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36 ※改稿しました

 強大な権力やそれを行使して得られる利益は、しばしば人を強欲にさせる。

 実際、金と権力に目が眩んだ神官たちが、王国全体の主導権を握ろうと画策した時代もあったという。信仰心の高みを目指して日々務めに明け暮れるはずの神官たちの蛮行は、人心を乱しかねないと秘匿されてきた。


「残念ながら、近年もなかなか欲深な神官たちが主要な立場を占めている。神殿だけの話ではないが、閉鎖的な組織というものは腐敗しやすいものだ」


 国王によれば、一部の神官たちが『聖女様がなかなか見つからないのは、王家をはじめ人々の信仰心が薄れているからだ』と世論の不安を煽り、更なる浄財を要求した。英雄の子孫として体面を保つために最低限の要求を飲み続けても、神官たちの要求は増すばかり。

 とうとう我慢の限界を超えた国王が、元の水準に戻すという書簡を神殿に送りつけた途端、ついに聖女召喚の儀が成功した。


「残念ながら、神官たちの面目を潰した喜びに浸る間もなく新たな問題に直面したが、今はこうして美味い紅茶を飲めているからそれでいい」


 二人の間に、また暫しの沈黙が横たわった。


「……あの、神殿に行ったら、俺はどんな扱いを受けると思いますか?」

「全ての神官たちにとって聖女の存在はどうしても特別だ。さすがの大神官たちも、当代の身内であれば無下には扱わないだろう。心穏やかに祈りの日々を送ってもらわねばならないからな。だが、代替わりしたら分からん」

「そういう話を先に聞いていたら、絶対に神殿を選択肢に入れていませんでした」

「考え直すか?」


 からかうような一言に、陸は首を横に振った。

 聞けば聞くほど恐ろしい話だが、自分でも不思議に思うくらい決意が揺らがない。美祢に「神殿で待っている」と言われた以上、陸にはそれ以外の選択肢はないのだ。

 それに今更反故にするにも、国王や宰相の手を大いに煩わせてしまうはず。散々世話になっておいて、これ以上彼らの迷惑にはなりたくなかった。


「君が本気なのはよく分かった。もう行くなとは言わないから、せめていくつか忠告だけはさせてくれ。

 まず、近くにいるからといって姉君の所に頻繁に行けるとは期待しないことだ。先ほど見せた書類に書かれている通り、予定配属先は地下にある大書庫で、上の神殿ではない。大神官たちは君をなるべく人前に出さないようにするだろう。月に一度会えるか会えないかくらいに考えておくがいい。

 それから、君が神殿に入れば嫌なものを見たり、聞いたりするかもしれない。惑わされるな。あちらの事情をよく知らないことを良いことに『聖女様の弟君』という肩書を都合よく利用しようとするかもしれん。特に三人の大神官やその周辺の者たちは絶対に信用してはならない」


 右手で指折り数えながらあれやこれやと述べる国王の姿に、陸は無性に嬉しくなった。誰かに心配してもらえることのありがたさを知ったのは、アクララン王国に来てからだ。

 だが、指の屈伸運動が二往復目に入りかけたので、さすがに止めた。陸の身柄が神殿の支配下に置かれれば国王さえも簡単に手出しできないためか、思いつく懸念事項はいくらでもあるらしい。


 不意に、そんな怪しげな場所にルカスが通っていて大丈夫なのかと疑問が浮かんだ。

 他人である陸にさえ、言葉を尽くして引き留めようとするのだから、成人していようが実子なら余計に関わらせたくないはず。

 そんな陸の素朴な質問に、国王は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。


「神殿参拝の件で先ほど『こちらにも都合がある』と言ったが、アレが年に何度も神殿に通う理由は、王族の一人として、神に祈りを捧げるためだけではない。アレは温厚従順をそのまま具現化したような見た目をしているくせになかなかの頑固者で、『神殿の大掃除は自分が取り組む』と言ってこちらの意見など聞きもしない。……本当は別の者を行かせたいところだが、今やアレが一番の適任者になってしまった」

