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38 ※改稿しました

 他の話題は何かないかと陸が視線を彷徨わせていると、馬車の揺れに合わせてキラリキラリと光るものが目についた。ルカスの面布についた重しの宝石だ。そう言えば初めて会った時から、彼は顔をヴェールで隠している。


「あの、ルカス様。その顔の布ですが……」

「やはり気になりますか?」


 ぎこちなく肯定する陸に、ルカスはふっと笑顔を浮かべた。


「御覧の通りわたしは目が見えません。完全にと言うわけではないのですが、生まれつき、太陽の柔らかな日差しどころかロウソクの火にも耐えられないくらい弱いのです。その上、些細なことでもすぐに炎症も起こしてしまいます。ですから、幼い時から目を守るため、こうして包帯などで目隠しをしていました。

 面布を付けるようになったのは数年前、この植物がアクラランに持ち込まれてからです」


 ルカスは首を傾げて、項のあたりを彩っている青い花を示した。持ち込まれてから数年で彼のシンボルとなったヤグルマギクである。


「この花を知ってからは、目の炎症を抑えるため花の抽出液を含ませたガーゼを目に当てています。乾いたら、包帯の上からまた抽出液を垂らすのです。ただ、どうしても普通の目隠しだと液が染みて目立ってしまうので、目立たない方法を色々試した結果、面布をするようになりました。

 慣れない時は煩わしくも感じていましたが、いざという時に表情を隠せて便利なんですよ」


 ルカスはヴェールについている宝石を指で弾いた。顔を下に向けたり首を傾げたりすると、ヴェールが顔全体を覆ったり、宝石がキラキラと反射して見る側の気が逸れる。彼がヴェールを外すのは湯浴みする時と寝る時くらいで、あとはずっと顔を隠しているという。

 日常生活については、周囲の音や臭い、それからモノの配置などが分かれば大抵のことは一人で対応できるが、慣れない環境にいる時には大抵付添いの者に誘導してもらうことが多い。

 陸にはどうにも不便に思えるが、目が見えないこそ開かれる世界もあるのだと、ルカスはまた笑った。


 その後も、彼らは神殿とは関係のない四方山話に花を咲かせ、途中休憩を挟みながら着実に目的地へと進んでいった。

 夕方も遅い時間、陸たちが王族のための別荘に到着すると、困った様子の使用人の一人が近衛隊隊長を呼びに来た。どうやら馬車が到着する直前、裏口に来客があったらしい。


「来客? 誰だ?」

「それが名乗っていただけません。マントで顔を隠していて、『リンゲン卿を呼んでほしい』の一点張りなのです」


 不審に思ったリンゲンが裏口に向かうと、やがて怪しげなマントの人物を連れて戻ってきた。


「第二王子様にご挨拶申し上げます。リク様もお元気そうで何よりです」


 深々と頭を下げるマントから聞こえてきた声はオスカのものだった。白いローブに黒いマントを重ねて着ているのは人目を避けるためだろうか。

 この訪問は事前に連絡していなかったようで、ルカスは驚きつつも個室に案内した。人払いした部屋の中でも、オスカは大きすぎるフードを取ろうとしない。


「大神官補佐、急にどうしたのです? リク様は明日神殿に行くのですよ?」

「突然お邪魔して誠に申し訳ありません。神殿側で予定の変更があったので急ぎご連絡に上がりました」

「予定の変更? こちらに連絡もなく?」


 普段は穏やかなルカスの声に、僅かに冷たいものが混ざる。

 神殿側が王家に断りもなく予定を変更したことが酷く気に障ったらしい。


 当初の予定では、正午前後に陸を連れて下の神殿に向かい、『引き渡しの儀』なる署名式が行われ、陸は完全に神殿の管理下に置かれるはずだった。しかし、この引き渡しの儀の後に別の工程が追加されたという。それは『断世だんせの儀』という、俗世間のしがらみを全て解き放ち身も心も神殿に捧げるための儀式だ。特に平民や難民の若者たちに行われる特別な儀式らしい。

 オスカによれば、神殿での奉仕を希望する平民たちは、服も所有物も全て神殿の外に捨て、生まれたままの姿で神殿に入り、そこで大神官たちに神官見習いとして受け入れられる。


「リク様を平民や難民と同等と判断されたのですか?!」


 初めて声を荒げたルカスに、陸はのけ反って驚いた。

 普段穏やかな人ほど、一度怒ると怖いのだ。国王が陸に「ルカスには内緒で頼む」と手を合わせた気持ちがよく分かった。


「誰ですか? 誰がそのような決定をしたのですか?!」

「それは」

「いや、いい……愚問でした。分かり切ったことですね」


 苛立ちも露わに、第二王子は人差し指で顎のあたりをトントンと小刻みに叩く。相当苛ついているらしい。顔の大半が布で隠されていても、立ち上る怒りの炎が見える。


「……あの話をうやむやにしたからって、こんなことするなんて……」


 陸は息を潜めてその場を見守った。自分自身に関わることだが、今は口出ししない方がよさそうだ。

 昔は何度か銭湯に行ったこともあるし、上の神殿でもむさ苦しい水浴び場で洗礼を受けている。男同士なのだから裸を見られるくらい大したことはない……とどっしり構えたいところだが、神殿の内部事情を聞かされたためか、なかなかそうもいかない。

