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45 ※改稿しました

 いきなり飛び付いてきて相手の容姿を確認する間がなかったとはいえ、前代的に色彩が変わっている相手をすんなり受け入れられるものだろうか?

 彼らのような先祖代々純正アジア人が成長とともにハーフっぽい外見になるなんて考えにくい。純正アジア人でも時々顔の彫りが深い家系もあるが、朝桐家はどちらかと言うと全員「しょうゆ顔」などと言われるタイプだ。美祢レベルで見た目を変えたいのであれば、髪染めたり、コンタクトレンズ入れたり、化粧したりしないといけないはず。

 その上、二人の目と目が合った時に、村とか妹とか戦争とかあまりにも自分に関係のないキーワードが次々と思い浮かんで、陸はパニックになったのだ。だから、思わず美祢を突き飛ばした。


「なんか、自分が自分じゃないみたいで、めちゃくちゃ気持ち悪かったんですよ」

「他に気になったことはありますか? どんな些細なことでも構いません」

「んー、暖かい空気に包まれた気がしたような……日向ぼっこしている、みたいな?」

「……なるほど。そういう変化がリク様の中で起きていたのですね」


 陸が話している間、オスカは両目を閉じて聞き入っていた。腕を組んで考え込む姿は、リンゲンと瓜二つだ。


「……我々は、一番目の月に見た光と三番目の月にリク様が見ていた悪夢を別個に考えていました。聖女の間で見た光については『聖女様の感情の昂ぶりが可視化されたもの』、リク様の悪夢については、ご両親に関する内容もあったとのことでしたので『リク様自身が無意識に作り出した物語』だと。

 ですが、リク様の悪夢や先ほどの温かさという情報を加えると、別の可能性が出てきます」

「別の可能性って、どんな?」

「リク様に誰かが『夢を操作する魔法』を行使した可能性です」


 いまいちピンと来ていない陸に、オスカは一瞬言い淀んでから姿勢を正した。


「リク様は覚えているでしょうか? ここに来た初日に魔法についていろいろと簡単にご説明したことを」

「あ、はい。なんか力が強い魔術師が弱い方の魔法を無効化するとか、神殿内にも魔法が使えない場所があるとか……あれ? でも、それだとおかしくないですか? 聖女の間って、確か魔法が使えないんじゃ?」


 首を捻る若者に、同意が示された。

 魔術師間には魔力量による上下関係がある。上位にある魔術師が下位の魔術師の魔法を無効化してしまう。

 そして聖女の間では、普通の魔術師たちは魔法が使えない。神ウリテルの力が関係しているからだ。そのため、聖女の間で魔法あるいはそれに類する力を行使するには、神ウリテル級の魔力が必要になる。

 つまり――。


「――つまり、リク様に禁術を行使したのは、ウリテル様自身ということになります」

「えぇぇっ……神様が俺に悪夢見せていたってことですか? 何のために?」

「それは分かりません。しかし、何か目的があるはずです」


 自分で言っておいて、オスカ自身も信じられないらしい。戸惑った顔を隠そうともしない。

 陸が先ほどのヤンとの対話の内容を求めると、「あくまでも仮定の話だが」と前置きをしてから彼なりの考えを述べ始めた。


「とりあえず、今年に入ってからのことについて考えを述べます。いつからウリテル様がリク様に干渉するようになったのか考え始めると話が進みませんから。

 まず、ウリテル様が禁術を使ったタイミングは、一番目の月と考えていいでしょう。それから、リク様にとって影響力の大きい聖女様の姿でリク様の部屋に現れ、神殿に来るように促し、例の兄妹の夢を見せることで、リク様に何かを伝えようとした。……そうであれば、リク様は何を訴えようとしているのか、見極める必要がありそうですね」


