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39 ※改稿しました

 オスカはそれらを丁寧にバッグの中に詰め、またローブの中に隠した。一見するとランタンや短剣を隠し持っているとは分からない。

 陸はふと疑問に思った。


「えっと、オスカ様?」

「『聖女様の弟君』に『様』と呼ばれるのは畏れ多いです、呼び捨てでも構いません」


 さすがに、年上相手に呼び捨てするのは陸にはハードルが高い。

 結局、無難に「さん」付けで呼ぶことにした。


「オスカさんは身体検査を受けないのですか?」

「必要ありません。白ローブは大神官補佐の証ですから、通常はそのまま通されます。仮に何か聞かれてもコレを見せれば、例外なくフリーパスです」


 首元から小さなメダルを取り出した。数匹の蛇が絡み合ったメドゥーサのようなデザインのそれは、主たる大神官に関わる者の証だという。

 白いローブと蛇のメダルを持つ神官は数百人いる神官の中でも七人しかいない。上司である主たる大神官の任期が終了するまでは、その威光は他の大神官たちに引けを取らないそうだ。主たる大神官が交代すると、蛇のメダルは新しい主たる大神官に仕える大神官補佐たちに引き継がれる。

 期限付きではあるが、つまり神殿の中枢機関の中でも特別な一団と言うわけだ。以前ネットニュースで読んだ「なんちゃらセブン」というキーワードを彷彿とさせる。


「ところで、リク様は配属予定の部署をご存じですか?」

「『神殿大文殿』だと聞いています」

「良かった。そこは変更されていませんから、その点はご安心ください」


 神殿大文殿とは神殿内にある図書館だ。地下にある施設で、神殿や聖女にまつわるあらゆる記録を管理保管している。記録の閲覧は大神官とその補佐に限られ、一般には公開されていない。王族でさえも滅多に閲覧ができず、全体が禁書庫扱いだ。

 七つの国を渡り歩いてきたヤンも、陸がそこに配属されると知って羨ましがっていた。


「とりあえず、今できることはこれくらいでしょうか。最大の懸念事項は解決しました。リク様の見た目が変わったことは『聖女様が起こした奇跡によるもの』とでも言えばいいでしょう。他にも何か困ったことがあれば『神ウリテルのお導き』とすれば大抵のことは逃げられます。……っと、そろそろ戻らなければ」


 大神官補佐の言葉の端々には何やら投げやりなニュアンスがあった。どうやら神殿内部の人間にもいろいろな考え方をする者がいるようだ。


 改めて身支度を確認したオスカは、リンゲンに握手を求めた。


「明後日の立会人はハンネルゲーテ大神官補佐の予定だ。水浴びする時には同行してくれ。第二王子様の世話を色々焼きたがるかもしれないが全部断っていい。何なら浴室から追い出せ。あと、部屋の配置に変更はないが念のため共有しておく。薬箱の中身の一覧も。怪我をしたら好きに使え」

「分かった」


 二人は暫く無言で握手を続けると、不意にリンゲンの方から「もう十分だ」と手を離した。手を振り払われた方は気にすることなく、今度はルカスの方を向いた。


「ルカス様、明日の署名式でお姿拝見します。先ほどの通り、明後日はどうかリンゲン卿と共に浴室に入ってください。春ですが冷えにはお気をつけて」

「ありがとう。もう次の当番の日は決まっているの?」

「十二日か二十三日でしたら、上でお会いできます」

「うん、分かった。じゃぁその頃に」


 ルカスが右手を差し出すと、オスカがそれを取りフード越しに己の額に当てる。仰々しい作法が山ほど存在するアクラランの中でも、「ディード」と呼ばれるその挨拶は親しい者同士で行われる。例えば、身分の高い家族の間で。あるいは主と特に親しい従者の間で。立場が上の者が下の者にディードすることを許して初めて成立する挨拶だ。

 陸はヤンに改めて感謝した。

 作法を学ばなければ、彼らがどれだけ親しいか分からなかっただろう。同時に、国王から神殿に関する話を聞いていなければ、彼らがディードすることに対して疑問を抱くこともなかったはずだ。


「リク様も、明日またお会いしましょう」


 黒いマントに身を包んだ男はそう言い残して、日が完全に落ち鬱蒼とした漆黒が広がる樹海へと、足早に消えていった。



 翌日の正午には、陸は壮麗な下の神殿の前にいた。

 身に着けていた薄手のマントに手をかけながら目の前の建物を仰ぎ見る。


 建てるのに一体何百年かかったのだろうかと思うくらいに巨大な建造物だ。王家の別荘からもたくさんの彫刻が施されているのが見えたが、近くで見てみると生きているかのような精緻な細工に、口があんぐりと開いてしまう。

 王宮の植物園にも「魂が込められた彫刻」と呼べる作品があったが、壁面に所狭しと並ぶモチーフにもまた作り手の魂が込められていた。

 特に神殿のファサードの装飾は元の世界のあった教会を彷彿とさせる。まだ完成すらしていない世界遺産だ。

 この世界にも同じように文化財を後世にも保管しようという団体がいたら、間違いなく登録遺産の第一号は『上下の神殿』あるいは『ウリテルの寝台と二つの神殿』というタイトルになるだろう。


