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 少し休んでから再び出し物を観覧していると、とある路地の少し奥まった場所にある小さな店に目が留まった。そのまま通り過ぎてもいいのだが、何故だか無性にそこが気になったのでヤンと護衛の男たちに声を掛けた。周囲と店内の安全を確認してもらってから入店する。

 そこは小さな雑貨店だった。ドライフラワーのリースも飾られていたが、大半は石や金属の加工物だ。石をくり抜いて作られた棚には人差し指大の精巧な砂時計が飾られていた。砂が入ったガラス管を支える外装部分も、銀色の繊細な彫金加工がされている。

 こういう細工物が得意な国の名を、先日リンゲンから聞いた。

 確か、ベペルティと言ったか。


 店内は外の喧騒が遮られ、チクタクと時計が時を刻む音が耳についた。最初は時計一つ分しか聞こえていなかったのに、次第にその音が重奏曲のように重なっていく。

 一体どこからこんなに時計の音がと店内を見渡してみると、店の奥へと続く薄暗い闇の中に白いワンピース姿の少女がいた。柔らかな金髪に琥珀色の瞳。最近どこかで見た組み合わせだ。

 陸がどこで見たのか思い出そうとしていると、少女は蕩けるように微笑んだ。


 ジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャーン……


 長針が頂点を差したと知らせる音が店中に響いた。あまりにも唐突過ぎて跳ね上がって驚く。もう四時かと護衛の誰かが呟いた。そろそろ王宮に戻らねばならない時間だ。

 先ほどの少女はと視線を先ほどの場所に戻すと、そこには誰もいなかった。代わりに、椅子の上に置かれた小さな石が目に留まる。不思議な金色に輝くその石から意識を逸らさないままヤンに女の子がいなかったかと訊けば、誰かいたかと返ってきた。

 確かに少女の姿を見たのにともう一度店内をくまなく探してみると、棚と棚の間で店主の老人が眠りこけているのを見つけた。揺り起こしてみるとあくびをしながら、珍しい来客に愛想の一つもない。本当に商売をする気があるのかと疑りつつあの金色の石は何かと問えば、老人はその厄介物を一瞥して首を振った。


「『呪いのファイヤーオパール』さ。その昔、旅の若者から、『切り裂き山脈から掘り出されて、エティスのナントカってお偉い魔術師様が愛用していた』とかいうんでそれなりの値段で仕入れてみたんだが、誰に売ってもどこに売ってもすぐにうちに戻ってきちまう。……でも気に入ったのなら金貨一枚でいいよ、持っていきな。おれぁもうその色は見たくないんだ」


 金貨を取り出す前にヤンが値段にケチをつけ、執拗に値切りまくって「もう銅貨五枚でいいから持っていけ!」と結局店主の方が音を上げた。何度出戻りを繰り返したのか知らないが、本当に視界に入れたくない品物らしい。しかし「それなりの値段」で買ったものなので、仕方なく店頭に並べていたそうだ。


 因みに陸が通貨価値を理解するために、勝手に解釈しているそれぞれの硬貨の価値は、金貨は一枚約五万円、銀貨が一枚約一万円、銅貨は一枚千円程度である。それ以下の硬貨は通称『コイン』と呼ばれ、大小のコインがあり両面に数字が刻まれていた。コインの表記は陸が元いた世界と同じだった。金貨以上の通貨もあるが、王侯貴族か大商人以上の立場の者しか扱わないので実物は見たことがない。


 一体どこであの値切り交渉術を身に着けたのだろうか。

 そんな二つ目の謎が増えた魔術師は、店を出て元の通りに戻ってから妙に上機嫌だった。本当は銀貨くらいの価値はあったのかもしれない。

 因みに、一つ目の謎は「本当に山野辺のおばあちゃんとは無関係なのか?」である。


 山野辺のおばあちゃんとは、朝桐家の近所に住んでいた老婆だ。約五年前に亡くなるまで、美祢が不在の間陸の面倒を看てくれていた。梅干し顔とコガネムシのように輝く茶色の瞳、お団子にした白髪に簪を刺していた。腰が曲がっているので床をするように歩いていた。

 声も見た目もヤン・ノベと山野辺のおばあちゃんはびっくりするくらい瓜二つなのだ。相違点と言えば、服装とアクララン流のマナーしか思いつかないほどに。


「リクは運がいいね。この石は炎の精霊と相性がいい。アミシュとカバネが喜ぶよ。……もっと簡単な言い方がいいか。……リク、お前は幸運を得た。石を見るとアミシュとカバネが喜ぶ」