 つまり陸に今しばらく寝不足でいろということだ。

 情けない声を上げながらテーブルに突っ伏す陸に、オスカは滋養強壮剤を作ってやるからと慰めた。


「ところで、悪夢を見るようになったのは聖女様が部屋に現れる前ですか? 後でしたか?」

「確か……後です」

「そしたら部屋に現れたことも、悪夢を見るようになったのと関係ありそうですね」

「そう言えば、あの時も同じ夢を毎日見たし、だんだん夢の内容がはっきりしてきてました」

「なるほど。そうなると、やはり三番目の月に入ってすぐか……時期も合う……。聖女の日だけが要因じゃなかったのか? ……まさか、テコ入れのつもりか?」


 ぶつぶつ独り言を呟く男に、陸は気まずくなった。オスカは、「美祢の姿をした神ウリテルが陸に悪夢を見せて、何か伝えるのを後押しするために部屋に現れた」と考えているようだが、それだけではない。

 これは誰にも言っていないことだが、その夜、陸は美祢そっくりの雰囲気の訪問者から口移しで水を飲ませてもらっていた。アレが本当に美祢であれば、「弟想いの姉が絶賛鬱状態の弟を心配して現れたついでに、最も確実な方法で水を飲ませた」と言えないこともないのだが、神ウリテルが現れたとなると何やら腑に落ちないものがある。

 無意識のうちに神ウリテルは男性だと思っていたからだ。

 どんな形であれ、やっぱりファーストキスは異性との方がいい。


「……あの、いきなりなんですけど。神ウリテルって、女性なんですか?」


 今まで神様の性別なんて気にしたことがなかったのだろう。陸の質問にオスカが一瞬動きを止めた。


「それは、神殿の記録にはないので回答しかねます。祈りの言葉にも古文書『我らウリテルの子』とだけ記載されていますので、それが男性か女性かまでは分かりません。……しかし、何故?」

「あ、う、えっと……そのちょっと気になったというか」


 自分のために真面目に考察してくれている大神官補佐相手に、隠し続けるのも気が引けて、陸はついにあの夜の出来事を詳細に打ち明けた。


「……と、言うわけでして……」


 羞恥のあまり尻すぼみになる陸に、オスカはからかう口調で「ははん、リク様は『姉君と口付けを交わした』と思ったわけですか」と追い打ちをかけた。


「いや、あれは、水分補給目的で! 人命救助的なやつですけど!」

「分かっています。ほんの冗談です」


 口角を上げつつオスカは両手を挙げて、喚く陸を宥めた。

 恋愛経験に乏しく表情がコロコロ変わる若者で遊ぶのは、年長者のちょっとした楽しみなのだとは、あまりにも可哀想なので言わないでおく。

 拗ねる陸に多少満足したオスカは、咳払いをすると別の疑問点を挙げた。


「そうすると、今度は聖女様の存在に疑問が残りますね」

「姉貴の存在ですか?」

「はい。これまで聖女様は『神ウリテルと我々を繋ぐ窓口』と考えられてきました。しかし今回、ウリテル様がリク様に直接介入した、あるいはその可能性があるということで、聖女様の存在意義に疑問が生じるのです」


 ウリテルが直接人の世に介入できるのであれば、『聖女』という存在は必要ないはずだ。神様が直接、人々に呼び掛ければいいのだから。

 現時点では、心臓を捧げる儀式が省略できるかまでは不明だが、少なくとも二十数年に渡って神殿で祈りを捧げる役務は必要ないはず。朝桐姉弟も引き離されることなく、最後の日まで一緒に過ごしてもいいはずなのだ。


「……初期の史料が、せめて欠片でも残ってくれていたら、よかったのですが」


 オスカの絞り出すような悔恨の言葉が、陸の心に重く圧し掛かった。


 神殿大文殿で生じた火事を防げなかったことが悔やまれる。王族の歴史がメインの王宮図書館とは、大きく毛色の異なった貴重な史料の多くが、その昔、燃えて砕けて無くなったというのだ。

 何百年と昔の話だから、当時の神官たちがどのように消化活動にあたったのかは、当時の記録を読み返すしかない。馬鹿真面目に全て記録してくれていればいいのだが、昔の神官たちはそれをしなかった。何か人為的なミスをして、それを隠蔽するためにあえて残さないようにしたのかもしれない。あるいは、もっとまずい何かを隠すためにわざと火をつけたのかもしれない。


 ウリテルは夢を通じて何を伝えたいのか?

