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『英雄の血を引く者が導く国』


 そのフレーズは仲間を鼓舞し、敵を怯ませるには十分過ぎた。アクララン王国の兵士たちは獅子奮迅の活躍を続け、現在の領土を手中に収めた。次々に敵を下し、領土を拡大していった過去の戦士たちに、陸は古代の大帝国を連想した。

 さほど大きくない国が大陸の約四割の領地を占める大国になるまでに、アクララン王国は十四の国々と戦い、二十一の部族と和解してきた。戦いを終え領土全体の統一を完了させると、王国全土を第一から第七までの地域に分割した。


 現在、各地域には貴族の子息たちで構成された騎士団が配備されている。第一から第七までの騎士団は平時には警察や簡易的な裁判官の役割も担い、有事の時には兵団を従えて戦場に繰り出す。

 兵団とは平民たちで構成された軍隊だ。アクラランには徴兵制度があり、全ての男子には最低二年の兵役が課される。二年の役務が終われば元の生活に戻れるが、ひとたび戦争が起きればアクラランの男たちは鍬や鎌を剣や槍に持ち替えることができた。


 長く王家が続けばいろいろあるもので、これまでに五度の大きな反乱の記録が残っている。全て聖女不在のタイミングで起きていた。

 そのうち三度は国王に対する抗議の反乱だ。一つは色欲に溺れた愚王に対して。または強制的な税金の取り立てをする徴税王に対して。あるいは、国民のために国費を出さない吝嗇王に対して。あとの二度は権力に目がくらんだ愚か者たちによる王家への挑戦だった。

 過去の反省から、反乱を起こしにくいように、貴族で構成される騎士団には他地域出身者が一定数混ざるように構成されていた。名目は「地域間の結束を図るため」である。

 最後の反乱は約四百年前だ。以来、国内においては細かい権力争いはあるものの、比較的安定している。

 特に国民たちから『賢秀王』のあだ名をつけられるほど慕われているクレイオス=アレクサンドル・アクラランの治世においては、例え長期にわたる聖女不在でも、反乱など考えられなかった。


「アクラランの歴史についてざっと説明するとこんなところだ。何か質問は?」

「……今の王様って何代目ですか?」

「なんだ、知らなかったのか。今のクレイオス様で丁度五十代目だ」

「へぇ」


 折角だからと、ヤンはここで少しだけ自国の歴史を挟み込むことにした。

 エティスは謎多き魔術師の国である。他国の戦場で名声を得た天才魔術師は多少なりといるのだが、エティスの国としては戦争の歴史がとにかくない。いつの時代も息を潜めるようにこっそり生活を営んできた。恐らく女王が治める国だからだろう。エティスは基本的に女系国家だ。

 千年前の動乱で揺れる大陸で、数少ない魔術師たちは早々に切り裂き山脈の中へと避難した。エティスは現在ある七つの国の中で最も長期間その支配面積を変えずにいる。彼らは領土拡大を求めなかったし、周辺国家は切り裂き山脈で魔術師相手に戦争を仕掛ける十分な手段がなかった。古くは「弱虫の魔術師たちを従えてやろう」と向こう見ずな連中がいたようだが、切り裂き山脈から戻った記録はない。


 そんなエティスには古くから、大陸全土に伝わる神々を畏怖し敬う習慣がある。なかでも古の女神セレアを国の守り神として崇めていた。

 彼女に関する最初の記述は、千年の歴史があるアクララン建国伝説より前に見られる。


 セレアは元々無知な人間であったが、それ故に大罪を犯し、そのことを『大いなる力を持つ神』に許しを乞うた。そんな彼女を哀れに思った神によって、人間の心臓から神の心臓に取り換えられ、知恵を授けられたという神話が伝わっているのだ。神の慈悲を得たセレアは、その後、愛と勤勉の女神になったされている。

 エティスでは「神々の姿は人間には表現しきれない」という理由で偶像崇拝が禁止されているが、残された古文書によれば黄金を溶かしたような金髪に同じ色合いの瞳、真珠色の肌をしているという。


 セレアを女神にした神の名は古文書に記載がない。「聖なる名をみだりに書き記し、声にして唱えてはならない」と長らく禁じられていたそうで、ヤン曰く、彼女自身を含めて多くのエティス人が、創造神であるウリテルだと考えているそうだ。

 エティス人的には「ウリテルはアクララン語だから、口にしても問題ない」らしい。


「……まぁ、そんなセレア様も、もういらっしゃらないがなぁ」

「え? 『いらっしゃらない』って?」


 ヤンにジロリと睨まれた陸は、小さく「……どういう意味ですか?」と付け加えた。


「リク。お前には魔力がないが、この世界での基礎知識だから教えておこう。あたしら魔術師は、女神セレアがそのお力の一部を、最初の魔術師ウィリエラに与えたと考えている。魔力というものは魂から湧き出し、心臓に蓄えられるんだ。普通は心臓に蓄えた魔力の量に応じて魔法を使う。

 だが経験不足の魔術師だと己の適性を知らず、自分の魔力量の限界も分からないことが往々にしてある。見栄を張って実力に見合わない魔法を使い、己の魂の魔力生成が追い付かなくて、結局、魔力と体力を消耗して死んでしまうのだ。戦争に出た魔術師も同じだな。心臓に魔力を蓄える間もなく、大魔法を連発して自ら死ぬような真似をする。だから『魔術師の魂は魔力』なんて言葉が生まれた」


