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 魔法のある異世界ではもっとバンバン魔法を使いまくっていると思っていた陸には意外だった。

 召喚の儀や王宮の守護結界、神殿の物資用リフト魔法は別として、魔術師の数が少ないアクラランでは魔法による派手な演出は滅多にない。ヤンはしばしば何もない空間から黒板を出現させるが、驚いていたのは最初だけでもうすっかり見慣れてしまった。

 魔術師を名乗っていなくても一部の人間は魔法が使えるのだが、種火を付けたり、庭木に水を撒いたりする程度のささやかなものだ。因みに、毎朝陸の部屋にやってくる白い奴ら――陸は白い制服姿の彼らをこう呼んでいた――にも、指を鳴らすだけでベッドシーツを整え部屋をきれいに片付ける魔法を使う者がいる。地味だがとても便利だ、かなり欲しい。



 そんなわけでアクララン王国では派手な魔法を見る機会が滅多にない。

 だが、この七日間の大収穫祭では話は別だ。


 初めて見る城下の光景は、熱気に満ちていた。

 どこからともなく花吹雪が舞い落ち、心躍る音楽があちこちから聞こえてくる。行き交う人々には笑顔が溢れ、鈴をつけた踊り子たちにあわせて手拍子をしている。早くも酔いが回った男たちが肩を組んででたらめな音程で歌い、子どもたちがその周りを駆け回る。大道芸人たちも自慢の技を披露しては歓声に応えるべく大きな仕草で頭を垂れ、別の場所では調教された何かの動物たちがひょうきんな動きで観客を楽しませる。風が吹けば食欲を掻き立てるいい匂いがして、朝食をお預けされた胃袋が早く何か寄越せと主張する。

 両側を縁取るように花弁が敷かれた石畳の道を進んで、噴水のある広場に行けば、そこにはさらに多くの人がいた。

 布と木でできた屋台がいくつも並び、あちこちで客引きの声がよく響く。ざわざわと潮騒のようにずっと聞こえる人々の会話を聞き流しながら、陸は右へ左へと視線を走らせる。いったい何に使うのか分からない変な形の美しいガラス細工の隣には、木から削り出した馬が並足で歩く魔法の置物。ハンバーガーのようなものを頬張る男の前を通り過ぎたのは、明るい紫色のリンゴを頬張る女の子だ。見覚えがあるものもあれば見覚えのないものもある。

 興味の赴くままに駆けだしそうになって、ぐいっと後ろに引っ張られた。


《リク》


 呆れ顔の老婆の存在を忘れていた。さらにその数歩後ろには屈強な男たちが周囲に目を光らせている。王族と王宮を警護する近衛隊が城下まで行くわけにいかないので、王都の警備を担当する第一騎士団の精鋭たちが外出の護衛だ。

 はっきり言ってイケメンだらけの近衛隊とは異なり、第一騎士団に所属する男たちはいかつい体つきをしつつも普通の好青年だった。一人だけ、有名な海外俳優も真っ青の筋骨隆々のゴリラ顔がいるのだが、これが今回のリーダーだ。


 アクララン王国の軍事力はその構成員の身分で大きく二つに分かれている。

 特に王侯貴族出身者とその付随員で構成される騎士団は度々表舞台で活躍することも多く、よく物語や歌などに取り上げられるため知名度も高い。英雄アクラランが剛の者であったから猶更、威風堂々とした騎士団の姿は子どもたちの憧れの的だった。

 因みに、王族や国賓の警備および王宮内の警備に務める近衛隊も、実は騎士団に振り分けられる。その職務の特異性から、何百年も昔に名称を変えられたのだ。


 近衛隊以外の騎士団は第一から第七まであり、それぞれに決められた地域で活動している。その中でも第一騎士団は王都とその周辺地域が担当で、治安維持を担っている。いわば警察官のような存在であり、無銭飲食などの比較的軽微な犯罪であれば必要に応じて簡易裁判のようなことも仕切っていた。

 式典などで場に花を添える『国家の装飾品』としての役割も求められる近衛隊の騎士たちとは異なり、第一騎士団その他に所属する騎士たちには美醜云々は問われない。あくまでも実力重視の団体だ。例え男爵であっても実力が伴えば侯爵を従えることだってできる。

 ただし、騎士団は実力的にも政治的にも実質的に最も強力な軍事力であるため、七つの騎士団を統括する騎士団長には王家の傍系血族が務めることになっていた。現に、今の騎士団長は国王の従弟であり、将来的には国王の三人の息子の中から一人が次の騎士団長として現騎士団長の娘と結婚する予定となっている。