 果たして陸に何を期待しているのか?

 その意図を推測するためにも、もっと情報が必要だ。


「コボルトたちも過去の聖女について調べるのを協力してくれていますし、無理はなさらず」

「……つまり、俺は引き続き寝不足決定、と言うことですね」


 項垂れる陸に、オスカは滋養強壮剤を用意してやると言って慰めた。




 夢日記のページの隅に書いた記憶のない文字があるのを見つけて、陸は首を傾げた。陸の注意を引いたのは、「ア」、「ウ」、「ル」、「セ」の四つのカタカナだ。並べ替えてもさっぱり分からないから、何かのアナグラムではなさそうだ。だが、いつ書いたか全く記憶にない。

 困惑しながら頭を反対側に傾けると、腕を組みながら目を瞑っていたオスカが片目を開いた。


「……先ほどから首を振ってどうしたんです? 肩でも凝りましたか?」

「書いた覚えのない文字があって」

「自分はそのノートには何も書き込んでいませんよ」

「いや、俺が書いたのは間違いないです。だってこれ、カタカナですから。というか、オスカさん、いつから起きていたんですか?」

「…………リク様、自分はずっと起きていましたが」


 居眠りを疑われたオスカは身を乗り出してノートを確認した。陸が夢日記を書くようになってからオスカも陸の母語に興味を持つようになった。現在、ひらがなを練習中の彼だが、カタカナはまだ書き慣れていない。ノートにはっきりと残るその文字は確かに陸の字で、黒々とした線はボールペンによって記されたものだった。


「机に向き合っていると時々、そのまま突っ伏して寝てしまうことがあるでしょう。これはその時に書かれたんじゃないでしょうか?」

「寝惚けてた、的な?」

「恐らく。……それにしてもリク様の国はすごいですね。自国の言葉を表現するためにいくつもの言語記号を組み合わせるなんて」

「いや、すごいっていうか、それが普通だったっていうか」


 アクラランに召喚されてから母国語で文字を書くことなどほとんどなくなったので、漢字はだいぶ忘れてしまったが、カタカナとひらがな、それからアルファベットはよく使っていた。ついでに、アクララン語の言語記号も追加されたから、書字行為だけなら陸はマルチリンガル状態である。

 発話に関しては不明だが、恐らくアクララン召喚直後の美祢と同じ状態なのかもしれない。話者は一つの言語で喋っているのに、受け手にはそれぞれの言語で聞こえる、というやつだ。


「リク様には普通のことでも、我々からしたら驚きです。アクララン語の言語記号は二十数文字だけですから。リク様の国では、何百何千の文字を使うそうじゃないですか。……だからアクララン語の覚えも早かったんでしょうね」

「ヤン先生から聞いたんですか? でも、それって俺がこっちの言葉を喋れるようになったからで」

「リク様に奇跡が起きる前の様子も、ヤン・ノベ様から聞いています。優秀な生徒で教え甲斐があったとか」

「いや、それは先生が良かったからで」

「いくら先生が良くても、生徒側にも学ぼうという姿勢がなければ意味がありません」


 褒められた陸は照れた。学校でも勉強はまぁまぁ出来る方だと言われてきたが、今の方が圧倒的に嬉しい。ヤン・ノベは割とスパルタ教師ではあったが、ありとあらゆる工夫を凝らして、アクララン語のさっぱり分からない陸に様々な知識を授けた。陸が将来城外に出ても自力で日常生活を送れるように、礼儀作法や買い物の仕方まで叩き込んだのだ。


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