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37 ※改稿しました

 神殿側の準備に時間が掛かったために、陸が『ウリテルの寝台』に向かう馬車に乗ることができたのは、五番目の月も終わりかけの頃だった。


 時間は正午近く。王宮から神殿に向かって出発する若者を見送るために集まったのは、彼の世話に関わった者たち二十名ほど。国王夫妻をはじめ、ダレス宰相、毎朝部屋に来ていた侍従集団、食事時に料理を取り分けた使用人、護衛の騎士たち。そして老魔術師ヤン・ノベ。

 陸は言葉を交わす頻度の低かった使用人たちにも、一人ひとりに声を掛けた。名前を知らない者も多くいたが、それでも彼らは涙ぐみながら陸との別れを惜しんでくれていた。

 護衛の騎士たちとは敬礼し合った。彼らとは護衛以外でも、王宮内を案内してもらったり剣の練習相手になってもらったりと、なんだかんだ交流が多かったので、友情の意味も込めて拳同士をぶつけて笑った。

 ダレス宰相は国王の後ろにぴったりと控えていたので、直接お礼の言葉を伝えることはできなかったが、国王夫妻に対して今までの厚意に感謝の言葉を述べる時に、併せて教師をつけてくれたことに触れた。

 それから陸は、小さな老婆と向き合った。摺り足歩行で二、三歩距離を詰めてくるヤンを前に、初めて会った時のように腰を落とした。枯れ枝のようなその手を両手で握りしめ、その茶色く小さな瞳をしっかり見据える。


「ヤン・ノベ先生、今までありがとうございました」

「リク殿も何卒お達者で」


 国王陛下や宰相がいるからか、いつもはもっと軽い口調なのに、今日は厳めしい顔で古めかしい口調だ。

 でも陸には分かっていた。本当は悲しいのを堪えているのだ。


 彼女に教えを乞うようになってから一年も経っていないのに、もう何年も一緒にいたような気がする。陸にとって、ヤンはもう一人の育てのおばあちゃんだ。山野辺のおばあちゃんとヤン・ノベ。彼女たちは時に優しく時に厳しく、陸を育て、導いてくれた。

 そのまま手を離すのが嫌で、陸は小さな老婆の肩を抱いた。腕の中でぴょんぴょん跳ねて嫌がる老婆に頭をこすり付けた。


「ヤン先生、俺、先生からいろいろ教えてもらって本当に良かったです。アミシュとカバネにも宜しく伝えてください」

「そんなことは直接自分で言え!」


 すっかりいつもの口調に戻ってしまった老婆は何とか教え子の腕の中から逃げ出すと、両手を口にあてがった。中に息が吹き込まれ光の粒子が人の形を作り出す。

 現れたアミシュとカバネはそれぞれ男の子と女の子の姿をしていた。双子の炎の精霊たちも陸としっかり抱き合うと、その頭に光の粉を振りかけた。

 道中の無事を祈るささやかなおまじないだと、目元を拭うヤンが説明した。


「リク様、そろそろいいですか?」


 王家の紋章が掲げられた青と白の馬車の前から声がかかった。

 この日のために第二王子ルカスは、この年三度目の神殿への参拝の日程を少し早めていた。その近くには護衛として同行するリンゲンが立っている。

 最後に国王から別れの抱擁を受けると、陸はルカスと共に馬車に乗り込んだ。扉の窓を開けて上半身を乗り出す。


「今までお世話になりました! 本当にありがとうございました!」

「リク様、お元気で! お風邪など召されませんよう!」

「よく食べ、よく寝て、お体には気を付けてくださいねー!」

「またいつか剣の練習ができるのを楽しみにしてますよー!」


 代わる代わる陸との別れを惜しむ人々に、一生懸命手を振った。何やら子どもを心配するような声が多いが、それはこの世界の人から見た陸が幼く見えるからだろう。


 ガタンッ、と馬車が揺れて静かに動き出す。

 馬車が向きを変え、身を乗り出していた窓から人々の姿が見えなくなると、慌てて反対側にへばりついて彼らの姿が見えないかと目を凝らした。

 だんだんと遠く小さくなる王宮を見つめていると、たった今出てきたばかりだというのに、もう恋しい。願わくは、もう一度あの場所に戻ってみたい。たった一年程しかいなかったというのに、かけがえのない実家のような気分だ。

 やがて完全に王宮が見えなくなると、陸は心の中で別れを告げて窓から離れた。


 今回の移動では通常半日で進むところ、一泊二日かけて神殿に向かう予定になっていた。

 王都周辺の町に寄り道しながら神殿での奉仕が始まったら、大神官たちの許可を得ない限り他の土地に行くことはできない。その前に王宮以外の場所を見るのはどうかと宰相が提案したからだ。