「……え?」

「しまった、分からなかったか。アミシュとカバネはこの石好き」

「あ、いやいや待って先生」

「何なんだい一体」

「何だって、そんな宇宙人みたいな言い方しなくても分かるよ」

「はぁ、ウチュジ……? ……っ!! いや、待て。待つのだリクよ」

「だーかーら、ぅぐっ」


 たらふく食べた腹部に魔術師の杖が突き刺さった。

 思わず崩れ落ちる陸に、一体どうしたと護衛の男たちが周りを取り囲んだが、ヤンは教育的指導の一環だと彼らに説明する。リーダー格のゴリラ男も、老婆が指導だというなら指導なのだろうと他の面々を制した。宰相直々から指令所を賜った彼は、警護対象となる少年の指導については老魔術師ヤン・ノベに一任しているとは聞いていたのだ。


 そして城外で護衛にあたる者たちには「リク殿は他国の少数民族の貴族の息子」であると伝えられていた。下手に聖女の弟君であると伝えてしまえば、妙な力みが入りかねないからだ。多少雑な人物設定でも、周辺警護に差し支えるわけではないので全く問題はない、守れと言われたら守るだけだ。金持ちや貴族にはいろいろ訳アリが多い。同じ穴の狢である彼らもそのあたりをしっかりわきまえていた。


 とりあえず往来の真ん中にいては他の邪魔になるからと、吐き気を抑える陸を引きずって別の小道に避難した。さり気なく二人が人目から陸を隠すように人の壁となり、反対側も同じように封じられた。

 情けない顔で腹部を抑える教え子に、師匠は相変わらずの梅干し顔で接していたが、その瞳の中には焦りのような、驚愕のような色が浮かんでいた。とりあえず、口元を片手で隠しながら咳ばらいすると、息を吹き込んだその手のひらの上で杖をトントンと弾ませた。そして「まずは黙って、あたしの話を聞きなさい」と睨みを利かせながら、軽く陸の頭を小突いた。


「……『アミシュ』よ。いくら大収穫祭とはいえ、いたずらが過ぎるのではないかね?」


 陸の肩口でキラキラと光る粒子が小さな人型を作り出した。人形のようなそれは老婆に謝るような素振りを見せると、陸の頭にしがみ付き何かを訴える。動くたび聞こえてくるのは、松明を振り回すような「ゴッ、ゴッ」という音なのに、ヤンにはそれが言葉に聞こえるようだ。

 両側にある肉壁たちも目の前の光景に興味津々になりながらも、己の任務を全うするため周囲への警戒をより密にした。


「いいかい、『アミシュ』。リクはアクララン語を学び始めてまだ半年くらいだ。そりゃぁ、急に話し方が流暢になればそれはあたしでなくても気が付くさ。

 しかしだよ、『アミシュ』。段階を踏まなければそれはリクのためにはならないのだよ。特に丁寧な言葉使いは大事だよ、まだこの国の偉い人たちと関わる機会が多いのだから節度ある物言いが大切だ。分かるかね? 『アミシュ』」


 小さなアミシュが陸の頭を動かして首肯させた。なんだか不思議だ。人形劇の人形に操られているような気分になる。


 ヤンは陸を指導する際、いくつかの決まり事を定めていた。実技においては「怪我をしないこと」などがあげられるのだが、その中でも言語・実技で共通する項目があった。「指示に正しく従うこと」である。

 先ほどヤンははっきりと「まずは黙って話を聞け」と指示をしたので、それに陸は従わなければならない。さすがに指示を無視したからと何か罰があるわけではないのだが、今この瞬間はどんなに喋りたくても黙っていた方がいいようだ。第一、ヤンから拳の指導――この場合は“杖”の制裁だろうか――など受けたことないのだから、猶更異常事態らしいと頭の中で警鐘がなる。


「多分そこら辺の平民の子どもが言っていたのかもしれないが『分かるよ』などとは言っていけない。リクは『分かります』とはっきり発音するのだ。……理解したら、そのように言いなさい」

「……わかり、ました」

「よろしい。では立ちなさい、生徒よ」


 よろよろと立ち上がる。吐き気は何とかなったが腹の痛みが治まらない。魔術師の杖の変わった形状のどこかが、いい感じに入ったようだ。お陰様で「痛い」しか言う気になれない。


言葉が分かるようになって良かったね、陸。

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