91、創造主3
「そう、なの?」
「うん。まぁある程度の推測はついているんだけど、それを証明する手立てが無いっていうか」
「推測って?」
「これはね、創造主としての力が関係しているんだけど…………実は命、前世の記憶を持つ者を生み出したいって、無意識の内に願っちゃってるみたいなんだよね」
「「…………は?」」
命が何を言っているのか本気で理解できず、アデルたちの呆けた声が面白いぐらいピッタリと重なった。
「創造主ってね、思うだけでそれを実現できるんだよね。死ねって思えば相手は死ぬし、世界滅亡しろって思えばその世界は一瞬で消滅するし。恐ろしいほど便利な力なんだけど、ちょっと難点があってね。自分が把握してない望みまで叶えちゃうから、知らない間に変な現象が起きちゃうことがあるんだ。多分その変な現象の一つが、転生者くんみたいな存在なんだよね」
「……つまり、全ての原因は……命殿がリオのような存在を、無意識に願ったからなのか?」
「そだよー」
「「…………」」
覇気の無さすぎる声で、命が肯定する。
創造主の、思うだけで世界すら消滅させてしまうという、恐ろしい程強大な力に対する衝撃と。命の無意識の望みが、前世の記憶を持ったまま転生してしまう原因だという、想定外すぎる事態のせいで、アデルたちは言葉を失ってしまう。
「なにその……クソ下らない理由」
日本から世界アンレズナに転生した瞬間からリオが抱いていた疑問。それは、何故日本での記憶を保持したまま転生したのかという問題である。だがその答えは、想像の斜め上を行くもので、リオはどこか遠い目をしてしまう。
特に不満があるわけでも無いのだが、自身のアイデンティティがそんなしょうもない原因で発生していたのかと、やるせない気持ちになってしまったのだ。
「それで、ここからが本題なんだけど。要するに転生者くんみたいな事例は偶発的に起こっているんだ。色んな世界でね。だから転生者くんが言ったように、アンレズナの生物を生き返らせるよりは、前世の記憶を保持したまま転生する方が現実的ではある」
「なら……」
「でも、一つだけ問題がある」
本来アンレズナでは死者を蘇らせることは出来ず、その不可能を創造主の力で捻じ曲げてしまうのが問題なのであれば、アンレズナでも既に起こっている現象で、エルとの再会を試みる方がまだ望みはある。命の言いたいことはつまりこういうことで、それはリオたちも理解していた。
だが、リオの言葉を遮った命は、釘を刺すように言った。
「それはね?君たちの望みを命が聞き入れてしまうと、その瞬間からそれが偶発的な現象ではなくなってしまうという点なんだ。それを許してしまえば、アンレズナの全生物が、前世の記憶を失わないまま転生してもいいってことになっちゃうからね。やっぱり、そこの亜人だけを特別扱いすることは出来ないんだよ。
大事な人を失って、悲しみに暮れ、後悔の念に襲われ、もう一度会いたいと切望する人が世界中にどれだけいることか……。君たちは、それが分からないような愚か者じゃないよね?」
「……」
命に問いかけられたことを、アデルは痛い程思い知っていた。アデルが最初に思い浮かべたのは、宴で再会したモルカの姿。
モルカは死んでしまった我が子を思うあまり、叶えられない望みを同じ愛し子であるアデルに託す程、サクマとの再会を切望していた。彼女の気持ちを考えると、サクマのこともどうにかしてやりたいと情がわいてしまうが、命が問題視しているのは当にその点なのだ。
「確かに、命が偶然と言い張ればいいだけの話ではある。命が見て見ぬ振りをして、偶々それを無意識の内に願ってしまったと言い張ればね。だけどそうもいかないってことは、分かってくれるかな?」
「……あぁ」
「アデルん……」
困ったような表情で尋ねられたアデルは、僅かな沈黙の後に重々しい声で呟いた。その僅かな間に、アデルが何を思ったのか。それを知る術を持つのは命だけだろう。だが、命とて四六時中相手の心を読んでいるわけでも無いので、実際に彼の心情を理解しているかは不明である。
「命殿……」
「ん?」
「我に、方法を教えてくれぬか?」
「方法?」
「前世の記憶を保持したまま、その者をアンレズナに転生させる方法である」
「……まさか愛し子くん、自分でやる気?」
「あぁ」
「「っ!?」」
彼らが驚きで目を見開く中、命も初めてアデルに虚を突かれていた。
