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47 ※改稿しました

 まず光と闇を作り、大地と海と空を作り、そこに数多の生命を配置して、彼らがどんな風に生きていくのか観察することにした。しかし設定が甘くてこの世界では『神を信じる心』がさほど強くなく、欲に塗れた人間たちによってどこもかしこも戦争と淫蕩、暴力に腐敗に満ちていった。日々繰り返される同じような悪行に嫌気がさした世界の創造主は、少し大掃除することにしたのだ。

 一度全ての人間を洗い流し、新たな人間たちに生活を営ませる。そんな計画だった。

 だが、いざ水を流してみたら、人間たちは世界のありとあらゆる場所にいるし、世界の創造主の方も力加減を間違えてしまって、結局この世の中全てを水に沈めてしまったのだ。短時間に大量の雨を降らせたから空飛ぶ鳥も水中に叩き込まれ、アークィル以外に残っているものといえば――


「――君以外に残っているのはせいぜい水中生物くらい、と言うわけなんだ」


 えっへん、と聞こえてきそうな調子でヴェールお化けは締め括る。


「……それじゃぁ、セネアは?」

「セネア? それは何?」

「ぼくの妹、ぼくの家族。……ぼく、セネアに会いたいんだ」


 陸は幼い願いに、胸が張り裂けそうだった。

 アークィルの場合は偶然にも頑丈な木箱に閉じ込められていたが、セネアとか言う名の妹は既に水中に沈んでいることだろう。それ以前に、村を襲撃された夜に襲撃者たちに殺されている可能性も高い。

 だが幼い少年には残酷な話を受け入れるのは難しいようだ。

 アークィルは宙に漂うヴェールの塊に掴みかかった。


「会わせてよ! セネアに会わせて!!」

「それはできないよ。最近、『死者を生き返らせない』ってルールを作ったばかりなんだ。同じ人間が何度も生き返るよりも、みんなが死んで生まれ変わったほうが、面白いじゃない?」

「知らない! ぼく、そんなの知らない! セネアに会わせて! ぼくセネアに会いたい!」


 アークィルの気迫に押された世界の創造主は少し考え込むと、素晴らしいアイディアを思いついたとばかりに指を鳴らした。


「そうだ、アークィル。『麦の子』、この世界の生き残り。君を別の箱庭に招待しよう! ほら、もうこの世界には陸地がないじゃない? だから新しい所に連れていってあげる。そこで新しい営みを始めるんだ!」

「よく分からないけど、その『別の箱庭』? には、セネアもいる? 会える?」

「うぅん、すぐに君の妹に会うのは無理かな。まず、やったことがないからなぁ。……でも会えるようにはしてあげる。僕は君を気に入ったからね、君の願いを叶えてあげようと思うんだ」

「本当に?」

「本当だとも、僕の『麦の子』。ただし、セネアに会うためには君もちゃんと生き残らないといけないよ?」

「分かった! ぼく、新しい世界でセネアを待つよ!」

「うん。それじゃぁ、君には――を――して――」


 途中からジリジリとノイズ音が響いてヴェールお化けの言葉が途切れ途切れになってしまったが、まるでファンタジー映画の導入シーンのようだった。

 襲撃された村で離れ離れになった兄妹は、きっとこの後、再会を果たせるのだろう。アークィルがまた妹に会えるかもしれないという希望は、アークィルを通じて陸の心まで温かくした。


 いつかの夢のように、陸が見ている景色が渦巻くように切り替わる。

 陸は真っ暗の中にいた。


 ――……リク様、リク様。


 覚えのある声が暗闇から響く。


 ――……リク様、起きてください、リク様――




「――……リク様!」

「う、わっ!」


 居眠りから覚めた陸の視界の大半を占めていたのは、左半分に酷い火傷痕が残る男の顔だった。心配そうに眉を顰めている。その背後からは、背の低い白ローブと老コボルトが陸の様子を伺っていた。


「大丈夫ですか?」

「え? 何が……?」

「汗が額に」


 指摘されて陸が額に手をやると、そこはびっしょりと汗で濡れていた。フェイスラインにも汗が流れた跡がある。陸は驚いて袖でそれらを拭った。


「え? ……なんでこんなに……?」

「だいぶ魘されていました」


 オスカの言葉に背後の二人も「うんうん」と頷く。

 前半はともかく、後半は魘される要素などなかったのに不思議なものだ。


「リク様、これどうぞぉ」


 もう一人の神官が間延びした口調で陸に濡れた白いハンカチーフを差し出す。

 陸はそれをありがたく受け取って再び顔を拭った。冷たい感触が陸の意識をはっきりさせた。

 白色のローブは大神官補佐の証だ。そして神殿大文殿を訪れる大神官補佐はオスカ含めて三人だけ。その上小柄とくれば一人しかいない。

 陸は腕の下に敷いたままだったノートを閉じてテーブルの端に置いた。


「あ、ありがとうございます、ポランニーさん。ハンカチ、後で洗って返します」

「そのままでいいですよぉ。魔法でも洗えるしぃ」


 そう言いながらポランニーはフードを後ろに払い除けた。

 中から現れたのは、日焼けしていない肌とそれを縁取る落ち着いた色合いの緑色のおかっぱ頭だ。フードに抑え込まれてペタリとなった頭頂部を軽く手で乱してふんわりさせる。前髪の下から覗くたれ目はどこか眠そうで、髪と同系色の瞳が嵌め込まれていた。上下とも薄い唇の隙間から大きめの前歯が覗く。

