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 熱心に祈りを捧げる第二王子を眺めながら、「ここで美祢がやってくるまで待つのだろうか?」と陸が考えていると、ヤンとリンゲンと何やら言葉を交わしていたオスカが顔をあげた。


「リク様、お会いになられますか?」


 誰にと言われなくても分かっている。少々食い気味にお願いすると、フードの中で苦笑する気配がした。

 王子の護衛のためにリンゲンは礼拝堂に残った。彼がいると人目を引いてしまうのもある。ヤンはと言えば八十オーバーの見た目に反してピンピンしている。そういえば地獄の五時間階段上りで唯一息切れしていなかったのもこの老婆だ。魔術師というのは回復魔法でも施しているのかもしれない。

 他の者の目につかないようになるべく暗がりを通りながら立ち入り禁止の扉を開けると、素早くその中に飛び込んだ。真っ暗闇を恐る恐る進むと、足元が次第に明るくなった。センサーライトのようだが、明るく照らしているのは小さな宝石だ。


「ここの照明は炎の精霊たちが手伝ってくれています」


 廊下が十分に明るくなると、その先にある長い階段を下りた。外から見ると簡素な神殿だったが、本体は地下空間なのかもしれない。結構な時間を歩いていると、ようやく木製の扉に辿り着いた。ノックをすると内側に開く。美祢だろうかと身を乗り出すと、アルビノの女がそこにはいた。


「聖女様にお目通り願いたい。弟君がいらっしゃった」


 女は扉を更に大きく開ける。開かれた扉の更に先に別の扉があった。最初の扉を開けてくれた女が、腰に付けた鈴を鳴らすと二番目の扉も開く。更に進むと三番目。こちらも鈴の音に反応して開かれた。

 三つの扉をくぐると、短冊状の白布が何枚も吊り下げられた空間に出た。白布が邪魔で全体像が分からないが、地下とは思えないほど天井が高い。ゆらゆら揺れる白布をかき分けて進むと、大きな天蓋付きのベッドのようなものが見えてきた。こちらも白い布で全体が覆われ、内側の様子は薄っすらと透けて見える人影くらいしか分からない。


「聖女様にお目通りを。お客様をお連れしました」

「……だれ?」

「はい。弟君のリク様です。魔術師ヤン・ノベもおります」


 一瞬の沈黙の後、薄っすら見えていた人影がばっと飛び出してきた。長い布地を靡かせながら、その名前を叫ぶ。


「陸っ!」

「あね、きっ!」


 急に飛びついてきた体の勢いに押されて、数歩後ろにたたらを踏んでしまったが、何とかこけずに済んだ。耳元で何度も名前を呼ぶのは懐かしい涙声だ。今までで一番薄い服装に戸惑いつつも両腕を回せば、更に体を密着させるように互いの腕に力が入った。


「陸っ、陸っ!」

「……姉貴」


 全ての隙間を埋め一つに融合しかねないほどの力強い抱擁だった。体の奥底から沸々と喜びが沸きあがって全身が痺れそうだ。今まで感じたことのない激しい想いが全身を駆け巡り、熱に浮かされた両眼から涙が零れる。

 あぁ、ようやく会えた……ようやく会えた! ようやく会えた!

 彼女だ。

 ついに彼女の元に戻れた!

 幼い頃に生き別れた肉親と運命の再会を果たした気分だ。ついに果たされた奇跡の再会に神様に感謝する。もうこの手を離しはしない。例え盗賊に襲われようと、死地に迷い込もうと、いかなる戦いに巻き込まれようと、この手を離すものか。断じて離すものか。

 次こそは。

 次こそは。

 手に手を取ってともに歩まん……!


 ふわっ……と春の空気に包まれたように、周りが一瞬暖かくなった。

 両腕の中に閉じ込めていた細身から少し体を逸らし、濡れたその頬に手を添える。前髪で隠れた額に、己のそれを合わせ、目の前の淡い茶色の瞳と視線を合わせる。


「……ようやく会えたな」

「この時を待っていました」

「息災だったか?」

「えぇ、あなたもお元気そうでよかった」

「あぁ……」


 幼い時にはもっと色が薄くて、光を反射すると宝石に見えたものだ。特に山脈の向こう側に消えていく太陽が放った光が当たると金の固まりに見えた。村中に広がる黄金の麦畑の中をこの可憐な妹と二人いつまでも駆け巡っていた。そう、あの恐ろしく忌まわしい戦火が村を焼くまでは……――。


(――……村? 妹? 戦火?? は?)


