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表立っては『海賊行為』とされていたが、実際に指揮していたのはケチャ・ラン国の一領主アユィーブだ。決して小さな領地ではないのだが、アユィーブは貪欲な野心家だった。小規模の略奪行為を繰り返す海賊たちが手に入れたものを『押収』し、その一部を成果としてケチャ・ラン王家に献呈していた。海賊の取り締まり報告と併せて「忠心の証に」と添えられていては、受け取らないわけにいかない。納められるのは、あくまでも『海賊たちからの押収物』なのだ。
そのあからさまなやり方に「国の品位を貶める気か」と苦言を呈する者も少なからずいたのだが、何故か早世する者が後を絶たず、次第に皆アユィーブのやり方を見て見ぬふりをするようになった。他殺も疑われたが証拠が一切ない上に、狡猾なアユィーブは実際に行動に起こす前から国の至る所に子飼いを置いたので、うかつに追及できなかったのだ。
そんなアユィーブがある日殺された。
陸には残酷すぎて詳細は秘匿されたが、他国の野心家の訃報を知らせた伝令によれば、可愛がっていた末娘に喉と腹をナイフで引き裂かれるという壮絶な死だったらしい。その末娘も、父親の内臓を首に巻き付けて高笑いしながら、同じナイフで自らの胸を突き絶命したという。しかもアユィーブがケチャ・ラン国中に放っていた手の者たちも何らかの不幸が重なりバタバタと命を落としていった。
最後に、裏でアユィーブと繋がっていた海賊の首領は、神の啓示を受けた美祢によって居場所が割れ、アクララン王国の兵士たちに捕らえられて処刑されたようだ。
一体どれほどの血が流れたのか分からないが、少なくとも両手の指の本数ではまず足りない。
国境を共有する隣国がベペルティでなければ、新たな戦火が広がっていただろう。比較的人口が少なく、国土を広げることよりも石を削り金属に細工することに喜びを感じる寡黙な職人たちは隣家の流血沙汰を静観した。
もう一つ、アクララン王国にとっていい変化があった。
もうすぐ訪れる厳しい冬のため、雪と氷の大国・エルバの民が矛先を収めて北部に帰っていったのだ。それまでは無理を押して南下を強行していたのだが、「聖女が神殿に上がった」との情報を聞いて一度撤退することにしたようだ。
最後に、東のセンだけはどうしても目を光らせていなければならないが、南北の戦況と比べてその被害はまだ軽かった。
《先生、嬉しくない?》
《いや……その》
神妙な面持ちを崩さない師にアクラランの勝利が嬉しくないのかと問えば、彼女の母国で別の死があったようなのだと打ち明けられた。誰の死かまでは教えてくれなかったが、その口調からとても大切な人だったのだろうと察した。
《リク、今日はここまで。神殿へ手紙を書くなら、明日検めよう》
《今日もありがとうございました》
四カ月以上も休まず学んでいると、未知の言語であってもかなり上達した。それこそ毎日聞き取り、会話し、文章を読み上げるのだ。特に聞き取りの上達は早かった。書く方はまだ不便があるが、それでも単語の穴埋めくらいであればなんとかなった。
アクララン語で書けば神殿に手紙を出しても構わないらしいので、美祢が神殿に籠るようになってからすでに二回ほど手紙を出している。今回も出だしはどうしようかと唸った。まずは初めて神の啓示を受けたことを祝おう。次に最近習った単語をなるべく使いながら文章を組み立てよう。どんな風に言葉を紡ごうか悩みに悩む。書きあがった手紙は最後にヤンの文法チェックを受け、ようやく文官に封書を任せることができた。
時折、例のとんでもない夢の内容を思い出しては苦悩したが、それでも自分は元気だと伝えるために紙とペンに向き合った。メールのようなものがあれば話は簡単なのだが、残念ながらアクラランにはない。この世界で一般的な伝書鳩との違いを十分に説明できる語彙力もなかった。
神殿からの馬車が来ない日々に慣れてきた頃、図書館で簡単な本を探していた陸は、壁の一角に掲げられたこの国のカレンダーを見上げてため息をついた。