 ホモ……いや、同性愛者もいる神官たちの前を丸裸になって歩かされるというのだ。想像するだけでも全身に鳥肌が立つ。


 部屋の入口に立ち、廊下を気にしていたリンゲンが低く唸った。


「……何か対策はないのか?」

「あるにはある。リク様の髪と目をどうにかするんだ。この際だから黒目黒髪じゃなきゃ何でもいい。とにかくリク様を必要以上に目立たせないことが肝心だからな。とりあえず、目の色を変える点眼薬は持ってきた。多少痛みを伴うが、数日間はオレンジ色になる」

「安全なのか?」

「勿論、実証済みだ」


 目薬の効果や安全性について確認し合う彼らは、やはり旧知の仲なのだろう。

 突然、オスカが陸の方をぐるりと振り向き近付いてきた。上背があるから迫力がある。

 アクラランでは黒髪黒目が珍しいと知っているかと聞かれて、陸は首を縦に振った。ルカス主催のお茶会でも、そんな話をしていた。

 ならば話は早いとオスカは小さな小瓶を差し出す。


「リク様、これを。薬をさした瞬間は痛みが走りますが毒ではありません。数日で元の目の色に戻ります。ご安心ください」


 陸が思わずルカスとリンゲンに視線をやると、しっかりとした頷きが返ってきた。その首肯を信じて目に一滴薬を垂らすと、強烈な感覚に襲われた。メントール配合の目薬をさしたときのような、目玉が熱くなるようなスース―するような。

 強い清涼感に思わず顔を顰めるが、やがて慣れた。

 薬は即効性で、鏡を見せてもらうとそこには黒髪にオレンジ色の陸が映っていた。


「大丈夫ですか?」

「あ、はい。もう慣れました」

「では今度は髪ですね。最善なのは、髪を落とすことなのですが」


 剃髪の勧めにルカスが悲鳴を上げた。


「駄目! 絶対駄目です!」

「ですがルカス様」

「このケット・シーのような御髪を無くすなんて! リク様もお嫌でしょう?」


 ルカスに縋られて、陸も一瞬頷きかける。念のため剃髪以外の選択肢も確かめると、染髪剤を仕入れて色を変えるか、あるいは酸を使って脱色する方法があるという。三つ目の方法は即時却下された。


「髪を染めるとしたら、染髪剤を仕入れる必要がありますが、この辺りに取り扱っている薬屋がおりませんし、別の町で買い求めるにしても明日の引き渡しの儀に間に合うかどうか……。ここの使用人で染髪剤を持っている誰かはいますか?」

「ルド、誰か心当たりいる?」

「さぁ。私もここには滅多に来ないので、誰が髪色を変えているかまでは」


 さてどうしようかと話し合う三人に、陸はあっけらかんと申し出た。


「これから暑くなるだろうし、別に頭丸めてもいいかなって思うんですが。染めるより手っ取り早いみたいだし」

「リク様?!」

「よろしいのですか?」


 よろしいも何も、それが最善策だと言っていたのはオスカだ。

 内部の人間が言うことだから従って損はないだろう。


 髪を剃る。

 ただそれだけの事なのにルカスはへにゃへにゃと力なく椅子に座り込んでしまった。そこまでショックを受けるほど黒髪は貴重なのだろうが、その持ち主は陸だ。


「はい、剃ります」


 方針が決まると、さっそくリンゲンが小刀と髭剃り道具を持ってきた。慣れた手つきで陸の体に汚れ除けのケープを巻き、小刀で大まかに髪の毛をカットする。ある程度短くなったら今度は小刀を髭剃りカミソリに持ち替えて滑らかな肌にした。


「……意外と上手いもんだな」

「第三騎士団にいる時に覚えた」

「ふぅん」


 髪の毛を剃られている間、大人しく目を瞑っていた陸の背後で、オスカとリンゲンがぼそぼそとそんな会話をしていた。


 最後に保湿クリームを塗って綺麗なスキンヘッドが出来上がると、しょんぼりと萎れたルカスがその頭に両手を伸ばした。ひたひたと肌に吸い付くような陸の頭を撫でては、残念そうにため息を吐く。


「……ケット・シーのように柔らかい御髪だったのに」


 薄毛の家系ではない陸の髪などまた伸びてくるというのに、彼の猫っ毛に未練たらたらである。しかしスキンヘッドの感触に関しては、それはそれで気に入ったらしく、撫でるのをなかなかやめなかった。


「あとですね」


 少し場の空気が和むと、オスカはローブの下から小さなバッグを取り出した。

 まだ何かあるのかとルカスが陸を腕の中に抱き込んだ。これ以上陸に何をする気だと警戒する第二王子に、ローブ男の雰囲気が淀む。

 陸を手助けしようとしているだけなのに、少々可哀想だ。


「……リク様、『断世の儀』を通過する際には、外界のものを持ち込めません。俗世のものは全て神殿の外に置いてくることになっています。なので、何か大切な物があれば出してください。自分が内密に持ち込みます」


 陸にとって大切な物と言えば、ヤンやルカスたちから誕生日に贈られた品々だ。王宮から出る時に持参した品物をテーブルの上に並べる。炎の精霊たちからもらった消えないランタン。短剣。ボールペンはベルトの定位置に納まっている。


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