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42 ※改稿しました

 彼の説明によれば、魔術師の間には魔力量による上下関係があり、それぞれを『上位の魔術師』、『下位の魔術師』と呼ぶ。魔術師として優れている者とそうではない者、または、先祖と子孫などだ。


「ヤン・ノベ様から魔法についてどこまで説明がありましたか?」

「いえ……俺は魔法が使えないので、あまり。それよりもアクララン語とか礼儀作法とか、歴史を教えてもらっていました」

「いいでしょう。要は剣術と同じです。見習い騎士が剣豪とまともにやり合おうとしても、手も足も出ない。魔術師にも同じようなことが言えます。自分よりも魔力量、経験値ともに凌ぐ相手には、魔法を繰り出す前に『食われて』しまいます。

 聖女の間で魔法が使えない理由はそれです。あそこには神ウリテル様の絶大な魔法が影響しているため、我々のような通常の魔術師が魔法を使おうとしても無駄なのです。唯一その影響を受けないのが、聖女様です」


 急に美祢の話題に飛んで、陸はどきりとする。


 聖女が神ウリテルの力の影響を受けない理由は、彼女がウリテルに捧げられた存在だからだと言われている。神の啓示を受けて人々に伝え、人々の願いを神に伝える、神様と人の世を繋ぐ中継器と言ったところか。

 そんな重要な存在を殺してしまうのは何故かと詰め寄れば、大神官補佐は「記録に残っていないから分かりかねるが、昔からそうだった」と難しい顔になる。陸はヤンにも同じような質問をしたが、彼女もこの質問には答えられなかった。


 昔からそうだったから。

 そんな理由で納得できるわけがない。

 思わず握り込んだ両手の拳が小刻みに震える。


「まぁ、それは『今まで』のこと。次の儀式も同じように事が進むかは分かりません。何しろ、リク様が今こうしてここにいるんですから。

 自分はヤン・ノベ様から『リク様が姉君に呼ばれたから神殿に行くことを決めた』としか聞いていませんが、姉が殺されると知った上でこの場所に来るということは、さしずめ、最後の時間を姉の傍で過ごしたいと考えたか、事情を理解したうえで神官となることを決めたか。……あるいは儀式をぶち壊して姉を連れ出そうと考えたかの、いずれかでしょう?」

「オスカさんは儀式を邪魔するかもと聞いて、止めないんですか?」

「『やめろ』と言うことはできるし、必要なら拘束することも可能です。ですが、自分が命じられた内容は『弟君の傍に付け』と『必要に応じて色々教えろ』の二点ですから。それに、仮にリク様が儀式を妨害するにしても、一体どうやって? 魔力も特殊な能力もないはずの異世界の若者に、一体何ができるのか。実に興味深いですからね」


 できるものならやってみろ。

 そう上から言われているようで、陸は一瞬ムッとした。しかし今の彼には反論の言葉が思いつかない。国王からも「言葉にするだけなら貧しい子どもにだってできる」と似た趣旨を言われた。

 美祢に「呪いを終わらせるために手を貸して」と言われたから神殿に来たものの、正直何をしたらいいのか分からない。今の陸はいわば、ノープランで敵地に乗り込んだ愚か者だ。言葉の壁に阻まれた経験もある彼には、所謂『主人公補正』というものがあるとも思えない。


「……今更なんですが、オスカさんの専門分野って何ですか?」

「改めて聞かれるとなかなか答えにくいものですね」


 オスカは苦笑すると思案し始めた。アクララン語や一般教養、アクララン王国史の概要についてはヤン・ノベから叩き込まれている。神殿に関する最低限の知識についても、王宮から神殿までの道中にルカスからあらかたレクチャーを受けた。


「まずは、過去の聖女様や聖女の儀式についてご説明した方が良さそうですね。記録に残っている事柄であれば、大抵のことならお教えできると思います。ただ、先ほどの質問のように記録が残っていない事柄はお答えしかねますが」

「何で記録が残っていないんです?」

「それはその昔、この大文殿が燃えて多くの史料が失われたからです」


 更に質問を重ねようと陸が口を開きかけた時、ふと不思議な音がした。金属製の空間の中で雫が垂れるような、ふくらみのある甲高い音だ。水琴窟というものを陸が知っていたら、それを想起していただろう。