 他人の魔力は使えないのかと陸が問えば、「外部から分け与えることも可能だが、まずはお互いの波長が合わないとなぁ」と老婆は口の中でモゴモゴ呟いた。


「いかんいかん。エティスや魔力のことを語り始めたら時間がいくらあっても足りんのだ。いつか機会を設けて説明してやろうかね。えぇっと、……あぁ、そうだ。

 それで、魔力は元々神々から頂いたものだから、神々も同じようにお力を使い切ってしまうとその存在を維持できない、と考えられている。お前の世界ではどうかは知らないが、この世界では神様も死ぬのだよ」


 驚くべきことにこの世界では、――創造神としても崇められているウリテルは別として――神様というものは不死身でも万能でもないらしい。神の死因はまちまちで、その多くは力を使い過ぎたか、神として存在することに疲れたかのどちらかだという。


 異世界にも「過労死」や「人生に疲れた」的なことがあるのだなと、陸は遠い目をした。

 神様だから正確には「神生」になるが。


「えっと、つまり…………女神セレアがいないってことは、力を使い過ぎて死んだっていうこと?」

「うむ。去年末にな、アミシュたちが教えてくれた。精霊たちは神に近いから」

「去年……あ」


 思い返してみれば、秋の大収穫祭の直前、美祢が神の啓示を受けてアクラランがにわかに沸き立っていた時、ヤンは「母国で別の死があった」と神妙にしていた。アレだろうか? 母国の守り神である女神が死んだと知ったから、周囲が浮かれる中、一人静かだったのか。


「ヤン先生、ごめんなさい。俺、あの時……」

「構わん、気にするな。神様も人もいつかは死ぬのだ。それにいつかアクラランの聖女様のように、生まれ変わりが現れるかもしれんしな」


 ヤンが顔を緩めたところで陸の部屋のドアがノックされた。


「あの、夕食の準備が整いましたが?」


 使用人の控えめな問いかけがドア越しに聞こえる。

 時間を忘れてすっかり話し込んでいた二人は、もうそんなに時間が経っていたのかと驚いて顔を見合わせた。




「リク様、神殿に行かなくて本当によろしかったのですか?」


 紅茶を飲んだルカスが残念そうに口を尖らせた。その様子はまるで少し拗ねたエルフのようだ。

 陸が第二王子であるルカスと会うのは、これが三回目である。初めて会ったのは二月ほど前、初めて陸が神殿に参拝した時に同行してくれた。二度目は王族との夕食の席だった。


 膝あたりまで覆う青いチュニック姿も相まって、どこか中性的な雰囲気がした。白銀色と金色が混じる長髪にヤグルマギクの濃い青が映えている。顔はヴェールで半分隠され、形のいい鼻の先端が見えるか見えないか。視力に不都合があるのか、付添人に手を引かれながら歩いている姿が多かった。

 飲食するにも人の介助が必要なのかと思えば、テーブルの上にある物の位置を最初に把握してしまえば、あとは見えているのと変わらないと陸には思えた。


「年に一度の日ですのに」


 カップ一つ置くにしてもスムーズな王子の所作に目を奪われていると、「リク様?」と名前を呼ばれて陸は慌てて姿勢を正した。


「……あ、いえ! 大丈夫です! これまでにも直接誕生日を祝わなかったことがあるので。好きな花を贈ったら、ちゃんと返事の手紙も来ましたし姉もそれほど気にしていません」

「それでも、あなたの姉君の誕生日だったのですよ?」

「いいんです、俺も、ちょっと姉に会うのが気まずかったので」

「そうなのですか?」

「本当に大丈夫ですから。お気遣いありがとうございます」


 正直なところ、ルカスに会うこともどうしようかと悩んでいた。彼は雰囲気がどことなく美祢に似ているのだ。

 気分を一度リセットさせるために、陸は紅茶で満たされたカップに口をつけた。オレンジとベルガモットの爽快な香りで気分がすっきりする。まさに爽やかな春の日にぴったりだ。


 時は流れ、月と季節がまた変わった。

 アクラランは、大陸にある国々は四番目の月、春の季節の中にあった。


 三番目の月の半ば、神殿に参拝に行っていた第二王子ルカスがそのまま切り裂き山脈と面する第六領地の視察に行き、半月掛けて王宮に戻ってきた。そしてその週末に陸を春のお茶会に招待したのだ。

 お茶会、と言っても参加者は三人だ。主催者のルカスと陸、そしてヤン・ノベ。

 場所は植物園である。


 王宮自慢のそこは、初めて陸が美祢と訪れた時、その圧倒的な色彩の迫力に衝撃を受けた場所だ。あれから姉弟で何度も足を踏み入れたが、何度訪れてもやはり圧巻である。

 そんな花が咲き乱れる空間で、エルフ王子と梅干し顔のおばあちゃんと異邦人の若者が一つのテーブルを囲んでいた。テーブルから少し離れたところには、三人の近衛隊の騎士たちがいる。近衛隊であるからには彼らも当然身目麗しい。


 夢の世界にいるようで、なんだか現実感に乏しい。

 ヤンには本当に申し訳ないのだが、時々彼女の顔に視線をやって陸は正気を保った。そうでなければ、第二王子様たちの存在があまりにも幻想的過ぎて、夢か現実か分からなくなりそうだ。


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