長いようで短かった気もするのだが、召喚の儀から間もなく半年になる。
炎の精霊が存在し、夜の照明にロウソクではなく魔法の光る石を用いるようなファンタジックな中世世界では不可解なものを様々目にしたが、このカレンダーにも不可解なものが記載されていた。
『十三番目の月 祈りの季節』
高齢の魔術師によれば、十三番目の月には毎年激しい大嵐が吹き荒れる。その間人々は家に籠り、家族とともに神ウリテルに祈るらしい。清らかな心身で祈りを捧げるため一切の殺生は禁じられ、木の実と豆と野菜だけの質素な食事で一カ月過ごすのだと聞いて、何かの修行ではないかとげんなりした。
祈りの季節に向けて耕作地では全ての収穫が行われ、国のあちこちでは窓や壁を木の板で補強する。人々は一か月分の食料を備蓄し、朝から晩まで吹き荒れる大吹雪に備えた。
大嵐になる前、十二番目の月の半ばにはその年一年分の収穫を感謝するための七日間にわたる盛大なお祭りが開かれる。秋の大収穫祭だ。
十二月といえば冬という元の世界での常識が染みついて離れない陸にとっては、十二番目の月が秋という感覚は少し不思議だったが、たくさんの屋台や見世物小屋、何かのアトラクションもあると聞いてがぜん祭りに興味が湧いた。
目を輝かせて「行ってみたい」と手をあげる教え子に、秋の大収穫祭について説明した老婆は満足そうに眼を細めた。
アクララン王国の国王と宰相は、陸を王宮から出すことに最初かなりの難色を示したが、そこはヤンがうまく交渉してくれたようだ。祭りの一日目だけなら許すと通達があった。十二番目の月の初週には十分な軍資金と身分を示すための首飾りが与えられた。ドックタグ状の首飾りには王家の刻印が刻まれていて、城下と王宮を隔てる城門の門番に身分を疑われないようにするため身に着けておけというのだ。
護衛の騎士も普段の倍数引き連れることになった。かなり目立つが、これでもかなり控えたそうだ。国賓級のVIP扱いを受けているのだと思って我慢するしかない。
ヤン・ノベのアドバイスを得て、国王と宰相宛に短い感謝の手紙を書くことにした。本当は直接伝えたいところだが国務多忙で叶わなかった。それでも文官経由で「楽しんでおいで」と伝言があったので、手紙を受け取ってくれたのだと安心した。
少しでも目立たないようにと、祭りの前日には髪を染めることになった。
実はアクララン王国において黒髪は希少だ。わざわざ長く伸ばして生活の足しに売る者もいる。陸のそれは黒髪ではなかったが、この国の人間からすると大きな違いはないらしい。
大体が金髪、あるいは明るい赤毛や茶髪など、色素が薄い人種の色をしている。中には見事な白銀色もいた。陸の場合にはオレンジ色に似た赤毛にされた。かなり派手な印象だが、なかなか似合っている。瞳の色もヤンの魔法で青っぽいグレーにしてもらう。少し赤茶が入っていて髪色との相性も悪くない。
鏡を覗き込むと、顔立ち以外はアクラランの色合いに合っていた。
最後に被れと渡された布をターバン状に頭に巻くと、まさに砂漠の民の雰囲気になった。大きな曲刀が似合いそうだ。雰囲気づくりに実際にリンゲンから与えられた筋トレ用のナイフを持ってみる。柄以外のイメージはぴったりだ。
調子に乗ってポーズを決めてみると、隣に立つヤン・ノベたちからは「お前は何をしているのだ」と白い目で見られていた。
異世界で黒歴史ができてしまった。
収穫祭には各地から多くの人々が集まる。
当然その中には魔法に精通した者もいて、顔の造りを変えるような魔法は避けた方がいいとヤンが判断した。顔を変えなければならないような人種というのは例えば犯罪者だったり、他国のスパイだったり、往々にして碌なものではないからだ。
余計なトラブルに巻き込まれないためにも、人々の認識をほんの少しだけ歪める魔法がかけられた布が与えられた。この程度であれば、貴族や金持ちの商人たちが戯れに持っていてもおかしくないかららしい。
因みに、アユィーブの由来はアラブ系のお名前、アイユーブ(聖書のヨブ)です。