 忌々しそうにオスカが吐き捨てる。


「……今日は来ないと思っていたのに」

「これ、何の音ですか?」

「自分がこの部屋にいる時に誰かが大文殿を訪れると、コボルトたちがあのような音で知らせてくれます」


 オスカは億劫そうに立ち上がると、両手で顔を撫でおろした。途端に火傷痕が痛々しい顔に変化する。先ほど「化粧やマスクのようなもの」と本人が言っていたが、確かに特殊メイクが一瞬で行われたかのような変化だ。髪も根元から毛先に向けて両手で撫でつけると、赤毛に白いメッシュが入った髪色に変わった。


「大神官が三人いるのはご存じですか? 彼らにはそれぞれ七人の大神官補佐いて、その中から必ず一人ずつ神殿大文殿に配属されます。大文殿は古文書の管理保存を行う旧館と、最近の書物を扱う新館に分かれていて、これから紹介するのはその新館の担当者たちです。

 普段あまり関りはないですが、とりあえず名前だけは覚えておいてください」


 再びフードを目深に被ったオスカと並び、先ほどの道順を逆に辿って出入り口のある空間に到着すると、そこには大小の白いローブ姿がいた。


「オスカ殿、探したぞ!」

「そうですよ、どこにいたのです?」


 二人の大神官補佐は口元をハンカチーフで覆いながら足早に近づいてきた。途中で本を抱えていたコボルトを三人蹴り飛ばしたが気にもしない。


「ベルチャラーン殿、ポランニー殿。今日はどうされました?」

「つれないことを言うな、聖女様の弟君に挨拶にきたんだ。して、そちらが噂の……ん? なんだ、ついに貴官も美童を持つ気になったか? 美童にするには、少々趣味がアレだが」

「オスカ殿、彼は? 『黒髪黒目の美青年』と噂の弟君はどこです?」

「口を慎んでください、お二人とも。この方がその弟君です」


 一瞬の沈黙の後、二人の絶叫が響いた。会ってから十秒もしないうちに、彼らがどういうタイプの人間か察した陸は、顔が「スン……」とチベットスナギツネ状態になる。

 ギャーギャー喚く彼らにコボルトたちが迷惑そうな視線を向けているので、一度この場から出ようと提案すると、二つの白いローブは我先にと小さな扉を目指した。今度は二人のコボルトたちとぶつかっていた。


「先ほどは大変失礼しました。改めて、聖女様の弟君にご挨拶申し上げます。自分はベルチャラーン。老大神官バポネルの補佐をしております」

「ポランニーです。大神官フェアに付いております。謹んでお詫び申し上げます」


 二重構造の扉の外で、大小二つの白ローブが両手を組んで、それを掲げるような形で頭を下げた。陸もいつものように応じる。腹のあたりに手を当て、左足を軽く後ろに引いて腰を下げるアレだ。

 思わず「ニイハオ」とアテレコしたくなる動作をした彼らは、大きい方がベルチャラーン、小さい方がポランニーと名乗った。彼らも陸が黒髪黒目の持ち主だと聞いていたらしく、最近になって容姿が変わったのだと説明すると大袈裟に嘆いていた。

 あらかじめ神殿の事情を聞いていなければ、彼らが悲嘆に暮れる理由が分からなかっただろう。陸は感情のない両目で二人を眺めた。


 不意にベルチャラーンがフードを払い落とした。現れたのは厚めの唇と大きな鼻が目立つ角刈りの男だった。いかにも体育会系のがっしりとした体形で、道着を着せたら様になりそうだ。体格に合った野太い声で、ポランニーやオスカより年上に思われる。