「そんな話、俺にしても大丈夫なんですか?」

「リク殿だから話しているのだ。むしろ、君には異世界召喚者ならではの視点でアレに手を貸してやってほしい。

 それに、神殿が金や権力といった世俗的なしがらみから解放され、『神聖な祈りの場』という本来の状態になれば、少なくとも陸が存命の間は安全に過ごせるようになるはずだ」


 ただし父親からの頼みであることは内密にしてほしいと手を合わされた。

 普段優しい人ほど怒ると怖いというから、そういう事なのかもしれない。


 場の雰囲気に流されるわけではないが、本当に包み隠さず話す国王を前にして、陸も伝えておくべきか迷っていたことを打ち明けようと決めた。美祢が神殿で陸を待っている理由だ。

 国家の根幹に関わる重要な儀式を『呪い』と表現してもいいのか逡巡したが、夕焼け色の双眸が優しく細められたので、思わず背筋を伸ばした。


「……なるほど、『呪いを終わらせるから手を貸せ』と」

「はい」

「私の前でそんなことを馬鹿正直に言うとは……。その意味を君は理解しているのか? 我が国にとって大切な儀式を、妨害すると宣言しているに等しいのだぞ?」


 ねっとりと地を這うような声音に、やはり他の言い方にすべきだったと後悔する。

 大体、「呪いを終わらせる=聖女の心臓を神に捧げる儀式を妨害する」とは考えてもいなかった。何か呪具のようなものを破壊するとか、何かの魔法陣を書き換えて世界平和を実現するとか、そういうレベルのことだと思い込んでいた。

 陸が下を向きながら硬直していると、噛み殺せなかった笑いが部屋中に響いた。


「ハハハッ! 君も存外愚か者だったのだな、リク殿。惚れた女のために命を賭けるというわけか。夫人が好みそうな物語に出てくる気障な騎士みたいではないか。私は嫌いじゃないぞ。

 言うだけなら不問にしよう。言葉にするだけなら、農夫や貧民の子どもにだってできる。……気でも狂ったかと鼻で笑われて、蔑まれて終いだがな」


 褒めているのか貶されているのか、よく分からない。というか、国王様も恋愛小説みたいな物語を読むのか。あと『惚れた女』というキーワードも引っかかる。

 百面相を披露する陸に、国王はまた大笑いすると、目元に浮かんだ涙を拭いながら頭を振った。


「……いや、愚か者だったのは私の方か。愚かで小心者で、覚悟も足らず、真に守りたいものさえ守れなかった」


 国王は小さく自嘲すると、徐に立ち上がった。いつも座った姿しか見ていなかったから、案外長身で陸は驚いた。


「リク殿、一つ頼みがある。どうか息子のように抱かせてほしい。出立の時にも抱擁することになるだろうが、コレは私個人としての願いだ。……頼めるか?」


 以前、陸は美祢から聞いたことがある。国王はすなわち国家だ。数える時には「一人」であるが、その意味するところは国王個人ではない。

 常に国を意識して行動しなければならない男の願い事に、陸がおずおずと頷いた。大きく広げられた腕の中に迎え入れられ、恐る恐る背中に腕を回す。案外着痩せするタイプなのか、指先しか重ならなかった。


「……俺、父親とこういう事したことないです」

「なら、今この場だけ『父上』と呼んでくれても構わないぞ」


 これが抱擁の手本だと言わんばかりに、陸の体が締め付けられる。

 息苦しさを感じながらも、悪い気分はしなかった。


「頼むから来年の聖女の儀式までは無事に過ごしてくれ」

「はい」

「それから本当に儀式をぶち壊すつもりなら、事前に予告はしてほしい」

「止めないんですか?」

「それはできる見込みが立ってから言ってくれ」


 大きな手が陸の黒髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。頭を振って抵抗しながら、陸は初めて父親という存在からの愛情というものを感じた。

 新しい世界で得た、もう一人の父親の存在は力強く頼もしく、陸に「あぁ、いつかこういう存在になりたいな」と思わせる。


「……今まで本当にお世話になりました、『お父さん』」


 陸の中で凝り固まっていたネガティブな「父親像」が、ほんの少しほぐれたような気がした。


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