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44 ※改稿しました

 自分が、自分さえいなければ。

 美祢にも聖女の役目を拒否する隙があったのではないだろうか?


 思考回路が鬱路線を進みそうになって陸は頭を振った。彼の不審な動きに、テーブルの向こう側にいるノッガーが首を傾げる。


「リク、眠いのか?」

「ん、違う。ちょっと考え事してただけ」

「夢のことか?」

「いや、違うけど」

「顔色悪い」

「そうか? まぁ……寝不足と言えば、そうかも」


 目の下を示されてそこに触れた。なかなか消えない目のクマをルカスに見られなかったことに、陸は思わず良かったと胸を撫で下ろす。

 それでもやはり顔色の優れない陸にノッガーは少し横になるよう促した。彼がどこかに移動しようとすると監視の目が煩わしいので、神殿大文殿奥にある隠れ家的な小部屋には、いつの間にか簡易ベッドが置かれるようになっていた。

 休める時には少しでも休んだ方がいい。ノッガーは夕食の時間になる頃にまた声を掛けると言い残し、陸を小部屋に残して出て行った。



 実は、神殿で暮らすようになってから、陸は少々寝不足が続いていた。

 宿舎棟に設けられた部屋は、陸にとって安心できる場所ではなかった。毎晩のようにゼヴェリウス他複数の神官たちが訪ねてくるのだ。

 彼らが訪ねてくる口実は様々だった。何か困っていることや不便なことはないか。挨拶に来た。いい酒が手に入ったから飲まないか。少し話でもして親睦を深めたい。

 色々深読みした陸は、決して彼らを部屋には入れずに扉越しに対応した。頼れる人がいれば別だが、彼一人で男色趣味のある神官たちと同じ空間に居続けるのは、生理的に受け付けなかったのだ。布団に潜り込むときにも、扉の鍵を掛けるだけでは不安で、部屋にあった机と椅子を動かしてバリケードにしてからでなければ目を閉じることさえできなかった。

 重厚構造の王宮とは異なり、神殿の宿舎棟の造りは簡素だ。木製の扉の隙間からは隙間風と深夜の見回りの足音が部屋に入ってくる。ごく稀に、どこかの部屋から盛っている物音も聞こえてきて、余計に人の睡眠を妨害してくれた。


 陸の部屋が変わってから騒音被害は解消されたのだが、今度は悪夢にうなされる様になった。三番目の月にも何度か見た、子どもたちが駆け回る穏やかな村が一転して阿鼻叫喚の地獄絵図になるという夢だ。

 息を切らして深夜に飛び起きる夜が何日も続くものだから、完全に睡眠不足となった陸がオスカに相談したところ、夢日記を書くことを勧められた。

 アクラランでも、夢の内容に意味を付けようとする風習がある。特にストーリー性のある夢は何かの暗示や願望の比喩、あるいは予知夢であると認識されていた。陸の夢にも、同じようなことが考えられるとオスカは言ったのだ。


 果たしてそんなことが本当にあるのだろうか?

 首を傾げつつも陸はオスカの勧めに従い、どんな夢を見たのかをノートに記録を取るようになった。だが、実際にやってみると、夢の内容を思い出すことは案外大変だった。覚醒する直前までは鮮明に覚えているのに、目を開いて少しすると急速に内容を忘れてしまうのだ。

 どうしても思い出せない時には、思いつく単語だけを記録するに留めた。


 ある程度キーワードが揃うと、夢の内容が順序だてて追えるようになった。


 最初に視界に広がるのは、美しい金色の穀倉地帯だ。そこの中を、明るく甲高い笑い声をあげながら小さな兄妹が二人駆けていく。兄の方が多分七歳前後で、妹の方はそれより三歳は年下だろうか。

 牧歌的な光景に見入っていると、漆黒のどろどろした空気が一瞬視界を奪い、今度は恐ろしい光景が広がる。

 悲鳴と怒号。鉄と鉄が激しくぶつかり合う音。暴れる猛獣が出すような唸り声。壁が崩れた家屋。火の海と化す麦畑。頭と胴が分かれた老人。殺戮者たちに応戦するも、幅広の剣で呆気なく貫かれる男。髪を掴まれてズルズルと引きずり回される女。火柱と化した何かの建物に放り込まれる生きた人間だった塊たち。

 逃げ惑う人々にぶつかって小さな兄妹は引き離され、必死に相手の元に駆け寄ろうとするが、逆にその距離は開くばかり。

 目を背けたくなる凄惨な光景が広がっているのに、夢の中での陸は少し離れたところから見ていることしかできなかった。リアルすぎるVRの世界に飛び込んだみたいだ。

 村人たちは己が逃げるのに必死で周囲のことを気に掛ける余裕などない。また陸自身も何もできずにただいるだけ。


 何日か記録している内に、夢の内容が少しずつ進んでいるのと気付いた。更に日が経つと兄の方が襲撃者に捕まり連れ去られる場面も見るようになった。また数日後には、金色の畑を駆ける兄妹のシーン、引き離される二人のシーン、人攫いに遭う兄と、兄の視点で夢の話が進むようになった。


 蹂躙された村に、幼い妹を残して連れ去られる兄。彼は遠ざかる村に向かって両手を伸ばし、空を掻いて藻掻いた。全身で「村に戻せ」と訴えても、村を襲撃した男たちは意にも介さない。その内煩わしく思った一人が騒ぐ子どもを殴りつけた。それを見た別の一人が「売り物に傷をつけるな」と怒鳴り散らす。