エルと再会する手立てがないと理解しても、アデルには諦めることなど出来る訳が無かった。アデルの願望は昨日今日のものではなく、命と等価と言って差し支えないものだから。
天界に住まう者の力を頼りにすることがご法度だと分かった以上、アデルに残された選択肢はそれしか無かったのだ。
「どんなに難しくても、どんなに時間がかかろうとも、我は諦めたくないのだ。師匠を……諦めたくないのだ…………だから頼む、命殿。我に、その方法を教えてくれぬか?」
唇を噛みしめながら、アデルは深々と命に頭を下げた。その声音に、ゆっくりとした動きに、放たれる雰囲気に、彼の揺るがぬ意志全てが込められているようだった。
思わずその姿に目を奪われた命は、破顔一笑してみせる。
「君、いいね」
「?」
「いいよ。それで手を打とうか」
「本当であるかっ!?」
思いがけず命が良い返事をしてくれたことで、感情が昂るあまり、アデルは勢いよく立ち上がってしまう。アデルの嬉々とした表情と声を目の当たりにした命は、微笑ましそうに目尻を下げた。
「うん。命、君のこと気に入ったから、特別に教えてあげる。君自身の力でやるんなら、特に問題は無いしね。どこの誰に転生するかも、命が見繕ってあげるよ」
「そこまで……?頼んでおいてなんだが、本当に良いのであるか?」
「うん。これは命の意思でもあるから。……本当はね、命が良いと思えば死者蘇生も許されるんだ」
命の告白の真意を理解することが出来ず、アデルたちは困惑と衝撃で目を泳がせた。そんな彼らの心情を悟ったのか、命は説明を始める。
「創造主っていうのは、そういうものだから。創造主の意思が、森羅万象において絶対不変の法みたいなものだから。命が黒だと思えば、他人がそれを白と感じる隙さえ与えることなく黒になってしまう。それが創造主の一番恐ろしい所だから。でもね、好き勝手にその力を振るえば世界の秩序は崩壊してしまう。だから命は自分自身の枷にもなるルールを造ったんだ。……っと、話がズレたね。とにかく命が良ければ君たちが気にするようなことは何も無いから。大丈夫だよ」
「そ、そうなのであるか……」
壮大すぎる創造主の力について行けない一方で、アデルたちはその深淵の恐ろしさに思わず息を呑んだ。理解してしまったからだ。
創造主という力を前にしてしまえば、拒否も抵抗も反論も、それを抱く意思すら生まれないという、馬鹿馬鹿しい程強大すぎる力に。
「よし。じゃあ早速レクチャーしようかな。まずは……」
「お待ちください命様!」
「「?」」
思い立ったが吉日。命がアデルに教えを授けようとしたその時、どこか聞き覚えのある声が客間に響き渡った。
その声の主は、先刻静由と会話していた女神で、アデルたちはほんの少し目を見開く。その女神は命の元へ歩み寄ると、跪いて彼を見上げた。
「レニ……どうかした?」
「命様……下界の者に教えを授けるなど、どうかお考え直し下さいっ」
「えぇー、やだぁ。レニってば盗み聞きしてたの?悪い子だなぁ」
「私は真面目に申し上げているのです!命様」
命が茶化すように言うと、レニと呼ばれた女神は、真面に取り合ってもらう為に声を張り上げた。
「何で駄目なの?特に問題は無いと思うんだけど」
「たかだか下界の民一人の為だけに、命様がお手間をかける必要など無いと、私は愚考いたします。そもそもこのような者たちに命様の貴重な時間を割くなど……」
「あのさぁ、レニ」
レニの意見など、まるで聞きたくないと言わんばかりに、彼女の言葉を遮った命の声音は酷く刺々しく、思わず全員が全身を粟立たせてしまう。
刹那の内にその雰囲気を一変させた命は泰然としており、それが逆に恐ろしさを際立たせていた。
「レニはさ、命がこの子たちに協力するって決めたことに、文句があるのかな?」
「っ……そ、そのようなつもりでは」
その時漸く、レニは自身の失言に気づいたのか、顔を真っ青にしながら何とか取り繕うと試みる。
「レニにそのつもりが無くても、そう聞こえるんだよ。命の意思が、命の決めたことが、命自身がルールだって、レニだって分かってるよね?命が良いって言っているのに、どうしてそれを否定するのかな?レニは命が決めたことに不満があるの?文句があるの?命の意思が全てなのに?何か不満があるなら聞くよ?ほら、言ってごらん?レニ」
「もっ、申し訳ありませ……」
