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レディバグの改変<L>  作者: 乱 江梨
第三章 神界編
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96、アポロン

「悪魔はアンレズナにとって重要だからね。謀反でも起こされると困るから、そういう本能を備えたんだけど……」

「……命殿は、何とも思わないのであるか?」

「ん?なにが?」



 尚も言い募る、命の間の抜けた声を聞く度に。ぐつぐつと、黒い感情がアデルの中で湧き上がる。

 アデルには分からない。何故自分がこんなにも怒りを覚えているのか。何の為に怒っているのか。


 分からないのに、制御できない公憤の言葉ばかりが、縷々としてアデルの口を衝く。



「多くの人々から忌み嫌われ、疎まれ、差別され……それなのに本能のせいで、世界に対して文句の一つも真面に言えない……そんな悪魔に対して、何も思わないのであるか?」



 アデルは悪魔の為に言っているようでいて、其の実、たった一人のことしか頭には無かった。


 その手で殺したエルの仇――ルルラルカである。



『無条件に世界を愛してしまう、クソみたいな本能』

『……ずっとそうよ。私も、アデルきゅんも、理不尽にしか晒されていない』



 自嘲するように言ったルルラルカの顔を、アデルは忘れることが出来ない。


 悪魔の生きにくいこの世界で、どれだけ苦しんでも、どれだけ涙を流しても、どれだけ死にたくなる程の絶望に苛まれても。まるで呪いのように、世界を思わずにはいられなかった彼女。



『……なら私、その悪魔に生まれ変わりたいなぁ……』



 アデルに殺される直前。どうしても手に入れられなかった愛情と温かさ、幸せを求めて呟いた彼女。


 エルを殺した仇であり、自らが手にかけたというのに。そんな彼女の一つ一つを思い出す度に、アデルは遣る瀬無い思いを募らせていった。


 何も、その本能さえ無ければ、ルルラルカが一人孤独に生きることは無かったと。そんなことを思っている訳ではない。


 ただアデルは。


 ただ――。苦しんでいた彼女を知っているアデルは、何でもないように語る命を看過できなかったのだ。



「なんで?悪魔が差別されるようになったのは、下界(そっち)での出来事が原因だよね?つまりは人間側の責任だよね?こちらに落ち度はない。命は下界の尻拭い機じゃないんだけど」

「っ……それは、そう……だが……」



 アデルは反論できない。何か反論してやりたいのに、掠れたような声が漏れるばかりで、役に立つ言葉など一つも浮かんでは来なかった。


 そんな彼の揺れ動く心を、表情を、感情を。ぐちゃぐちゃのそれを。一目ですべて把握した命は、いたずらっ子のように不敵に笑う。



「――君はさぁ……悪魔ルルラルカの生まれ変わりがコノハくんだって、命がそう言えば満足なのかい?」

「っ……!」



 刹那、アデルの力強い拳が空を舞う。カッと目を見開き、怒りで我を忘れた。命の言ったことが、まんまと図星だったから。


 全てを見透かし、嘲笑う様に、何の躊躇いも無く、他人の心に手を出す。そんな彼が忌々しく、憎たらしく、衝動的に殴ってしまいそうになった。


 だが握りしめたその拳は、空中で微かに震えるのみ。あとは力なく項垂れるだけだった。



「……すまぬ」

「何で謝るの?命は今、悪意ある言葉で君を傷つけたよ。君をわざと怒らせようとした」



 自分自身に嫌気が差してしまい、アデルは自嘲するような、力ない声で陳謝した。一方の命は、殴られかけたというのに泰然と構えている。



「……命殿は、悪趣味であるな……我の弱さも、何もかも、見透かして……」



 アデルが愛すると誓った、新たな悪魔に生まれ変わりたいと吐露したルルラルカを。そして今、幸せそうに笑うことが出来るコノハを。両者を知るアデルは、心の奥底でどうしても考えてしまう。


