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18

 間もなくやってきた祈りの季節の大嵐はすごかった。

 本当にこの風の中を国民全体が家に閉じこもって大人しく祈りを捧げているのか。そう疑わしくなるほどに、天災は凶暴な唸り声をあげてアクララン全土を襲った。その強風は王宮全体を守る巨大な守護結界をもってしても、完全には防ぎきれなかった。

 土煙で空は薄暗く、昼と夜の違いが分からなくなる。常に部屋や廊下に光がなければ危なくて仕方がないほどなのだ。

 わずかに歪む窓ガラスから覗くと、外の世界に取り残された樹木が可哀想なほどに強風に弄ばれていた。

 誰もが神妙な面持ちで行き交い、口数も少なくなる。太陽を求めたいが丸々一カ月はこの激しい砂嵐の中に閉じ込められる。


 人も、動物も、植物さえも。

 全てが舞い上がる茶色の中に覆いつくされる。

 それが十三番目の月――祈りの季節であった。




 部屋を出ることさえ気が引けるような一カ月を過ぎ、一番目の月になると外の景色は一面銀世界になっていた。アクラランの王都周辺にはあまり雪は降らないのだが、今年は北部からの風も強かったのか、雪雲が南下してきたようだ。


 久しぶりの冷たい感触に、陸も童心に返って気分が高揚した。

 雪だるまを知らないという双子の精霊のために、護衛の近衛隊に手伝ってもらいながら大きな雪玉を積み重ね、目の位置に石を埋め込んで長い木の棒を立てかけた。誰を模しているかは言わずもがな。

 アミシュとカバネがすっかり気に入り、溶けないように周りでしげしげ見ていたのだが、何かの拍子に金色の粒が空を飛んで完成直後の雪だるまの上に落ちてしまうとあっという間に溶けてしまった。

 金色の粒の正体は、彼らがおもちゃにしていた美しいファイヤーオパールで、いつか貸し出してからそのまま彼らの所有物になってしまっていた。いろいろ鎮火するレベルでしょげるアミシュとカバネのために新たな雪像を作っていると、そのモデルがやってきた。


「リク、国王様から許可を得た。一緒に神殿に行こう」


 いつもすり足の老婆が、今日はスキップしているように見える。よほど上機嫌なのか顔の皺さえ薄まって見えた。

 国王のサインが入った、王宮から神殿までの『通行証』とやらを誇らしげに見せられる。細かい文字でいろいろ書き込まれていたのだが、要約すると「神殿に参拝する者の身元を証明します」と書かれているらしい。


「ミネ様に会えるぞ。出発は来週だから用意せねば」

「先生っ……!」


 最高の知らせに思わず老婆に抱き着く。雪の中に押し倒しそうになって杖で頭を叩かれた。

 大収穫祭から頭を叩かれる回数が確実に増えた陸は顔を顰めつつも、やはり全身で喜びを表現した。




 ついに来た神殿への出発日当日。

 陸は思っていた以上に馬車の数が多いことに目を白黒させた。通行証とやらには彼とヤン・ノベの名前しか書かれていなかったはず。せいぜい馬車一台で済む話だったはずだ。

 それが目の前には四台の馬車があった。三番目に止められているモノが特に大きく、青と白を基調としたデザインの車体に王家の紋章が刻まれている。王族が乗る特別仕様の馬車だ。二番目に止められている馬車は全体的に茶色と金で上品に装飾された、高級感あふれる造りだ。では前後の二台は護衛用だろうか。

 陸が荷物を抱えたまま呆然としていると、華美な甲冑姿の見慣れた貴公子が近くにやってきた。


「リク様と魔術師ヤン・ノベ様はこちらに」


 茶色の馬車の方に案内される。荷物は馬車に積み込まれたのだが、人間用の扉は開かれない。セルフで開けるのかと手を伸ばしかけた時、周囲の騎士や使用人たちが一斉に敬礼した。

 ヤンに小突かれて振り向くと、お揃いの白い制服を着た使用人たちに囲まれて、すらりとしたシルエットがあった。

 青地に白い刺繍が繊細な衣装で身を包んでいるが、その造りは少々変わっている。ふんわりと膨らんだ上着の左肩から、大きな布が垂れ下がっていた。下もキュロットではないが足の左右で色が少し異なるズボンだ。スカートではないから男性らしい。騎士でもないのに、やたらゴテゴテした派手な刺繍が施された上着やキュロット以外の服を身に着けている貴族を見たのは恐らく初めてだ。

