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40 ※改稿しました

 王宮にいる間、近衛隊の騎士たちはじめ、比較的顔立ちの整った人々に囲まれてきた陸は、その強烈な見た目に一瞬雷に撃たれたかと思った。

 こいつぁ相当ヤバい奴だ。

 陸は固唾を飲んで相手の行動を見守った。


「いやはや、第二王子ルカス様をお待たせして大変申し訳ない」


 申し訳ないと言いつつ、全く悪びれる様子の見えない大神官は応接室のソファーに直行した。座るとギィッっと家具が大きく軋む。


「またお会いできて嬉しいですよ、ルカス様。ところで聖女様の弟君はどちらに?」

「この方ですよ、ゼヴェリウス様」


 丸坊主でオレンジの目をした若者を示されて大神官の顔が一瞬呆けると、次第に汚らしいものを見るような目つきになっていく。

 そのあからさまな変化に、さすがに陸も気分を害した。


「ルカス様、またまたご冗談を。黒髪黒目の少年だと伺っていたのですが?」

「冗談ではありません、大神官様。本当にこの方が弟君です。一番目の月に神殿に参拝した折、聖女様の奇跡が起きたというお話はしましたね?」


 正確には、陸がアクラランでの言葉を理解するようになったのは昨年の秋の大収穫祭の最中だが、公式的には一番目の月の神殿参拝時ということになっていた。


「どうやらその時の祝福の影響で、肉体的にも奇跡が起きたようなのです。黒い御髪は抜け、その瞳も黒目から色が変わっていきました。恐らくこのような変化が現れたのは『この世界により馴染みやすいように』という神ウリテルのお導きだったのでしょう」

「しかし、それでは、その、黒髪黒目は……?」

「元のお姿に戻るかは分かりません。ですが、聖女様の奇跡が時間差で顕在化することなど、珍しいことではありませんよね」

「そんな報告は受けておりませんぞ!」

「リク様の身に奇跡が起きたことは報告済みのはずです。それに、このお顔立ちがこの大陸のものであるとお考えですか?」

「うぅむ……ですが、しかし」


 急に知らない話が始まって、陸は隣の人物を凝視した。

 ルカスは握ったままだった若者の手を優しく撫でると、陸の膝の上に戻してポンポンと軽く叩く。任せてとでも言うようだ。


「大神官様、リク様をお引き渡しする署名を交わす前に少しお話しできますか? 個人的なお話がありますので」

「ルカス様がそれをお望みなら喜んで。人を減らしましょうか?」

「いえ、できれば二人きりで」

「ほぅ! 二人きり、ですとな」


 先ほどまで歩くのもやっとだったゼヴェリウスはいそいそと立ち上がると、「こちらにどうぞ」と浮かれた様子で応接室を出て行った。

 ルカスは応接室を出る前に近衛隊隊長にそっと何かを耳打ちした。リンゲンはそれを聞いて顔を歪めて言い返そうとしたが、その唇に手袋に包まれた指が押し当てられ黙ってしまった。


「リク様、わたしは少し大神官様とお話してきますね。ここで少しお待ちください」


 程なくして二人は戻ってきた。

 出ていく前より明らかに上機嫌になった大神官は応接室に戻るなり、『断世の儀』の撤回を声高に宣言した。直ちにその宣言は他二人の大神官たちに伝えられることとなり、大神官補佐の一人が応接室から駆け出していった。

 ルカスはと言えば、凍てつくような冷気を纏って応接室に戻ってきたのだが、心配した陸が声を掛けると一瞬で霧散した。一体どんな話をしたのかは分からないが、衆人環視の中で陸に素っ裸で歩かせないために何かしたことには間違いない。もう一度醜悪な大神官に視線を向けると、その胸元には青い花が見せつけるように飾られていた。ルカスのヤグルマギクだ。

 一体何をしたのかと、聞き出したくてもこの場では言葉が出てこない。


 すでに国王の署名がなされた二部の書類に大神官の署名が加わると、証人としてルカスもペンを走らせる。書類が偽造できないように複雑な文様の判子で割り印し、最後に大神官とルカスが紙に手をかざして呪文を詠唱した。


 ――我、神の聖なる御名においてここに偽り無き誓約をする者也――


 判子の上に光る菱形の魔法陣が出現し、クルクル回りながら判子に吸い込まれるように消えていった。いくつもの偽装防止対策が施されると、書類はそれぞれの代表が丁寧に回収する。引き渡しの儀はほんの五分くらいで終わった。


「リク様」


 引き渡しの儀が滞りなく終わってにわかにざわつく応接室をよそに、ルカスがソファーに座り直しながら陸に声を掛けてきた。


「これでリク様を神殿に引き渡す工程は終わりです。どうか元気でお過ごしくださいね」

「次の神殿参拝の時に会えますか?」

「えぇ。上の神殿にお参りする前に立ち寄るようにします」


 先ほどのように陸の手を握ろうと浮いた片手が、少し迷って元の位置に戻った。


「別れの握手をしたいのですが、先ほど部屋を移った時に手袋が汚れてしまって」

「そんなの俺は気にしないのに」

「わたしが嫌なのですよ。リク様まで汚れてしまいそうで」


 場の空気が完全に解散を告げていた。


「弟君をご案内せよ」


 ゼヴェリウスの一言に、大神官補佐達が動き出す。やけに愛想の良さそうな白いローブが最初に陸の元にやってきたが、別の神官がやってきて二言三言言葉を交わすとそそくさと引き下がった。