 人生初の馬車移動では散々な思いをしたが、今回の移動で多少遠回りをしても苦痛に感じないのは、さすがは王族の馬車といったところか。大きな石や穴にあたった時でも、電車がレールの連結部分を通過する程度の振動にしか感じなかった。


 神殿までの道中、陸はルカスから神殿に関する事前情報のレクチャーを受けることになっていた。

 王都を出て宿泊先のブルームの町に到着するまでは、神殿の概要とその構成、上下の神殿の違いに関する説明があった。さすがに数百人もの神官たちが所属する大規模な組織だけあって、大神官から神官見習いまでの七階層に振り分けられた人々は様々な部署に振り分けられ、そこでの務めに勤しんでいるという。因みに、陸はいわゆる「図書館の司書」のような仕事が与えられるらしい。

 一夜明けた午前中にはブルームの町中を散策した。ブルームは王都周辺で最も花栽培が盛んな町で、陸たちが訪れた朝市にも色とりどりの花々が並べられ、陸たちの目と鼻を楽しませた。

 昼食も済ませてから馬車に乗り乗り込むと、前日に引き続きルカスは神殿について説明し始めた。今度は神殿での生活に関する内容だった。


 神官たちの一日の過ごし方、年間のスケジュール、神殿独自の風習。

 神に仕える神殿は基本的に閉鎖的な場所だ。異世界から来た陸が神殿での生活に困らないよう、最低限抑えておくべき知識をルカスは一つずつ挙げていった。神官生活のリアルな情報に初めて触れた陸は我が耳を疑った。

 下の神殿内では、神官同士の恋愛があるという。


「……神官はホモなんですか?」


 以前、美祢が「上の神殿に仕えるのはは女性だけ、下の神殿には男性だけ」という話をしていた。元の世界でいうところの、女人禁制の寺社仏閣のようなイメージだ。


 そのイメージはあながち間違いではない。

 実際、神殿に仕える神官たちは、家族や子孫といったしがらみを考えずに信仰心を高めるため、女性との関係を断たなければならなかった。神官の身では結婚もできない。

 だからと言って、厳しい戒律の中にある彼らに性欲がないわけではない。それならば女性との関りを持たなければいいのだと、神官同士がお互いの原始的な欲求を解消する習慣が根付いたのは、当然の成り行きと言える。


「リク様、その単語は我が国では強い表現なので、『同性愛者』と言い換えていただけます? あと念のため断っておきますが、神官の方々全員、というわけではありませんからね? そこは人それぞれです。神官の大多数は神に全てを捧げている方々ばかりですし、女性が好きでも神官としての務めを選択した者もいます。それに、神官でなくとも同性を好きになる者もありますし。

 リク様の反応から察するに、もしかして、リク様の世界では同性間の恋愛は禁じられていたのですか?」

「いえ、そう言うわけではないですが……」


 陸が元いた世界でも、恋愛は自由だった。様々なメディアで多種多様なセクシュアリティについて取り上げられていたし、『LGBTQ』というキーワードトレンドの上位に並んでいることもあった。なんなら結婚ができる国や地域だってある。

 陸も「世の中にはそういう人たちがいる」とは以前から知っていた。

 それでも、彼の中には「同性愛者は別の世界の人」というぼんやりとした感覚があり、周囲はみんな男女で惹かれ合うものだと考えていた。

 それは陸の身の回りには、『当事者』と呼ばれる人たちがいなかったかもしれない。

 いや、実際は身近にいて、『陸が』知らなかっただけかもしれない。


 いずれにしても、違和感があるというか。嫌悪感があるというか。

 同性愛に対する陸の拒否反応を感じ取ったルカスは、困ったように笑みを浮かべた。


「そうですねぇ……、ご自分に馴染みがなければ、そういう反応をするのも分からなくはないですが。特にこれから住まわれる環境の話ですから、心配に思われるのも無理ありません。ですが、彼らにも好みというものがありますし……」

「……ルカス様は、そういうの、何とも思わないんですか?」

「いいえ、全く。相手の気持ちを受け入れるか否かは別問題として、わたしは人が人を愛し慈しむのは素敵なことだと思っています。愛の形は人によりますからね。……ただ、様々な理由で社会から容認されないケースもありますが。

 いずれにしても、彼らは神の使用人です。実際に神官たちと関わってから判断されるのも遅くないと思いますよ」


 陸はそれ以上触れないことにした。

 これ以上神殿に関して突っ込んだ質問をしたら、国王に「ルカスの内偵調査に手を貸してやってくれ」と頼まれたのだとうっかり口を滑らせてしまいかねない。今ここで食いつくよりも、神殿に入ってから怪しげな情報を入手し、それを伝える形でルカスに協力を申し出る方が自然なはず。

 自ら墓穴を掘るような真似は、国王とサシで話した時だけで十分だ。


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