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35 ※改稿しました

 室内が二人だけになると国王は身を乗り出し、ローテーブルの上に置かれた書類を大きな手で脇に寄せた。陸が持っていた書類もその上に適当に放り投げる。


「やはりパダレがいると空気がピリピリするな。『真面目にしろ』という圧が煩い。リク殿は茶が好きかね? 美味い紅茶があるのだ。もう畏まらなくていい、君も楽にしなさい」


 言いながらパチリと指を鳴らすと、空いたスペースにティーセットが出現した。

 急に「そなた」から「君」に呼称が変わって陸がぽかんとしている間に、慣れた手つきで紅茶が注がれる。先日催された、小さなお茶会で振る舞われたのと同じ香りだった。


「中途半端に隠してもいずれ分かることだから、いっそ腹を割って話そう。

 もしも、君が何も知らないのであれば、神殿行きの話は何としても潰すつもりだった。『わざわざ奉仕せずとも、姉に会いたいのならルカスの参拝に付いていけばいい』とか言って、それからあそこがいかに清浄と程遠いかうんざりするほど聞かせて、別の道を進ませようと思っていた。

 正直なところ、今こうしている間にも、リク殿を引き留めたくて仕方ない。一生困らないだけの金品と護衛を与えて安全な旅に出すか、一代貴族として領地に封じるか、あるいは王都の商人として起業を支援するか。……いずれにせよ、私は君の姉君に『聖女の弟』の生活を保障すると約束していた。それくらいしか、私にはできないからな」

「あのぅ、国王様?」

「どうやって知り得たかはこの際聞かないでおくが、君が『聖女の真の責務』について既知であることはこちらも把握している」


 何もかも見透かしてしまいそうな視線に、陸は居心地の悪さを感じつつも肯定した。

 元の世界では実父とまともに会話したことがなかったから、今の状況が妙に現実離れして感じられる。

 国王はと言えば、両手でティーカップを弄んでいた。しっかりと前を見据えつつ、言葉を探しているようだった。


「だが、知った上で神殿での奉仕を望む君を止める資格は私にはない。何せ、この私が君を人質に『国のために死んでくれ』と姉君に迫ったのだ。……リク殿、私を憎いと思うかね?」

「憎いとか、恨むとかいう感情はありません。それに、国王様に対してそういう感情を向けても、何も変わりませんよね?」


 果たしてどう説明したらよいものかと陸は視線を彷徨わせた。


「姉に言われたんです。『これは昔からの呪いだから、国王様を恨まないで』って。それから『神殿で待っている』とも」

「ミネ殿が? いつ?」

「俺が部屋に引き籠っている時です」


 神殿にいるはずの彼女が陸の部屋に現れたというのは、後になって思えばおかしい話だが、夢か現実かはこの際どうでも良かった。

 金髪美人に祝福される夢を見た後に、アクラランの言葉を理解できるようになったのもある。この世界には、魔法が存在するのだ。不可思議なことが起きてもおかしくはない。


「――あの時の俺はまだ、この国とか国王様に対して、どうこう考えていませんでした。どっちかって言うと、『聖女は死ななきゃいけない』っていう話を受け入れるので精いっぱいだったし。あとは、例え俺のためだったとしても、何も言ってくれなかった美祢に対しても思う所があったし。そんな美祢が置かれた状況を知りもせず、能天気な話ばかりして姉貴を傷付けていた自分自身に対する怒りとか情けなさとかで、頭がぐちゃぐちゃでした」


 どうして。何で。そんな言葉ばかりが頭の中を駆け巡り、自責の念に堪えられなかった思考回路がブラックアウトした。


「……もしも、俺の前に姉貴が現れなかったら、今度は俺たちを巻き込んだ国王様たちに対して怒りが爆発しているか、自分の殻に閉じこもって鬱みたいになっていたかもしれません」