 そんな彼が上から覗き込むように陸の顔を観察した。


「うぅむ。やはり何度見ても平凡な色の瞳だな……」

「ベルチャラーン殿、何度見ても変わりませんよ」


 小柄なポランニーが陸の頭に手を伸ばそうとしているのを見て、オスカがその手を止めた。


「ポランニー殿。ご自分の立場をお忘れですか? 気安く触れていい相手ではありませんよ」

「ついつい気になってしまって」

「またやったらフェア大神官に報告します」


 オスカの脅しに「それだけは勘弁してくれ」とポランニーが必死になった。さすがに、少しちょっかいを出したくらいで上司に告げ口されるのは困るらしい。

 さりげなく陸を背後に隠しつつ、オスカはベルチャラーンとポランニーに頭を下げた。


「とにかくお二人とも、主たる大神官様より弟君がこの神殿大文殿で恙なく業務に励まれるよう仰せつかっております。お二人にもそのような話があったかと」

「あぁ、バポネル大神官からも聞いたとも。だが、弟君が配属されたのは旧館だろう? 我々は貴官よりここの業務に慣れていない。最も仕事に精通している貴官に任せた方が安心だ」

「そうそう、我々はせめて弟君の身の回りのお世話をお手伝いしようと思っていたのだけれど、それもどうやらオスカ殿に任せた方が良さそうですしね」


 言いたいことだけ言うと、二人はそそくさと立ち去っていった。神殿大文殿前の空間に耳が痛くなるほどの静寂が広がる。


「……オスカさん」

「何でしょう、リク様」

「あの二人、 “チャランポラン”って呼んでもいいですか?」


 聞きなれない単語に首を傾げるオスカを見上げて、陸はその意味を口にした。


「俺の世界の言葉で、『いい加減で無責任』という意味です。何ですか? あれ」


 陸のネーミングセンスに男は盛大に噴き出した。拳で口元を抑えてはいるが、なかなか笑いが止まらない。“精霊電話”に引き続き、どうやらこれも気に入ったようだ。


「リク様は、新しい名前を付けるのが本当にお得意なのですね。チャランポラン……なるほどね。一応、神官としては優秀な部類なのですが」

「オスカ」


 急に声を掛けられて振り向くと、そこには眼鏡のコボルトがいた。その手には少し前までオスカが持っていたはずの書類が握られている。陸が周囲を囲むコボルトたちに気を取られている間に、書類の受け渡しがあったらしい。

 ノッガーとオスカはまた陸には理解不能な言語でやり取りをすると、書類が再びオスカの手に渡り、ノッガーは小さな扉から大文殿内に戻っていく。


「リク様。あと半刻もすれば夕食の時間ですし、自分はこれを新館に納めにおかなければなりません。ついでに少しご案内しましょう」


 陸はオスカに連れられて、神殿大文殿の新館、倉庫群、食堂や浴場など一部の施設を案内された。他にも鍛錬場や研究室、温室、畑などもあるという。個別には『大礼拝堂』とも呼ばれる華美な巨大な建造物を含めたそこは、ある意味小さな村だ。


 最初に神殿勤めを思いついた時には、もっと明るく清浄なイメージだった。

 しかし、実際はだいぶ違った。

 石造りの建物の大半は築何百年と古く、全体的に陰鬱とした空気が漂っている。明るく華やかな雰囲気の王宮とはまるで違った。もしもアクララン王国での生活がこの場所でスタートしていたら、と思うと言い知れぬ寒気が背中を走る。


 陸の神殿勤めに関して、美祢の言葉が「来るな」から「来い」に百八十度変わったことが心に引っ掛からないわけではない。

 いろいろ不安な情報も見聞きして、我が身の危険を感じ不安に思わなかったわけでもない。

 他にも、自分のものとは思えない感情の変化に振り回されて、訳が分からなくなったこともあった。


 それでもやはり、美祢は陸にとって『特別な人』であることに相違ないのだ。

 何度も思考を巡らせても、最終的には行きつく答えは一つだった。


 美祢を死なせたくない。何故なら、彼女が大好きだから。


 手をこまねいて美祢が死ぬ日を迎える気なんてさらさらなかった。

 何としてでも彼女が生き残る方法を見つけ出す。

 自分に何ができるのか。

 どうすれば、美祢が巻き込まれた呪いを終わらせることができるのか。


 その手掛かりを得るために、陸はこの場所に来たのだと背筋を伸ばした。




 こうして、陸の神殿での新しい生活が始まった。


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