 緑色の色彩も小振りな体格も、大柄の白人系人種が多いアクララン王国ではあまりメジャーではない。それもそのはずで、ポランニーは深森が広がるミティウェア出身だ。幼い頃に両親とアクラランに移住してきた。その後、風の精霊と心を通わせる才能を見込まれて神殿に連れてこられてから、ずっと神官として神殿に仕えている。

 小柄な体型も相まってどことなく幼い雰囲気を放っているが、これでもオスカとほぼ同年代で、神官歴約二十年のベテランでもある。

 人目があるところでは他の神官たちと同じようにやたら仰々しい物言いをする彼だが、この部屋の中では素の姿が出た。神殿内のややこしい利害関係を考慮する必要がなければ、『大神官補佐ポランニー』など演じる必要がないからだ。


 それこそ初対面の時点では“チャランポランコンビ”とあだ名をつけられるほど、陸からの心証は悪かった。ベルチャラーンと共に突然やってきたかと思えば、嵐のように好き勝手なことを言ってギャーギャー騒ぎ、最終的にはオスカに陸の世話を丸投げしたためだ。後から「特殊言語の辞書を編纂している」という話を聞いて、陸は多少気まずい気持ちになったものだが。

 その後も色々あって、陸のポランニーに対する評価は逆転していた。実は彼が男色を嗜むように演じているのだと分かったことも、陸にとっては大きなポイントだった。

 今では陸が緊張せずに接することができる、貴重な人材だ。


 外見を変えているオスカ同様、自分を偽らなければならない事情を抱えているらしいポランニーは、マグカップに注がれた紅茶を飲んで一息つくと「そうだぁ」と間延びした声を上げた。


「そう言えば聖女様が下に来てるよぉ」

「今ですか?」

「ん~、長居はしないと思うけどぉ。会いたぁい?」


 陸が首肯すると、ポランニーは傍らの男に手を伸ばした。


「それならぁ……ほぅらオスカ、ちょっとローブ脱いで。ハウを身代わりにするからさぁ」

「やめろ、分かったから引っ張るな」


 オスカのローブをぐいぐい引っ張って脱がせると、ポランニーはふぅっと掌に息を吹きかけた。掌の上に白く渦巻く小さな竜巻が生まれる。やがて、その中から人差し指くらいの小さな人影が現れた。これが彼と心を通わせた風の精霊である。

 ポランニーがアクララン語ともエティス語とも異なる言語で何かを指示すると、精霊は小さく頷き差し出された布の中に入り込んだ。ローブが風に煽られてはためき、やがて人の形になる。まるで火傷顔の神官が二人になったみたいだ。


「ハウについていけば会えるよぉ。声も繋いでおいたから」


 オスカが動作確認を行うと、風の精霊が入ったローブの中から聞き取りにくい掠れ声がそのまま再生された。「声も繋ぐ」の意味が分かった陸はほっとする。これならこのローブ姿をオスカだと思った誰かが話しかけてきても大丈夫そうだ。

 ゼヴェリウスをはじめとする三大神官によって、一人歩きを禁じられている陸だが、このオスカっぽいものを連れていれば監視の目が付くこともないだろう。

 二人の大神官補佐に送り出されて、陸は地上を目指した。


 陸が下の神殿で奉仕を開始したことは、早い段階から美祢にも伝わっていた。だが、聖女の務めが多忙な彼女には弟に面会する時間がなかなか得られなかった。

 結局、彼らが再会できたのは、陸が神殿で暮らし始めて数週間後のことだった。つまり。つい最近だ。

 約半年ぶりに目にした美祢の姿は、全身脱色+ハーフ顔化は前回より進行していたが、陸はあまり驚かなかった。オスカの外見偽装魔法を目の当たりにしてから「実は美祢も同じようなものでは?」と思えるようになっていた。

 ヤンたち曰く「聖女様のアレは質が違う」とのことだが、どう違うのか陸には未だによく分からない。


 敷地内をウロウロ歩いていると、やがて小さな人だかりを見つけた。

 偽オスカに導かれていけば、やはりそこには美祢の姿があった。さすがに露出度高めの衣装では下の神殿に降りてくるわけにいかないから、白いシンプルなデザインの詰襟ドレスにマントを羽織っている。聖女らしい恰好と言うよりは、修道女とか家庭教師とか。そんな真面目そうな雰囲気がある。美祢によく似合っていた。

 陸が手を振ると、彼女の方も金のラインが入った特別仕様のローブに気付いて、ぱっと顔を輝かせた。


「陸!」


 弟の名前を呼ぶと、美祢の周りに群がっていた神官たちがサッと道を開ける。彼女はその隙間を駆け、陸に抱き着いた。


「ぅおっ!」

「陸! 陸、元気だった? ちゃんと食べている? 相変わらず髪は生えてこないの?」

「姉貴、ちょっと待って、落ち着けよ」

「あ、ごめんね、陸。会えたのが嬉しくって、つい」


 美祢は笑顔で謝ると、すっと居住まいを正して礼をした。陸もそれに応える。

 王宮では多少自由に振舞っていても問題にならなかったが、神殿ではそうはいかない。神官だけでなく一般人の目もあるのだ。いかに面倒でも最低限、儀礼的な挨拶をしなければならなかった。


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