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41 ※改稿しました

 明らかにファンタジー世界にしか存在しない生物が、その手に多くの本を抱え、あちこち移動していた。本を棚に戻す者。傷がないか確認しているのか虫眼鏡で観察している者。高い脚立に上って目録を確認している者。実に様々だ。

 陸が目視した限りで二十ほどの生物が働いていた。


「あれは?」

「彼らはコボルト、山の精霊です。コルボルトとも呼ばれます。『鉱山のいたずら小僧』、『気まぐれに家事を手伝い食糧庫を荒らす者』、『ゴブリンの従兄弟』……彼らをよく知らない者からはそんな風に言われがちですが、働き者で口が堅い、いい連中です。それに正直者だ」


 炎の精霊もいる世界だ。当然他の精霊たちもいるだろう。だが実際に目の当たりにすると、何度でも驚愕するしかない。


「やっぱり、異世界なんだなぁ……」


 ため息とともにそんな独り言が零れる。

 二人組の白いローブがコボルトたちの間を縫って歩くと、前方から眼鏡をかけた老コボルトがやってきた。実に気難しそうな顔をしている。陸は国王の隣にいつも控えている宰相の顔を連想した。

 老コボルトは、見た目に反してキーキー声で話し始めた。


「オスカ、それは誰だ?」

「ノッガー。前に話しただろう、リク様だ」


 案内役の神官の名前を聞いて驚く陸をよそに、彼らは不可思議な言語で話し始めた。恐らく精霊たちの言葉なのだろう。そうこうしている間にいつの間にか周囲は大勢のコボルトたちに囲まれていた。初めて見る陸を指差しながら、ひそひそと何やら噂している。

 これまた居心地の悪さを感じる。


「リク様、もう少し奥に行きましょう。入り口付近は特に空気が悪い場所なのです」


 鼻をローブの袖で押さえたままの陸を促して、オスカと呼ばれた神官は先に進んだ。右に左にと何度か角を曲がると、小さな扉が目の前に現れた。扉を開けると、中は小奇麗な個室だった。丸テーブルを挟んで、二つの肘掛椅子が向かい合っている。壁には本棚が備え付けられ、黒い背表紙の本が大量に詰め込まれていた。よく見れば茶器が一式、本の間に納まっている。


「ここには誰も来ません。楽にしてください」


 陸に椅子を勧めながら、男がフードを払いのけると赤と白が入り混じったロングウルフヘアが現れた。特徴的な髪色で縁取られたその顔には、目を引く大きな火傷痕の他にも戦いで受けたような傷が残り、他人を遠ざけそうな風貌をしている。唯一、新緑色の瞳が明るく輝いていた。


「やはりその見た目にして正解でした」

「え?」

「昨日の話です」

「あの……えっと? オスカ、さん? ですか?」

「お疑いのようですね」


 初めて見るオスカの姿に、思わず疑問形になる。オスカを自称するには声が違うではないかといぶかしむ陸に、オスカは中途半端に開いたままだった扉を閉めた。鍵も掛ける。

 パチンと指を鳴らすとオスカの姿がぐにゃりと変形し、陸はあんぐりと口を開けた。


「こちらは本当の姿です。まぁ、これも疑っていただいても構いませんよ。ここでは疑うことが大切ですから」


 近衛隊隊長リンゲンとそっくりな男が顔を緩める。違いは目元の黒子がないことと、艶やかな黒髪が少し長いくらいか。髪を切り服装を変えたらきっと見分けがつかないだろう。

 それほどまでに瓜二つだ。


 誰もが振り返る美貌なのに、何故それを隠す魔法を施しているのか。問おうとしかけた陸は、神殿における男色文化を思い出して「あっ」と声を上げた。つい最近、ルカスから説明を受けたばかりではないか。オスカも陸が事情を知っていると分かると、それが日常的に見た目を偽っている理由の一つだと肯定した。

 閉鎖的な環境では、見た目が整っている者は性的対象として見られがちだ。そしてまた、見た目が思うほど整っていなかったとしても、希少な外見をしていたらそれだけで十分な価値がある。美しさか、物珍しさか、と言うわけだ。


「誤解のないようお伝えしておきますが、自分は男色の趣味はありませんので」


 妙に緊張している若者に配慮してか。自分の恋愛対象について言及するオスカに、陸は申し訳ない気分になる。今回の件で陸を手助けしてくれた恩人に、申し訳ないことをしてしまった。

 彼は第二王子ルカスがディードするのを許すほどに信頼している人間だ。そして何より、今まで精霊電話を通じていろいろ教えてくれた、もう一人の師でもある。

 陸が非礼を詫びると、オスカは気にするなと本棚から茶器を引っ張り出した。


「急に断世の儀を行うと言い出したのは、弟君は貴族ではないのを口実に、王宮から持参した品々を没収するついでに見て楽しもうとしたのでしょう。リク様はこの世界では珍しい黒目黒髪の持ち主ですから」


 それがオスカの見立てだ。

 自分が単純に好色の視線に晒されるだけでなく、王宮の人々から貰った品物まで没収されるところだったと理解した陸は、全身を駆け抜ける嫌悪感に身を強張らせた。その強欲さに吐き気がする。


「不快に思われるでしょうが、元々断世の儀は神殿に危険物を持ち込ませないために始まった儀礼なのです。貴族は身元照会ができるので省略されますが、平民や難民が神殿に入る場合はどういった人物なのか不明なので」