 陸の引率を引き受けた大神官補佐は背の高い大柄の男だった。その手には大事そうに丸められた書類が握られている。先ほどゼヴェリウスとルカスが署名した誓約書だ。彼が陸の傍に立った時、フードの隙間からちらりとその顔が見えた。左頬には目立つ大きな火傷の痕があり、引き攣れた皮膚が痛々しい。時々咳き込んでいる。


 陸はルカスやリンゲンたちに別れを告げると、応接室を後にする。最後に振り返ると、ルカスがたおやかに手を振っていた。


「まずは部屋に案内します。それからリク様が配属される部署にも行きます」


 陸の前を歩く男は、やけに耳障りな掠れ声だった。まだ名前も知らないその白ローブの男に「オスカという名の大神官補佐を知っているか」と聞けば、少し黙った後にすぐに会えると教えてくれた。


 一度建物の外に出て、主神殿の真後ろに立つ宿舎棟に向かう。それは三階建てのシンプルな石造りの建物だった。壁には何も装飾も施されていない。唯一、窓には鳥や動物といった意匠があしらわれた鉄格子が嵌まっている。見た目は綺麗なのに、まるで刑務所のような雰囲気があった。


「現在、あの宿舎棟では約百五十名の神官たちが寝食を共にしています」


 掠れ声の神官が宿舎棟を指し示しながら言った。

 下の神殿は信者には広く開かれているという割にはその人数は少ない。さらに、神官の総数は約五百人程度で、ほとんどの者はアクララン各地に配属され、そこで聖職者としての務めに励んでいるのだという。


 神殿には、大神官から神官見習いまで七つの階層がある。

 しかし『聖女様の弟君』という特殊な存在である陸の場合には、そのどれにも当てはまらない。激しい議論の末、どの階層にも振り分けないことにしたのだ。しかし彼の身柄を管理する観点から、大神官補佐と同列に扱われることになった。組織とは何ともややこしいものだ。

 普通の新入りであれば神官見習いとして、二十人が入る大部屋で雑魚寝し仕事に励むのだが、陸の場合には個室が与えられた。個室が与えられるのは上級神官以上のみというのでかなりの好待遇だ。


 王宮でも神殿でも特別待遇されることに、陸は上級国民になった気分だった。だが、貴族だとか平民だとか、明確な身分制度が撤廃された世界に生まれたためだろうか。あまりにも特別に扱われることに、何か返礼しなければいけない感じがして、妙な居心地の悪さもある。

 幸いにも、国王たちは陸を利用するまではしなかった。神殿の内偵調査に協力してくれと言われたりもしたが、それよりも陸が無事に過ごせることを願って、家族のように送り出してくれた。

 しかし大神官はどうだろうか? いや、何かとんでもない見返りを求めてきそうだ。先ほど会ったばかりの禿げ頭を思い出して、陸は気を引き締める。


 宿舎棟に入ると中は涼しかった。分厚い石の壁が外部の熱を遮断しているらしい。冷たい風が直接陸の頭皮を撫でた。気温や湿気を感じる肌の面積が増えて、陸は頭髪がいかに頭部を守ってくれていたかを思い知る。

 ただ剃っただけなのに、ちょっと心配になった。

 なるべく早く、再会したいものだ。


 階段を上り、廊下をいくつか進んだ先にあった陸の部屋は質素であった。昨夜過ごした王族の別荘の部屋と同じような造りだ。大きな違いがあるとすれば空の本棚の存在だろうか。

 ベッドの上には支給品の着替えが畳んで置かれていた。麻のシャツとズボン。それから皮サンダル。その他に白地のローブが置かれていた。広げてみるとフードはなく、襟や袖口に金色のラインが入っている。『聖女様の弟君』特別仕様のデザインらしい。


「今日はそれを身に着けてください」


 ローブを頭から被り具合を確かめると、今度は陸の職場に向かった。

 また外に出て別の棟に移り、いくつもの廊下を進んで階段を下りていく。まるで迷路だ。道順を記憶しようと難しい顔をする陸に、案内役の神官は「暫くは道案内が付くから、一度で覚える必要はない」と手を振った。

 神殿大文殿に到着するまでの道中、ローブの色が異なる数人の神官たちとすれ違ったのだが、彼らは陸たちの姿を見ると慌てて地面に膝をついて頭を垂れた。王宮ではそんな反応をされたことがなかったから、非常に気まずい。もしかして、これから毎日こんな風に扱われるのだろうかと思うと、初日からうんざりしてしまう。


「こちらが、神殿大文殿の入り口です」


 二十分ほど歩き続けて、ようやく高さ四メートルくらいはある大きく古めかしい木製の扉の前に辿り着いた。こんなに大きな扉をどうやって開けるのかと陸が見上げていると、案内役の神官は大扉の一角に切り開けられた小さな扉をちょいちょいと指で指し示した。


「ここから入ってください」

「……え?」


 何のためにこの大扉は作られたのだろうか?


 二重構造になっている入り口を抜けると、薄暗い中は古い書籍と埃と土っぽい臭いが充満していた。塊のような空気に息が詰まり、鼻元をローブの袖で押さえる。掠れ声の原因はこれかもしれないと思うくらいの埃臭さだ。


 目が慣れてくると、もうもうと立ち込める埃の中にはいくつもの影がうごめいているのが分かった。他の神官たちだろうかと目を凝らす。

 それは小さな人影だった。身長は一メートルあるかないか。尖った両耳は長く伸び、頭に乗せたとんがり帽子の影と合わさると、三本の角が生えているように見える。大きな鷲鼻が皺の寄った顔の中心で目立っていた。大きめの頭とは対照的に、体は細く痩せていた。茶色の枕カバーに穴をあけただけのようなみすぼらしい服装で、そこから細い腕や足の先端にある体の部位は不釣り合いに大きい。


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