 大きく開かれた正面扉から入るのかと思っていたが、白と若草色のローブを身に着けた二人の神官が現れ、建物の左側にあるやや小さめの建物へと案内された。

 小さめのとはいえ、中は百人単位のミサが行えそうな広さがある。左右に一定間隔で並ぶ柱は二重螺旋を描くように天井に向かって伸びていた。柱と柱の間を繋ぐ壁には、建国伝説の勇者・アクラランの活躍が絵物語になっている。恐ろしい形相の蛮人たち、真っ黒く塗りつぶされた邪な存在、ライオンのような猛獣、その他多くの『悪』と戦う英雄の雄姿が両側の壁に、生き生きと色彩豊かに描写されている。その中には、山ほどの巨大なドラゴンとの戦う姿も描かれていた。


 陸が両側に広がるアクラランの戦いの物語に目を奪われていると、そっとルカスが耳打ちした。


「リク様、正面をご覧ください。神ウリテル様から祝福を受けるアクラランの図が描かれています」


 建物の奥、祭壇の後ろの壁には、柔らかく両手を広げた神ウリテルとほぼ裸体のアクラランの姿があった。王宮で見た彫像のように片膝をつき、神の手を掴もうとしている。


「あの絵に因んで『断世の儀』は行われるのです」

「なるほど」


 陸たちを先導する二つのローブは祭壇横の小さな扉をくぐり、更に二つの個室を抜けて、金と赤色を基調にした応接室に通された。

 俗悪趣味。成金趣味。

 通された応接室はそんな言葉がぴったりなやけにギラギラした空間だった。神様にお仕えする神官たちが使う場所というよりは、成り上がったばかりの拝金主義者が金に物言わせて作ったような部屋にしか見えない。


「こちらで大神官様をお待ちください。お召し物を掛ける際はこちらの掛け台をお使いください」


 案内してきた二人の神官たちは機械的な動きで頭を下げると出ていった。

 応接室には陸、第二王子、そして武装解除したリンゲンと三人の騎士たちが残された。リンゲンは彼らに部屋の安全を確認させると、第二王子のマントを受け取ってソファーに促す。上品なデザインのチュニックに身を包んだルカスが腰掛けると、ギラギラした成金趣味の真ん中で本物の気品が際立った。


「リク様もお座りなさい」


 隣に来るように誘われて、陸は場違いに思いながら腰を下ろした。リンゲンはソファーの後ろに、三人の騎士たちはそれぞれ入り口以外の三面の壁を背にして立つ。

 隣で体を強張らせている陸の手を、ルカスが握った。


「……怖いのですか?」

「え?」

「実は、わたしもです」


 どう見ても恐怖を感じているようには見えないルカスの顔に、今日は目を保護するための面布はない。さすがに公式的な場面であの宝石がチラチラ揺れては光る装身具は憚られたようだ。代わりに、薄青色の鉢巻きのような帯が目元に巻かれていた。

 彼が着ているのは目元の帯と同じ色のチュニックで、引きずって歩くほどに丈が長い。その上には金色の細かい刺繍が施された背中まで覆うエプロンのような白い布を被り、腰には金色の腰紐を締めている。ほっそりとした両手は、これまた金色の刺繍が施された白手袋に包まれていた。

 いつもと同じなのは丁寧に編み込まれた長い髪と、項あたりに添えられたヤグルマギクくらいだ。

 対して陸は神殿参拝者の制服に身を包んでいた。シンプルなシャツにズボン、編み上げタイプの皮サンダルという、雪が舞う季節にはとても寒々しかった格好だ。さすがに五番目の月ともなると快適だった。リンゲンも三人の騎士たちも同じ格好だ。


「疑っていますね? 気配で分かりますよ」


 ルカスは含み笑う。


「四年ほど前にネフィウスを南の海賊退治に送り出したのを思い出すのです。『危ない場所に行かせたくない』とか『どうか無事で帰ってきて』とか、いろいろと不安で怖くて。……この期に及んで、あの時と同じように女々しいことばかり考えてしまいます」

「殿下……」

「だからリク様、せめてわたしがこの場でできる最後の協力をさせてください」


 それはどういう意味かと問おうとしたところで、突然応接室の扉が開いた。ずかずかと数人の神官たちが入ってくる。室内の人数は倍になったが、この中で一番立場が上なのは誰かとは聞かなくても一目で分かった。


 金色の服を着た肉樽が歩いている。


 それが陸の第一印象だった。

 横幅が人の二倍、いや三倍はある中年の禿げ頭の男が肉樽の正体だった。脂肪が付き過ぎて首が体にめり込んでいる。漫画でしか見ないような肥満体が、二足歩行しているのだ。

 体を動かすたびに大神官の衣装がはち切れそうにシワが寄った。両手には大きすぎて悪趣味な宝石がいくつも嵌められている。少し動くだけでもだらだらと汗が吹き出し、ふぅふぅと息が切れ、実に醜い。

 陸には医学的な知識などないが、メディアで頻繁に取り上げられる単語ならいくつか知っている。体脂肪率やBMI値なんて五十パーセント越え確実だろうし、血糖値やコレステロールもとんでもない数値を叩き出すに違いない。


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