 過去には謀反の火種もくすぶりかけた体制だが、神ウリテルの祝福を受けた国王に逆らおうと考える者は驚くほど少なかった。次期国王が決まるまでは不死身とされる相手に、大国最強の軍団を引き連れて喧嘩を売っても割りが悪いということだろう。そもそも建国伝説がしっかりと染みついているため、謀反に同調する人間も少なそうではある。


《走ると危ない。傍にいなさい》


 逃げ出さないように服の端を摘ままれ、まるで幼子の扱いだ。

 しかし文句は言えなかった。この場合、悪いのは陸だ。


《すみません、先生》

《うむ。……そこで焼いた肉を売っている。自分で買ってみなさい》


 学んだことを実践してこいと顎で示される。渡された財布の中にはかなりの金額が入っていた。泥棒にすられないように慎重にコインを取り出し確かめると、緊張した面持ちで初めてのおつかいに挑んだ。

 串に刺された肉を一本注文しかけて、やはり二本にした。金を払い、焼き上がりを待ち、差し出された串焼きを受け取る。一つ一つの塊が大きくて食べ応えがありそうだ。そのまま落とさないように、周りの人とぶつからないように気を付けながらヤンの元に戻る。

 両手の串焼きのうち、なんとなく柔らかそうな方を先生に差し出した。


《先生、いつもありがとうございます》


 一瞬目を見開き、しわくちゃな顔にさらに皺を寄せたヤンは本当に嬉しそうだ。

 自分で稼いだ金ではないが、自分一人だけで買い物ができた。与えられてばかりだった陸は今までにない自信を得た。


(帰ったら姉貴に報告しよう)


 祭りの状況も伝えたいが、残念ながら今の陸の表現力では「祭りに行きました。たくさん食べました。展示がたくさんありました。楽しかったです」が精いっぱいかもしれない。

 それでは足りないのだ。

 もっと伝えたい。もっと共有したい。


《ヤン先生、アレは何ですか?》


 老婆に服の端を摘ままれながら、陸は大収穫祭で沸きあがる人々の間を歩き回った。

 焼きたての総菜パンを食べ、幻想的な踊りを披露した踊り子に称賛の声をあげ、火を噴く男に目をむいた。魔法で空に絵を描き自在に動かして見せる魔術師もいた。猫の魔物の見世物小屋の前では、以前夜の公園で可愛がっていた野良猫を思い出した。撫でられるというので手を出したところ、しっぽが三本に分かれた魔物に懐かれてしまい「一匹いかが?」などと飼育を勧められた。豊満な胸を持つ魔物使いのマダムはなかなかに強引だった。


《リク、楽しいか?》


 孫を見るような目でヤン・ノベが聞いてきた。もちろんだと全身で答える。

 半年近く静かな王城の中で過ごしていたから、こんな騒音に触れることはなかった。興奮しすぎて、午後の割と早い時間には少しばててしまった。


《疲れたか?》

《少し……。先生は大丈夫ですか?》

《問題ない》


 軽く八十歳は超えていそうな見た目なのに、老魔術師は息切れもせずにずっと陸に付き合っていた。護衛の騎士たちも鋭い眼光はそのままに涼しい顔だ。

 そういえば彼らは何も口にしていないではないか。

 思い立った陸は護衛の一人に声を掛け、一緒に屋台についてきてもらった。あれこれと人数分買い込み、恐縮する一堂に押し付ける。押し問答をしていると見かねたヤンが「もらってやれ」と手をひらひらさせて助太刀してくれた。

 既にかなりの屋台でつまみ食いをしたはずだが、成長期の陸の胃袋にはまだ余裕があった。嬉しいことにアイスクリームの屋台を見つけたので、無難なミルク味を注文してみた。想像以上に濃厚な味わいに、元の世界での高級アイスクリームを思い出す。フルーツソースのトッピングも美味しいと店員が勧めるので、適当に目に付いた黒っぽい液体をかけてみるとブルーベリーソースだった。味わって食べる陸に気をよくしたのか、これもおすすめとマンゴー風味のソースがかかったアイスを試食だと差し出してきた。これも美味しい。贅沢すぎる。


(……姉貴絶対これ好きだ)


 美祢が聖女業から解放されたら、彼女を連れて必ずこのアイスクリームを食べようと心に誓った。


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