「では、君は姉君に言われたから、我々への悪感情を抑え込んでいるというのか?」

「抑え込んでいるっていうか、そもそもそういう感情が湧いてこないんです。おかしいと思われるかもしれませんが、俺にとってはそれだけ、姉貴の言葉は割と影響力が強いというか……」


 紅茶を飲んで喉を潤す。


「もしかしたら姉貴からも話を聞いているかもしれませんが、うちはいわゆる家庭崩壊の状態で、俺がガキの時には姉と近所のおばあさんに面倒を看てくれていたんです。だから、俺にとって姉貴はただの姉と弟の関係だけじゃなくて、母親みたいな存在なんです。それが理由なのか、俺は妙に姉貴を無視できなくて……」

「うん? 姉と弟。親代わり。……本当にそれだけか?」


 探るような物言いに、陸はぎくりとした。

 国家が本気を出したら隠し事などできないらしい。


「……あの、俺たちについて、国王陛下は他にどんな報告を受けていますか?」

「全てではないが、君が思うよりも多くを知っているだろうな」

「例えばどんな?」

「例えば? ……そうだな、『傍目から見ていると、君たち姉弟はただの家族と言うよりは、まるで恋人のようだった』とか?」


 いきなり特大のネタを披露されて、陸は顔を両手で覆って撃沈した。

 一時感情が大暴走していたとはいえ、己のシスコンっぷりが国王様にまで伝わっていたなんて、いったい何の罰だ。何度も深呼吸して心を落ち着かせると、陸は冷めかけのお茶を一気に飲み干した。


「えぇっと……その、ほら! いきなり知らない所に連れてこられて、しかも言葉が通じなくて困ってる時に、話しが通じる相手が傍にいたら頼ってしまう、的なことじゃないかと!」

「リク殿、無理に誤魔化そうとしなくていい。上の神殿での出来事もヤン・ノベから報告を受けている」


 再び撃沈する。

 若者が突っ伏している間に新しい茶葉に変えると、国王は腕を組んだ。


「君が私や我が国に対して悪感情を持っていないというのはよく分かった。だからこそもう一度聞くが、本当に神殿に行くつもりなのか?」

「逆に聞きたいんですけど、何でそこまで俺を引き留めようとするんです? こっちの世界の人たちはみんな信仰心が篤いって聞いていましたけど、国王陛下は違うんですか?」


 一瞬、場の空気が固まる。

 国王は「ここだけの話にしてほしいのだが」と念を押した。


「私が祈り首を垂れる相手は神ウリテルであって、神殿やそこに仕える神官たちではない。

 神ウリテルにお仕えする神殿に浄財を納めるのは、その祝福を受けたアクラランの子孫としての義務だからであって、神官たちを特別に尊敬しているわけではないのだ。祈るにしても、どこにいても心の中で感謝申し述べれば十分と思っているし。実際、私は前回の儀式で王太子に選ばれてからは一度もあそこに行ったことがない。

 ましてや、今の神殿には老獪な聖職者たちが巣食っている」


 そんな場所に陸一人行かせるのは不安でしかないと、何やら急に不穏な話題になる。

 更に先を促すと、国王は大きく息を吐いた。


「実は、王家と神殿の関係は良好ではない。ここ数年は、特に」


 王家と神殿。この二つの勢力はアクララン王国の歴史が始まった時点で、既に対等のような関係にあったとされている。王家は人世。神殿は信仰。それぞれの領域に君臨することでバランスを保ってきた。

 政教分離の原則下で生まれ育った陸にはどうにも馴染みにくいが、それくらい両者は切っても切れない関係なのだ。老魔術師の講義でもそのようなことを言っていた。

 それに、第二王子が年に六度も通っているというから、てっきり両者は関係良好なのだと思っていたのだ。

 建国当初はアクララン王国も今ほど大国ではなかったので、両者でいざこざがあっても大した話ではなかったのかもしれない。だが、時代を重ね国力を増すにつれ、行使できる権力も大きく強くなっていった。


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