「でも、ルカス様は神の祝福を受ける英雄に因んでいると」

「多くの者はそう信じていますが、実際には後付けされた理由です。古文書にはそんな記載はありません」


 バッサリ切り捨てられた陸は唖然とした。

 しかも全裸で行われるようになったのは約二十年前からで、その時の断世の儀で危険物が発見されたために条件が厳しくなったという。次回ルカスに会った時にでも訂正しておいた方が良さそうだ。

 因みにオスカはまだ下着の着用が認められている時に通過したらしい。リンゲン家と繋がりがあるはずなのに何故平民扱いで神殿に入ったのか訳を問うても、答えてもらえなかった。


「いずれフード付きのローブが与えられるでしょう。それまでは今の見た目を維持してください。あのデブ……ゴホンッ、大神官が完全に諦めるまではさほど時間が掛からないでしょうが、大体ひと月……念のため二月がいいでしょう」

「分かりました」

「それから、ここでの生活に慣れるまでは、基本的に一日中自分と一緒に行動していただきます。ただ、自分は上の神殿の当番もありますので、十二日と二十三日の前後一日ずつがお一人で行動していただくことになります」


 十二日と二十三日の前後一日ずつというと、十一日から十三日と、二十二日から二十四日の期間になる。

 つまり、彼が不在になるまでの十日ほどの間に、陸は宿舎棟から神殿大文殿までの道順を覚えなければならない、ということだ。

 オスカが淹れてくれた不思議な香りのお茶を啜りながら、陸は肘掛椅子の上で脱力した。とんでもない場所に来てしまったものだと、改めて思う。


「今の段階で何かご質問は?」

「あの、えっと……リンゲン卿とは兄弟ですか?」

「フフッ、同じ質問をするとはさすが師弟ですね」


 異母兄弟なのだとオスカは答えた。同じ日の同じ時間帯に生まれたから、どちらが兄で弟かははっきりしない。嫡出子と非嫡出子という違いはあるが、幼い時には双子のように一緒に過ごしていたという。


「リンゲン家との繋がりを隠す、それも魔法で顔を偽る理由です。他には?」

「日常的に魔法を使っていて大丈夫なんですか?」

「自分の場合には、例えるなら化粧や仮面と同じです。顔の造りを大きく変えているわけではないので、消費魔力量も大した話ではありません。印象を変える程度なら物にも付与できるような魔法です。確かリク様もそういった小物を使った経験があるのでは?」

「そう言えば、昨年末に王都のお祭りでそんなの使いました」


 オスカは頷いた。


「でもヤン先生から聞いたことがあるんですが、魔法に精通した人は分かるんじゃ?」

「ここには火や土の精霊がいますから、これくらいの簡便な術なら彼らの魔力に紛れてしまいます。それに、自分も一応は『魔法に精通している神官兼魔術師』ですので、自分が顔を変えていることは、血族でない限り他の神官たちには見破れないでしょうね」


 言外に「神殿内で一番優れている魔術師は自分だ」と言ってのける。

 若くして組織の中枢メンバーの一人として名を連ね、しかも魔術師としてもトップなんて、どれだけ勝ち組なんだ。陸が憧憬と嫉妬の入り混じった感情をそのまま伝えると、オスカは意外そうな顔をした。

 曰く、神殿での生活は、貴族か平民かでスタート地点が分かれるが、あとは完全実力主義だそうだ。そこに年齢は一切関係ない。能力があると判断されれば次々上に行けるし、その逆もある。


 陸がオスカを「若い」と表現したので、年齢の話にもなった。そのうち三十歳を迎えるオスカは、自分を若いとは思っていなかったのだ。

 実はアクララン王国では、平均寿命が大体五十歳前後で、六十を過ぎれば長生き扱いされる。食糧事情や衛生環境の問題、新生児の生存率の低さ。更には戦争や飢饉、混沌の被害などと、複数の要因が絡み合った結果だ。

 他の国も大体同じようなもので、長生きしてもせいぜい六十歳くらいだそうだ。陸が元いた世界のように平均寿命は八十歳だとか、たまに百歳越えする老人がいるとか、まずない。


「リク様のいた世界では、そんなに長い期間人々は働き、神様に祈りを捧げるのですか?」

「いや、働く人もいますけど、祈りを捧げるというかは人によるかと。俺がいた場所は、科学とか医学が進んでいましたから」

「人が長寿を謳歌できるのが科学や医学のお陰ならば、ケチャ・ラン国が真っ先に実現しそうですね。……実現したとしても、自分は八十年も神官生活を送れる自信はありませんが」


 少し話は逸れたが、陸は神殿内で魔法が使えない、あるいは使ってはいけない場所はないのかも訊ねた。日常的に魔法で見た目をごまかしていても、強制的に魔法解除されるようなエリアがあったら困るのではないか。そう考えたのだ。


「基本的に神殿の敷地内は魔法が使えます。むしろ、そうでないと参拝者たちを転落事故から救えませんし、上の神殿に物資も送れませんからね。

 唯一、魔法が使えない場所があるとしたら、リク様も行ったことがある場所ですよ。――上の神殿内にある、聖女の間です」


 一度しか行ったことはないが、その場所の記憶は強く陸の中に残っていた。

 天井から垂れ下がる無数の白い布。天蓋付きの寝台。すっかり見た目の変わった姉の姿。

 忘れるわけがない。


「どうして、使えないんですか?」

「リク様がヤン・ノベ様からどこまで聞いているか分かりませんが……少し、魔法に関して簡単な講義をしましょうか」


 オスカは何もない空間からホワイトボードのような板を引っ張り出すと、そこに指でいくつかの図形を描いた。


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