 ルルラルカがコノハに生まれ変わったのなら、どんなに良かったことかと。


 本当のことなど、彼に知る術は無い。知ったところで、何かが変わるわけでも無い。

 知って得られるものといえば、ただの自己満足。そして、彼の弱い心を一時救ったかのように思えるまやかしだけ。



「命はね……君のことが好きだよ。強くて、優しくて、少しお馬鹿で、仲間思いで、とても繊細で弱い。不器用な君が、とても好きだよ」

「……やはり、命殿はよく分からぬな」

「あははっ。よく言われる」



 快活に破顔した命に、嘘は無い様に思えた。だが、アデルを試すように揺さぶった命は、矛盾とちぐはぐに溢れている。



「……よく分からぬが、少しだけ分かる気もするのだ」

「?」



 見えないものを慈しむ様な瞳で、アデルは言った。



「命殿に〝満足なのか〟と問われ、我は漸く気付けたのだ。

 そのような辻褄合わせで、自己満足で……真に我が求めているものを得られるわけでは無いことに。……おかげで霧が晴れたのだ。感謝する、命殿」

「あんな意地悪言ったのに……君は良い子だね」



 呆れと感心の入り混じる、困惑ともとれる声音で命は称した。


 図星と現実を突きつけられ、感情的になったアデルは同時に、モヤモヤとしていた想いに区切りをつけることが出来たのだ。


 命の心意も。ルルラルカの転生先も。何もかも分からないままだ。これから先分かることも。また、彼が分かろうとすることも無いだろう。分からずとも、知らずとも、毅然として生きる強さを、彼は手に入れたから。


 命の造った魂の様なものが、アデルの手によって空に浮かぶ。それを見つめる瞳に曇りは無い。未来の為に、慕う師匠の為に、前を向くアデルを、命は満足気に見つめるのだった。


 ********


 全体的に白く明るいほとんどの場所とは一線を画す。薄暗い道を進んで行く。行く道を照らす光は、等間隔に配置されたランプのみ。ランプから発せられる温かい光は、時折彼らの視界に斜めから飛び込んでくる。


 短時間ながらも、激しい戦闘で武尽を満足させられたリオたちは、早速彼に連れられ、謹慎中の神アポロンの元へ向かっていた。


 謹慎。それがどの程度の罰を意味しているのか、リオたちに測ることは出来ない。だが、何も牢に入れられている訳でも無いので、今向かっているのはアポロンの自室である。


 それでもどこか緊張感があるのは、進む道が薄暗いせいか。それとも、アポロンと初めて顔を合わせる緊張が、メイリーンから発せられているせいか。

 一つ確かなことは、近所のコンビニに行くような心持ちの武尽には、その張りつめた空気の理由を考えようとする発想すら無いことである。



「着いたぞ」



 ぶっきら棒な武尽の声に促され、リオたちは向かって左側の扉に目を向ける。


 暗く重厚感のある扉のせいで、部屋から物音は一切聞こえず、神の気配すら感じられない。本当にこの扉の向こうにアポロンがいるのか?武尽は彼らの疑問に答えるように扉を乱暴にノックする。


 ドンドンドンっ。薄暗い廊下に似つかわしくない音が響く。



「アポロン!てめぇの愛し子が来たぞ!」



 愛し子と呼ばれ、何となくメイリーンは頬を染めてしまう。数秒後、その扉はゆっくりと内側から開かれた。


 扉の隙間から僅かに窺えた瞳と、メイリーンの瞳がバチっと合い、刹那、互いに強い衝撃と理解で目を見開く。そしてそのまま硬直してしまった。


 完全に扉が開かれ、部屋の中の明かりでその姿が露わになる。


 ギルドニスと大差ない背丈。腰まで伸びた艶やかな髪は、紫がかった黒。色白の肌に、妖艶な垂れ目から窺える瞳は濃い紫色。目元と口元に黒子がある。女に見間違えるほどの美丈夫だが、身体つきがしっかりしているので、男神であることは間違いない。


 彼――アポロンはみるみるうちに顔を綻ばせ、その表情の変化に比例するように両腕を広げて見せた。



「おぉ……我が愛しの歌姫では無いか……!何故天界(ここ)にいる?武尽殿、これはどういうことだ?」

「命のダンジョンを攻略したらしい。天界(ここ)に来たのは別件が理由らしいが、この娘っ子はてめぇに会いたかったんだと」

「なんと……我が愛しの歌姫はなんて愛らしいことを所望してくれるのだ……」



 瞳を輝かせながら、無駄に神々しいオーラを放つアポロン。その美しい容姿、妖艶な声音、嬉々とした表情、その全てから、目を細めてしまう程の輝きが漏れ出ている。


 そして、両腕を広げたまま静止している彼に、武尽は怪訝そうな視線を向ける。



「……お前さっきから何してんだよ」

「愚問なのだよ武尽殿。小生は未だ謹慎中の身……この部屋から出るのを禁じられているのでね。小生からメイリーンを抱きしめることは叶わぬ……ゆーえーに!彼女が小生の腕に飛び込んでくるのを待っているのだよ」

