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 見知った姉が、違う女になってしまったようで落ち着かない。

 しかもその容姿が、夢の中でキスした人物に近くなっていく。

 まさか夢のようなことが起きるのではないかと、口角が歪に下がった。


「陸? どうしたの?」


 妙に官能的な聖女から、急に姉の顔に変わる。陸は見てはいけないものを見た気がした。


 いや、血の繋がっていないお姉さんだったら問題ない。むしろ大歓迎だ、もっと見たい。

 だが美祢は血の繋がった姉弟だ。姉のエロい姿を見て喜ぶ趣味は陸にはない……はずだ。


「……なんか、別人みたいになったから、驚いた」

「あぁ、コレね。私も驚いたわ。髪の毛なんてもう十センチくらい伸びちゃって。なんだか伸びるの早いなとは思っていたの」


 ひと房指に絡めると、毛先を指ではじく。長さもそうだが、彼女は毛色の違いにも疑問を持つべきだ。それを指摘すると、初めて気づいたように目を丸くした。普段相手にしている人間が、金髪、茶髪、白髪と……薄い色素の持ち主が多いので、あまり気にしていなかったのだという。


(……普通じゃない)


 陸は両手を握りしめた。

 美祢が明らかに別物に作り替えられている。

 しかも本人がそれを気にしていない。

 何故疑問にすら思わないのか、違和感が半端ない。


(大体、さっきの記憶は一体なんだ?!)


 先ほどまではあんなに美祢に会いたいと思っていたのに、空気が抜けた風船のようにその気持ちが萎れている。あれもこれも話したいことがあったはずなのに、今は目の前の相手に心を開いて話しかけるのが躊躇われた。

 頭の中で赤い回転灯が回っている。


(この女は、……『誰』だ?)


 黙り込んでしまった陸の前では、ヤンとオスカが聖女に話しかけた。

 上の神殿での生活や時々下の神殿に降りて神官たちと語り合っていること。まだまだ未熟だからより神に奉仕しなければならないこと。神の啓示のこと。部外者に話せる範囲で話題が広がる。

 大抵のことなら弟を優先してきた美祢が、黙る陸を気にせずに聖女として受け答えしている。その言葉の端々からは、彼女が今まで抱いていなかった神様への信仰と敬愛が感じられた。

 梯子が架け替えられたというか、レールの分岐が変わったというか。とにかく十五年間陸に与えられていたものが、そっくりそのまま神様に注がれている感じだ。


「……聖女様としてのお勤めも、あと約一年ですし。長いようであっという間ですから、しっかりと責務を果たさねば」


 胸に手を当て、感慨深そうにしている美祢の言葉に、陸が思わず反応した。


「……あと一年で『聖女様』じゃなくなるのか?」

「そうよ。来年の三番目の月に神様と一つなるの。そうしたら次の聖女がここに来るわ」

「? 一つになる、ってどういう」


 白い人影が鈴を鳴らして陸の質問を遮った。


「ごめんなさい、陸。もう時間だわ。私も準備しないと」

「姉貴、ちょっと待って」

「今日は会えて良かったわ。こちらの言葉もしっかり身についたようだし、やっぱりヤン先生にお願いして良かった。……これで自分でも生きていけるわね。……それに、少し見ないうちに背が伸びて、立派になったのね。隊長様の指導を受けて、体を鍛えているのでしょう? 将来はアクララン様みたいになるのかしら?」

「姉貴、話聞いてよっ」

「ごめんなさい、もう行かなきゃ。ここまで来てくださった皆さんに挨拶しないと。上で一緒に祈りましょうね、陸」

「姉貴、なぁ、美祢! ……待てよ、お姉ちゃん!」


 二人の女神官に囲まれて部屋を去ろうとする姉の後姿に、陸は怒鳴った。明るい茶髪がびくりと震え、振り向きかけたそこには感情のない顔が見えたのだが、女神官が急かすように鈴を鳴らしてそのまま連れ去ってしまった。

