。更に間の良いことにあの老魔術師ヤン・ノベからの精霊電話があったという。

 早速、ボールペンを握って応答した。


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