 自分のものではない思い出が走馬灯の如く脳裏に蘇り、陸は勢いよく美祢から離れた。

 滝のように汗が吹き出し、両手が震える。思わず吐き気を催したが、出てくるのは涎と中途半端な咳だけだ。喉が焼けるように痛んだ。胃液でただれたところがまだ完治していないのだ。


「陸?」

「やめろ!」


 指し伸ばされるたおやかな白い手を払いのける。だが、傷ついた美祢の顔を見て、咄嗟にその手を掴んで引き留めた。


「……悪い……違うんだ。姉貴のせいじゃない。ごめん。手、痛くないか?」

「ううん、私は何とも。……それより陸は大丈夫? 気分が悪いの?」

「いや、大丈夫……それより水、ある?」


 美祢はアルビノの女神官たちに水を持ってくるように言うと、すっかり忘れ去られていた二人を思い出した。感動的で熱烈な姉弟の再会を目の当たりにした二人の感情は読み取れなかった。一人はフードで隠し、もう一人は梅干しなのだ。

 聖女は顔を染めながら二人に謝罪した。


「あっ……ごめんなさい! 弟に会えてすっかり舞い上がってしまって!」

「いえ」

「久しぶりですからな」

「と、とりあえず! 席を用意させますので、そちらにお座りください」

「畏まりました」

「ありがとうございます」


 極めて平坦な声音で返答する二人に気まずい空気を感じるが、過ぎたことは仕方ない。尻がムズムズするような恥ずかしさを感じながら女神官たちに次の指示を飛ばした。

 夜中には上階の礼拝堂に行って参拝者たちと顔を合わせなければならないので、面会時間には限りがあった。


 ようやく落ち着いた陸は、勧められた席を引っ張って少しだけ聖女との距離をとった。目のやり場にも困ってしまう。彼女の服装もそうだが、見た目も目の毒なのだ。

 陸は元の世界の美祢の姿を鮮明には覚えていない。ごくごく平凡な印象で、背中が華奢な女だった記憶しかない。こちらの世界にやってきて、印象がかなり変わった。結婚式当日、幸せ絶頂の花嫁のように、格段に綺麗になった。

 そして今、大きな布を体に巻いてベルトで絞めただけの聖女の衣装で包まれた彼女は、今までの姉と同一人物と思えないほどに変わっていた。やや明るい茶髪にやや赤みのかかった茶色の瞳。肌も以前より磨きがかかり白く発光している。何というか全体的に、色が抜けているのだ。目鼻立ちも平凡というより、どこかハーフ顔になっている。

 それは陸の常識では考えられないことだった。


「陸? 大丈夫?」

「あ、あぁ……」


 ぎこちない二人と同じく、ローブ男と老婆も探るような雰囲気を漂わせていた。年の功という奴だろうか、口火を切ったのはヤン・ノベだった。


「……して、聖女様としてのお勤めはいかがですかな?」

「え? あぁ、皆のおかげで何とか。下の神殿にもよく支えてもらっています」


 褒められた大神官補佐が謙遜しながら腰を折った。


「聖女様が神の啓示を頻繁に受けられるようになって、我々も本当に心強く思います」

「今度は東国のことで下に降りることになりましょう。恐らく二番目の月になる頃かと」

「畏まりました。大神官にお伝えします」

「次の聖女の御世になる前に、民草を整えませんと」


 神殿関係の話題になると、急に聖女の顔に変わった。先ほどまでのサビたロボットのような動きは消え、ゆったりとカウチに深く座り、肘掛ける余裕が生じていた。布の合間から太腿が覗いているのだが、それを気にする様子もない。陸の記憶によれば、元々シンプルで飾り気のない服かナース服しか持っていなかったはずなので、今の彼女の姿は健康優良男児からするとかなり煽情的だ。

 そんな美祢が軽く頭を傾けると、髪の毛がさらさらと零れ落ちた。伸びたそれは背中の中ほどより長いように見える。髪の伸びる速さなど気にしたこともないが、たった四カ月でこれほどまでに変わるのだろうか?

 口調もすっかり変わっていた。幼い頃に「その年でちゃんと敬語が使えるのは偉いわ」と誰かに褒められて以来、丁寧な言葉遣いを心がけてきた美祢だが、それがなにやら威厳があり、古風になっている。

 御世? 民草?

 そのような単語は日常生活の中にはなかったはずだ。


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