「すまん。コイツとことんアホなんだ」



 感動の初対面のハグは、アポロンの中で決定事項らしい。彼とは長い付き合いの武尽は最早呆れることすらせず、解説混じりに陳謝した。思わずアデルたちは苦笑いを零す。


 『馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、あそこまで馬鹿だとは想定外』静由の発言が彼らの脳内に去来する。そしてアポロンの言動の節々から、神々がそう称する理由を何となく察してしまったのだ。



「さぁメイリーンよ!存分と我が腕の中に飛び込んでくるといい!」

「え、えっと……あの……」



 恥ずかしいがここは抱きつくべきか?キッパリと断るべきか?そんなことをすれば場の空気を悪くしてしまわないか?どう返すのが正解なのかと懊悩し、当惑気味に顔を染めてメイリーンは言い淀む。



「ちょっとぉ。俺たちの可愛いメイメイにそんなことさせないでよね。メイメイはシャイなんだから」



 彼女を救う救世主の声がした。他人の心情の機微に敏感なリオは彼女の為に間に入ってくれ、メイリーンはホッと息をつく。



「そうか。それは悪いことをした……まぁ、こんな所で立ち話もなんだ。遠慮なくあがると良い」



 そんなアポロンのお言葉に甘え、リオたちは彼の自室にお邪魔することにした。


 外とは対照的な煌びやかな部屋。豪華絢爛な照明、装飾は直視できない程である。様々な楽器や絵画が飾られており、彼の芸術好きな性格が犇々と伝わってくる。


 正直、ここまで豪勢な部屋で生活している事実を目の当たりにすると、彼らは不安になってしまう。――犯した罪について反省しているのだろうか?と。


 客人であるリオたちをもてなす為、優雅に紅茶を淹れるアポロンの姿を見る。……謹慎とは何たるか。彼らのアンニュイな思いをかき消すように、コポコポコポ……と、カップに紅茶が注がれていく。



「――それで。我が愛しの歌姫、メイリーン。小生に会いたいと懇願した理由を聞こうではないか!」

「「…………」」



 何故か即答できない、微妙な違和感と苛立ちを覚え、彼らはジト目を向けてしまう。この男神は謹慎中だというのに、何故ここまで偉そうなのかと。

 思わず答えを求めるように、全員が武尽を見つめる。すると、彼は力なく首を横に振った。

 「諦めろ。コイツはいつもこうなのだ」と示唆するように。



「……私、アポロン様にお礼が言いたかったのです」

「礼?」



 紅茶を配り終えたアポロンは、席につきつつ尋ねた。



「はい。アポロン様が、そのお力を行使する権利を下さって、私の世界は一変しました。この力が原因で辛いことや、悲しいことがあったのも事実ですが、それよりももっと……救われたことの方が遥かに多くて。私を救ってくれたアデル様や、仲間の皆様の為にこの力を使うことが出来て、本当に良かったと思っています。

 だから……アポロン様――私に力をくれて、本当にありがとうございました」



 柔らかく微笑み、ゆったりと頭を下げる。その美しい所作に、誰もが目を奪われた。彼女の純粋且つ真摯な思いを一身に受けたアポロンは、虚を突かれたように目を見開いている。


 メイリーンが頭を上げると、計ったようにアポロンは破顔して言った。



「……メイリーンにもし会えれば、小生の勝手で力を与えたことを謝罪したいと思っていたのだが……ここまで感謝されてしまっては、謝る方が失礼というものだろう。よって小生は謝らぬ!」

「「……」」



 アポロンは立ち上がると、腕を組みながら堂々と言い放った。見上げる彼らの瞳には、抑えきれない呆れが滲み出ている。

 間違ったことは言っていないはずなのだが、アポロンの言動一つ一つが、何か違うのだ。

 そのようなことをおおっぴらに、そして誇らしげに言うものではないと。そう指摘できるのは、この場において武尽だけだろう。


 だが武尽は紅茶をがぶ飲みしている最中で、全くもって使い物になりそうになかった。



「さぁさぁ、メイリーンよ。感動の対面を果たしたのだ。もっと小生と語り合おうではないか!」

「は、はい……」



 ほぼ彼の勢いに流された形で、メイリーンはそれを受け入れてしまった。嬉々として言葉を紡ぎ続けるアポロンに対し、メイリーンは当惑気味に目を泳がす。その温度差は凄まじい。


 だが、メイリーン自身も彼に尋ねておきたいことがいくつかあったので、これを好機と捉えるのだった。




 次回、最終回になります。尚、次回は二話連続投稿で、最終回とエピローグ的なお話を投稿します。<L>を最後までお願いいたします!


 次は明後日投稿予定です。


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