 兄は人身売買の商品として、連れ去られたのだ。


 子どもの悲痛な泣き顔が目覚めてからも脳裏に浮かぶ。夢の内容を思い出すたびにズキズキと心が痛むのは、きっと彼らの状況が陸たちのそれと少し似ているからだ。

 ある程度成長した陸は、現在姉に対していろいろな感情を抱いてしまっているが、恐らく夢の中の少年と同じくらいの頃なら、素直に姉に対する姉弟愛を受け入れ表現していたのだろう。

 唯一無二の妹と引き離される兄の辛さを、陸は我が事のように感じていた。



 慣れない神殿生活と悪夢。この二つが重なって一つのことに意識を集中させるのが難しくなっていた陸は、炎の精霊との繋がりを保つことができなくなっていた。オスカ相手に何度も練習を重ね、八番目の月に入る頃になってようやく懐かしい声を聴くことができた。

 陸たちが入り浸る小部屋を「安全な場所」と認識したことも大きく影響しているだろう。


《……あたしらは大きな勘違いをしていたようだね》


 陸に夢に関して細かい話を確認した後、年老いた老婆はそう言った。短時間しか対話に参加できない陸の代わりに、大神官補佐が予め彼女に悪夢の件を伝えており、少しでも時間を有効的に使えるようにしてくれていたのだ。


《オスカ殿はどう思われますかな?》

《やはりヤン・ノベ様もそう思われましたか。自分も同じです。むしろ今思えば何故個別に考えてしまったのか己を疑います。一番目の月に見た光は聖女様の感情の昂ぶりなどではなく、恐らく引き金。それが三番目の月に表出し、また今頃になって再発した。その間に出てこなかったのは、恐らくリク様のメンタルが安定していて付け入る隙がなかったからでしょう》

《あぁ、それだけ弱いということか》

《一度他の話も見直してみますか?》

《その方がいいかも》

《ちょ、ちょっと待って、二人とも。一体何の話?》


 彼らの話に置いて行かれた陸は割って入った。


《つまりだな、リクよ。陸の悪夢は暗示でも予知夢でもない。恐らく誰かの記憶だろう、と言う話だ》

《誰かの記憶? 俺にはそんな能力ないけど、予知夢とかじゃなくて?》

《予知夢の可能性は無いな。話を聞くに、どうやら登場人物たちは古代人のようだ。この大陸の麦が育つような場所に、布を巻き付けただけで暮らす民族はおらん。『暗示』と言うにも内容が生々しすぎる。夢に出てくる兄妹の兄を中心に話が進むなら、その兄の記憶と考えた方がしっくりくるのだ》

《リク様が神殿に来たことで、余計に強く作用しているのかもしれません》

《なるほど。……ちっとも分からない》

《説明してやりたいが時間がない。やはり短時間しか話せんのは不便だな。リクよ、神様にお祈りして魔力を授けてもらえ!》


 その言葉を最後に、対話が切れてしまった。


「久しぶりに恩師の声を聞いてどうでした?」

「まぁ、元気そうでよかったなと。でも初っ端から『連絡がつかなくて死んだかと思った』なんて言われるとは思っていませんでしたけど」

「嬉しさのあまり憎まれ口になってしまったのでしょう。自分が時々近状報告をしていたとはいえ、ヤン・ノベ様もずっとリク様を気にされていましたから」

「……ところでさっきの話ってどういう意味ですか? 『一番目の月に見た光』とか『感情の昂ぶり』とか。ちっとも話が見えなかったんですけど」


 矢継ぎ早に質問してくる若者に、オスカはまず「一番目の月に見た光」とやらから説明することにした。

 その光を見たのは、朝桐姉弟が再会を果たした時だ。彼らが互いに固く抱き合ったその瞬間、二人の姿が発光したのだ。かなり強い光だった。しかし、陸も美祢も何も感じなかったようで、目に涙を浮かべて至近距離で暫く見つめ合っていた――かと思うと、一瞬の間を置いて顔色を変えた陸が姉を突き放したのだ。


「リク様が王宮にいらっしゃる時には、こうしてお話する時間も短かったですし、ヤン・ノベ様と対話するにしても一つのテーマを深堀する形が多かったので、半年以上経ってからこんな質問をするのも今更な気もしますけど」


 やや長い前置きを述べてから、オスカは一番目の月に陸に起きたことを問うた。確かに今更だが、陸は問われるままに「一歩進んで二歩下がる」みたいな工程を繰り返して、あの時の記憶を遡った。

 上の神殿に戻る前夜、陸は初めて「美祢の所に戻りたい」という気持ちを自覚した。どちらかと言えば戻るべきなのは美祢の方だというのに、恐らくシスコン思考が拗れた結果、そんな気持ちになったのだろうと深く考えなかった。

 ウリテルの寝台内にある聖女の間で美祢と再会した時には、激しい喜びが全身を貫いた。神に感謝して、「これからどんな災難に遭遇しても、この手を離すか」と固く心に誓ったのだ。


「……あの時、俺のじゃない思い出が頭に浮かんで……俺には妹なんていないのに。それに、俺の生活圏内には『盗賊』とか『戦争』とかもなかったのに、姉貴の事をそう言うのから絶対守るって思って……」

「そう言えば、姉君の見た目にも触れていましたね」

「そう、ヤン先生が『聖女の弊害』とか言っていたやつです。あー……何であの時、最初から『おかしい』って思わなかったんだろう」


 陸は頭を抱えた。振り返ってみると、あの時の自分は本当におかしかった。と言うか、だいぶ前からおかしかったのだけれど、美祢と再会した時の様子を考えれば大した話ではない。


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