「謝るぐらいなら最初からそういうこと言わないでくれる?」
「っ……も、申し訳……ありません」
冷たい眼差し。責め立てる様な言葉。全てを見透かされている様な、ギョロリとした瞳。それら全てを一身に向けられているレニは、全身と声を震わせ、今にも倒れてしまいそうな勢いである。
創造主――命の力の恐ろしさを本人の次によく理解しているのは、彼女含めた神々だろう。それは、先の静由の言葉からも犇々と伝わっていた。
『一つ、忠告……ミコトのことを怒らせたら、君たち終わったも同然だから、それだけは気をつけて……』
〝君たち〟という対象には、神である彼らでさえも含まれることがあるのだろう。
そして現在、その対象になってしまったレニを流石に哀れに思ったのか、アデルたちは心配そうに見つめている。
「…………あはっ!なーんてね!」
「「……え?」」
「命、様……?」
冷徹な無表情から、一瞬にして満面の笑みを浮かべた命に、アデルたちは困惑を隠しきれない。その嬉々とした声を聞いてしまうと、今までの態度が全て嘘のように見え、狐につままれた気分なのだ。
一方のレニは潤んだ瞳で命を見上げ、震えた声で彼を呼んだ。
「レニ。命が怒ってると思った?」
「は、はい……」
「命が怒るのは、大事な神々を害された時だけって、レニだって知ってるでしょ?今のはちょっと脅かして注意しようと思っただけ。そんなにビクビクする必要無いんだよ?」
「命様……」
優しく語りかけられたレニは喜びで涙を浮かべながら、縋るような眼差しを命に向ける。だが――。
「じゃあもう用件は済んだよね?さっさと出てってくれる?」
「っ…………はい……畏まりました……」
笑顔のまま冷たく突き放され、レニは思わず、血が滲むほど唇を噛みしめてしまう。命の本心が分からない不安。命に失望されてしまったかもしれないという、悔しさにも似た恐怖。これ以上命に迷惑をかけたくないという焦り。様々な負の感情に苛まれたレニは、歯を食いしばりながら、何とか声を振り絞って一礼すると、客間から去っていった。
「……よく分からぬな。命殿の心意が」
探るような瞳で命を見つめると、アデルは正直な感想を述べた。レニを冷たくあしらったことに対する批難よりも、命が何をしたいのか、どういった意図であんな態度をとったのか。それらを理解できないことに対する困惑の方が大きかったのだ。
「ん?あぁ……命はね、神々のことを家族みたいに、いや。それ以上に愛しているんだ。これは本当。でもさ、神様の悪い癖で、下界の子供たちを必要以上に見下すことがあってね。そういう部分は治してあげないといけないから。釘を刺してみただけ」
「あの女神は大丈夫なのであるか?」
「あとでフォローしておくから大丈夫だよ。……それより、他人の心配をしている場合じゃないんじゃない?」
「?……どういう意味であるか?」
意味深なことを口にした命に、アデルはキョトンと首を傾げて見せた。
「教えるとは言ったけれど、愛し子くんが今から為そうとしていることは、一朝一夕で身につけられるようなものじゃない。簡単に言ってしまえば、君は魂を操らなきゃならないんだから。当然、魂ほど根源的なものが、アンレズナに存在するジルで出来ているわけも無いし」
「そうなのであるか?」
「はぁ?当たり前じゃないか。魂は生きとし生けるものであれば、どの世界の生物でも根本に持っている。それに対してジルは、アンレズナにしか存在しない物質なんだから」
「なるほど……」
呆れた様に、命は説明してやった。
エルが転生する際――つまり、エルの魂が新たに生まれる命に宿る時、エルとしての記憶を失わないようにするには、魂に何らかの細工をする必要がある。だがそもそも、魂を認識すること自体、途方も無い時間をかけても成功するか分からないので、先が思いやられるのだ。
「いくら化け物級に強い愛し子くんでも、結構難しいと思うから、今は自分の心配でもしときな。命が教え始めたら、そんな余裕も無くなると思うし」
「うむ……忠告感謝するのだ。命殿」
キリっとした面持ちのアデルを満足気に見つめた命は、唐突にパチンっと手を叩いた。鮮烈なその音に、リオたちは一斉に耳を奪われ、命の元に視線が集まる。
次は明後日投稿予定です。
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