 位置的に逆光になっている顔を見ようと目を凝らすと、その表情は顔の上半分を薄いヴェールが隠していた。腰まで伸びた髪は繊細に編み込まれ、濃い色のヤグルマギクが項のあたりに添えられている。所々白銀が入り混じった金髪には見覚えがあった。国王のそれと同じなのだ。

 一体誰だろうかと固まっていると、その人物は付き人の手を借りながら滑るように陸の元に近づき、口元に柔らかい弧を描きながら軽い会釈をした。陸も咄嗟にそれに応じる。


「あなたがリク様ですね」


 爽やかな声に、人となりの良さを感じた。

 頭を動かすたびに顔を隠すヴェールに取り付けられた重しの宝石がキラキラ輝く。


「御目文字かなって光栄に存じます。わたしはアクララン王国国王クレイオス=アレクサンドル・アクラランの二番目の息子、ルカス・アクラランです」

「あ、朝桐、陸です。初めまして」


 第二王子ルカスは緊張する陸の肩にスッと手を置いた。

 ふと鼻に届いたのは香水だろうか、とてもいい香りがする。


「今回リク様が神殿に詣でると聞き、父からともに詣でよと命がありました。わたしは十三番目以外の奇数月には神殿に伺いますので、分からないことがあれば何なりと訊いてください」

「あ、ありがとうございます!」


 短く挨拶を交わすと、ルカスはリンゲンに手を引かれて大きな馬車に乗り込んだ。続いて、陸たちが馬車に乗せられる。扉が閉まる直前、ヤンが身を乗り出した。


「リンゲン卿、貴殿も神殿に行くのですか? 国王様の傍に居なくていいのですか?」

「今回の私の任務は第二王子の警護です。……失礼」


 鼻先で勢いよく扉を締められたヤンは手をワキワキさせながら席に着いた。陸が大丈夫かと訊いても、得体のしれない言葉でブツブツ呻いていて話を聞いていない。

 そうこうしているうちに馬車が動き出した。

 車輪が石畳の上を転がる感触が座席の下から響いてくる。ジェットコースターの最初の短い導入部分のようで、馬車に乗ったことがなかった陸はわくわくした。

 城門を出て、薄っすら雪化粧を施された街並みの間を進む。


 やがて王都の城壁を出て、外の街道を進む段階になって、陸は「ジェットコースターの方がまだマシだった」と後悔した。




「……大丈夫ですか?」


 音の清涼剤に目を覚ますと、そこには顔を半分隠した男がいた。すっかりグロッキー状態の陸の隣で膝をつき、ひんやりと冷えた手でぴたぴたと頬と額を触る。

 冷たくて気持ちいいのだが、王子さまがこちらの馬車の中にいてはいけないと陸は言いかけて果てた。いつから顔を冷やしてくれているのかは知らないが、少なくとも口元が拭われているということは、そういうことだ。


「リク様は馬車に乗ったことがなかったのですね。配慮が足らず申し訳ございません」

「………ぃぇ」


 蚊が泣くような声で辛うじて答える。


(……むしろこちらこそ大変見苦しいものがあり、誠に申し訳ありません……)


 王都周辺の道はまだまともだったのだが、荒野を走り出して三十分もしないうちに馬車の揺れは激しくなった。石か何かに乗り上げると、その衝撃がそのまま容赦なく中身に伝わる。ゴム毬のように上下に左右にと振り回されて、陸は激しい乗り物酔いになった。そういえば元の世界でもバスと車内が臭い車は苦手だったことを思い出す。

 死にかける教え子に気付いたヤンが素早く専用の壺を差し出し、朝食で胃に詰めたモノを全てそこに注ぎ込んだ。何とも言えない胃液の臭気さえ更に嘔吐を誘い、喉が焼けるほどにえづいた。ヤンが必死に「しっかりしろ!」と背中を擦っていたのだが、いつ気絶したのか覚えていない。

 そして今、王子様の手によって癒されている。


「リク様、今は行程の半分を過ぎたところです。もう少ししたら出発しますが、その前にわたしの馬車においでなさい。少しはマシなはずですから」


 聞いているだけで耳が爽やかになる声の間から、言語理解が不十分な陸を補佐するためにヤンが簡易な言葉で口を挟んでくる。ガラガラ声で感謝を述べると、誰かが抱えて王族の馬車に移動してくれた。

 少しはマシなはずという言葉の通り、王子が使う馬車の内装は陸のそれとは全く異なっていた。とにかく、適度な硬さの緩衝材が多い。あと香りもいい。更に、広い。

 ゴロンと座席に転がされると、まるでベッドの上にいるようだった。更に水の入ったコップを渡され、人心地つく。寝ころんだままで無作法なのだが、ルカスは気にしないでと微笑みを崩さなかった。


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