 女たちを追いかけようとすると、もう一人の白い女神官が行く手に立ち塞がった。両手を広げ険しい顔をしている。血のように真っ赤な瞳がまるで白蛇のようで、陸は息を呑む


「リク様」


 大神官補佐を名乗る男が憤る肩に触れると、フードに隠れた頭を横に振った。アルビノの女神官にもどうか非礼を許してくれと膝をつく。赤い視線が傍らを指すと、陸にも同じ姿勢になるように服の裾を引っ張った。背後でも布が擦れる音がした。恐らくヤン・ノベもオスカと陸に倣ったのだろう。

 三人の謝罪に女神官は表情を戻すと、さっさと出て行けと言わんばかりに入ってきた扉の方を指差した。


 背中に赤い視線を感じながら来た時と同じように白布を捲り、進む。

 陸を先に行かせて、ヤンは歩く速度を落として少しずつ距離をとった。そして一番後ろを歩くローブ男に低く囁く。


「……大神官補佐殿」

「そこの扉を越えるまではオスカで構いませんよ、ヤン・ノベ様」

「オスカ殿、先ほどのこと」

「ご心配なく。リンゲン卿には適当に伝えますので」

「できるのですか?」

「もちろん。ここは真の神域です。さすがにここまでは『影』も入れませんから、大嘘言わなければ大丈夫です」


 普通は知らないはずの単語がさらりと出てきて、老婆の両足が地面に張り付いた。

 何故知っているのかと彼女が驚愕していると、オスカはフードを少し持ち上げてその秘密を打ち明ける。口をあんぐり開けるヤンに、片目を瞬かせた。


「真の神域では魔法は無力なのですよ、ヤン・ノベ様。……ついでに、もう一つ面白いことをお教えいたしましょう。精霊たちの会話は『影』に気付かれにくいのです。ちょっと試してみませんか? 自分も『聖女様の弟君』に興味があるのです。手頃な石をお持ちですよね。その中に炎が宿るイメージをしたら両手で包んで……っと、その前に、リク様!」


 扉まであと白布二枚ほどの距離にいた陸は、立ち止まって振り向いた。その顔色は悪い。オスカに促されてヤンが数歩前に進んだ。


「リク、今まで大した説明もできず、不安にさせて申し訳なかった。大収穫祭のあの時から、もうこちらの言葉が完全に分かるのだろう?」

「ヤン先生」

「あの時は杖で突いて本当に申し訳なかった、まだ『その時』ではなかったのだ。王宮に戻ったら国王様にお前に起きた奇跡について報告する。そうしたらお前の姉の実績になるぞ」

「……アレは、俺の姉貴じゃない」


 抑揚のない低い声で吐き捨てる様に、ヤンは目を丸くした。今までになく沈んだその顔に、彼女はどうしたらいいか分からない。伸ばしかけた手を宙で彷徨わせて己のスカートに擦り付けた。

 見ている方が恥ずかしくなるほど熱烈な抱擁をしたかと思えば、いきなり突き放し、その後はずっと剣呑とした目で美祢を見つめていた。大収穫祭の様子をたくさん語って聞かせるのだとあれほど意気込んでいたのに、その口は堅く結ばれていた。まるで本当に見知らぬ人を……否、見知らぬ何かを見ているように強張っていた。

 恐らくポイントは、姉を突き放した瞬間だ。あれほど聖女である姉を気にしていたのに、あの瞬間にいったい陸に何が起きたのだろう。


「リク、……」

「チッ……せっかちな奴め……。ヤン・ノベ様、とりあえず上に戻りましょう。リク様、いろいろ思うことがあるかもしれませんが心を落ち着けて。国王様の監視もついていますから、今はお静かにヤン・ノベ様に従ってください」

「え? は? か、んし?」

「詳しく説明したいところですが、もう上に戻らなければ。……とにかく今は、お静かに」


 オスカは二人を急かすと、最後の白布を捲り上げた。




 礼拝堂で一行の戻りを待っていた第二王子ルカスと近衛隊隊長リンゲンは、さっそく聖女との再会について小声で聞いてきた。口ごもる陸に代わり、ヤンが簡単に陸の身に起きた奇跡を告げるとルカスが殊の外喜んだ。


「リク様、ここは上の神殿ですから今はいろいろ聞くことを控えます。でも、下に戻ったら是非お話を聞かせてください。あぁ、こうしてはいられない……神様に感謝申し上げないと」


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